066.聖下

皇都から戻ったルシアンを前に、私は居心地の悪さを感じていた。


ルシアンがいない間に話が進んでしまっているし、気分を害してしまわないかと、今更ながらに不安になる。

お茶会の時もこういうのあったな…。


いや、でもさ、私はただ、皇女を聖女に仕立てようとしてる教団を何とかしたくて、だからって直ぐに何か出来るとも思ってなかったし、秘密にして欲しかったから、セラに味方になってくれる?的にあんな風に言ったけども。

…いや、ちょっとわざとらしい言い回しをしたことは認めマス。


軽い相談みたいな意味合いで話しただけなのに。

それなのにロイエがずっと聞いてて、挙句それをお義父様とルシアンに報告されちゃって…。

いきなりこんな大事にするつもりなんて全くなかったのに…。

不可抗力だ…!


あぁ、そしてこのイケメンは、何処までイケメンなのかしら。

たった二週間でイケメン耐性が落ちたのか、眩しすぎて直視出来ません。

いえ、やましいことは何もありませんよ?本当ですよ?


「ミチル、久しぶりに貴女の作った料理を食べたいのですが…出来ましたらオムライスを。」


「勿論ですわ!」


いそいそとミチル専用キッチンに行き、オムライスを作る。ルシアンはテーブルに座って待ってる。


チキンライスを作り、とろふわの卵をかける。

あまりの嬉しさに勢いケチャップでハートを描きそうになったけど、それは自重した。

私の理性グッジョブです。


「いただきましょうか。」


ふわりとした笑顔のルシアン。そんなに私のオムライスを喜んでくれるなんて…。


ルシアンはスプーンで卵とチキンライスを掬うと、私の口に運ぶ。


「それで、今回はどういった経緯で、あのようなことになったのでしょうか?」


笑顔が怖い…!目が笑ってない!

ルシアン、めっちゃ怒ってます!?


「あーん?」


有無を言わさずオムライスを食べさせられる。

あぁ、味がしません…よ…。


「あ、あの、ルシアンも召し上がって?」


「今はミチルを甘やかしたいので、後から私にも食べさせて下さいね?」


甘やかすというより、尋問を受けてる気持ち…!


「さ、冷めてしまいますし…。」


「ミチルの料理は冷めても美味しいから大丈夫ですよ。」


さぁ、吐け!って言われた方がまだマシだよ?!


尋問に耐えきれず、全て話した後で、ルシアンにオムライスを食べてもらう。食べさせたというべきか。


「とても美味しかったです。ありがとう、ミチル。」


ソウデスカ…私は味が分からなかったデスヨ…。


全て食べ終えたのでお茶を、ということで、居た堪れない私は逃げるように立ち上がった。


笑顔がね、ずっと怒ったままなんだよね…。


「マグダレナ教をウィルニア教団と対決させるというのは、私も考えてはいたのです。」


お湯を沸かそうとしていた私に、ルシアンが話し始める。


「?!」


思わず振り向いてしまった。


ルシアンが考えていたのに実行に移さなかったということは、何か欠陥があるのだろうか?!


「短期間で教団を壊滅させることに重点を置いた為、止めました。」


そ、そうなんだ…。

まぁ私が思いつくようなことをルシアンが思い付かない筈ないよね。


「あの、ルシアン、怒ってらっしゃいますか?」


「いえ。ロイエからの報告書には、ミチルの思い付きを勝手に報告している旨が書かれてましたから。」


優しいんだか冷たいんだか分からないよ、ロイエ…。


「アルト家全員が動くのであれば、当初の私一人で進めようとしていたよりも早く状況が変わる筈です。」


「そうなのですか?」


ほうじ茶を入れたティーポットと、カップを2つ、テーブルに置き、私は元いた席に座る。


「母上が夫人方に働きかけて下されば、その夫君である貴族達も動かざるを得ませんから、国内の教会はこれで片付きます。

兄上が動くのなら、皇都に住む叔母が動いて下さるでしょうし、皇都もこれで問題ありません。

何より、父上が動いて下さるのが一番大きいですね。」


さすがお義父様?というべきなのかな?

っていうか、アルト家の人たちってみんな凄いよね…。

本当凄い家に嫁いでしまったよ…。


「私はまだアルト家を継いでおりませんから、動かせる人数にも限界がありますが、父上は当主ですから。」


アルト家のみに仕える一族がいるって言ってたもんね。

ロイエやセラ、アビスだってそうだろうし。

色々チートだよね、この一族。しみじみ。


「あぁ、そうだ。

ミチルにお土産があります。」


お土産?!

え、なんか嬉しい!


これです、と言って渡されたのはとてもとても可愛いネグリジェだった。ちょっとスケテル…。


「……………。」


「皇都で流行ってるそうです。ミチルが着たら可愛いだろうと思ったのですが。」


「…やっぱり怒ってますか?」


にっこり微笑んで、いいえ、と言われたけど、絶対怒ってる。怒ってるー!!


「本当に怒ってませんよ。ほら、泣かないで。」


膝の上に座らされる。

泣いてなんかないやい。ちょっとこの、スケてて、胸元がスースーしそうなネグリジェに半泣きになってるだけです!

っていうかこれ、横のところが紐だ?!

なっ、なんて破廉恥な…!


「恥ずかしいのでしたら、私が着せてさしあげましょうか?」


待て!

見られるのが恥ずかしい相手が着せるって、どう考えてもおかしいだろう!


「嫌ですっ!」


「これは売っていたお店イチオシだそうです。」


「ルシアンが買って来たのですか?!」


ちょ、衝撃的過ぎる!

これを、このイケメンが?!

このスケスケを?!


「いえ、連れが買ってきてくれました。」


その連れ許すまじ。

そしてルシアンが直々に買って来たんじゃなくて良かった。心底良かったよ…!


「あぁ、そうだ。先日の逃走練習で失敗した際のお仕置きを何にするか悩んでいたんですが、これなんていかがですか?」


「?!」


いやーーーーーーっ!!




*****




マグダレナ教会にお願いしたことと言えば、懺悔室を作ってもらったことと、週に一度の集まりを開催してもらうようにしたことぐらいだ。


そんなものでと思うけど、前世ではそうやってあの教会は存続し続けた。

誰にも言えない心の内を、自分とバレずに誰かに聞いてもらえたなら、貴方の罪を許しますと言ってもらえたなら。

どれだけ助かるのか、さすがに私はそこまでの心の闇を抱えたことはないので察するしか出来ないけど、多分、心の重荷も、いくらかは軽くなるんだろうと思う。


あまり急に変化させるとウィルニア教団にバレてしまう。

嫌、バレてもいい。バレても、大したことじゃないと思わせたい。

そして、週に一度の集会で、教団が使う薬物を中和させる薬草を混ぜ込んだお茶やお菓子を振舞ってもらう。

ハーブティーにハーブクッキーだよ。

色んなハーブを入れてもらうことにしよう。


集まって何をするでもない。

お茶を飲むだけでもいい、何かを一緒にやってもいい。

人とのつながりを作ることで、教団に飲まれてしまう人を減らしたい。

厳しい言い方をすると、それでも輪の中に入れない人は出て来るだろうと思う。ただ、その人単体なら周囲への影響も少なくて済むし、どうとでもしやすい。


ただ、これを全教会がイキナリ始めたら、やっぱり駄目だよねぇ、なんて思っていたら、マグダレナ教会の教皇が亡くなり、新教皇が立った。

若く慈愛に満ちていると噂の人で、良き隣人を教会は目指していくと宣言した。

…前の教皇、お義父様がアレしちゃったんじゃ、ないよね?違うよね…?

物凄いタイミング良過ぎて怖いんだけど。そしてそれが可能そうなお義父様が怖い…。

指導者に心当たりがあるって言ってたのが恐怖を煽る。

新しい若き教皇が、これまでの教会の状況を憂い、行動に移すというのは、別に不審な所ないもんね。

ハハ…。


マグダレナ教の若き教皇は、ゼファス・フラウ・オットーという人で、ディンブーラ皇国の7つある公爵家の内の一つ、オットー家の3男で、祖父が皇国の王族の直系という、血統的にも申し分のない人だそうだ。

お義父様、顔が広いね…。


そしてその聖下が、私の前にいるんですけれどね…。

アルト家のサロンで、教会の真っ白い装束をまとって寛いでらっしゃいます。

お義父様に呼ばれてルシアンと来たらこれですよ。


「やぁ、君がリオンが可愛がっていると噂のミチル嬢だね。初めまして。」


リオンというのは、お義父様の名前だ。名前で呼ぶほど仲が良いのか。


金髪碧眼、癖のある髪がふわふわして、天使みたいな見た目の、この方が新教皇のゼファス様。年齢不詳。

色白で、悪戯っ子っぽい目をしてる。うん、お義父様と気が合いそう。


私はカーテシーをし、ご挨拶をさせていただく。


「ルシアンが溺愛してやまない妖精姫にお会い出来るなんて、光栄だよ。」


ちょっと待った!

皇都在住の教皇が、何故その不本意なあだ名を知ってる?!

ふふ、とお義父様が笑ったので、きっと犯人はアイツだ。


「今回の案を考えたのもミチルなんだよ。」


そう言ってお義父様は紅茶を飲む。

教皇は興味津々といった目で私を見る。


やめてー!

私は思い付きを言っただけで、実際に形にしたり、より実効性のあるものにしてるの、アルト家のみなさんですからね?!


「へぇ、それはそれは。将来が楽しみだね。

それに転生者なんだっけ?」


私は頷いた。


「退屈で仕方なかったけれど、しばらく良い暇つぶしになりそう。」


暇つぶし…!


若く慈愛に満ちた教皇像が、瞬間的に私の中で弾けた。


ますますもって前教皇が暗殺されたのでは、アルトファミリーは暗殺集団みたいなこと出来そうだし…とぐるぐるしていたところ、ゼファス様が言った。


「これ以上教皇不在であることも隠しきれなかったから、丁度良い頃合いだったんだろうけど。」


教皇不在?

どういうこと?


さっぱり分からない私に、お義父様が説明してくれた。


「実は1年前に、前教皇は亡くなっていたんだよ。

誰も後継者に名乗りを上げなくてね。教皇になったからといって良いことは特にない上に、日々のお勤めは過酷ときてるから、年寄りばかりの枢機卿達は皆、教皇になることを拒否してね。

ずっと教皇の側近をしていたゼファスが、病に臥せってる教皇の代理として諸々仕切っていたから、今回のゼファス新教皇就任は、反対する者がいなかったんだ。」


なんとまぁ…。

あちらでもそんな感じではあったけどさ。


良かった。アルトファミリーは暗殺集団じゃなかった。


「しばらくは各国を回って、教会巡りをしなくてはね。

その経費はアルト家が持ってくれると聞いてるけど?」


勿論、とお義父様が頷いた。


「彼女達の驚いた顔を見る為なら、いくら出しても惜しくはないよ。

キースやルシアンにちょっかいを出されたこと、私は許していないからね。

それに、皇女がうちのミチルにやらかしたこともね、許せないんだよね。ふふ。」


あまりのお義父様の笑顔の黒さに、さすがのゼファス様も顔が引きつっていた。


「骨は残しておけよ?」


骨?!

どういうこと?!


「大丈夫、キレイなまま、眠らせてあげる予定だから。」


良い笑顔なお義父様に震えが…。


「自業自得とは言え、さすがに同情を禁じ得ないな。」


ルシアンは慣れてるのか、私の横で上品に紅茶を飲んでらっしゃいます。

恐れ慄いてる私に気付くと、ルシアンは優しく微笑んだ。


「大丈夫ですよ、ミチルの知らないところで終わってると思います。」


大丈夫の使い方が違う!


貴族は怖いものだけど、アルト家のはより怖い!

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