065.毒を食らわば皿まで?
考え、という程の大それたものはないのだけれど、と前置きをした上で、そもそも、何故教団が民の中に入り込めたのか、ということだ。
いきなり誘拐して薬物中毒にしてるのでなければ、有り体に言えばお悩み相談からスタートして、中毒にして、洗脳したのだろうと思う。
その悩みを解消出来なければ、今後もウィルニア教団の信者は増える。
人は弱い。
動物と違って感情がある分、強くもあるけど、弱くもあるんだから。
「なるほどね。」
淹れてもらったコーヒーを飲みながら、セラと話を進めていく。
「これ以上信者を増やさない為と、なってしまった信者の心を元に戻す為に、何をすればいいのかを考えたいの。」
失った心、失いそうになってる心を埋めるものか。
物欲では満たされないからなぁ…やっぱり、これしかないのかなー。
「で、それは何?もう思い付いてるんでしょ?」
はは、セラ先生は勘が良過ぎます。
「宗教には宗教をぶつけるのがいいかなと。」
「マグダレナ教を?」
私は頷いた。
この世界に広まっている宗教は、マグダレナ教という。
マグダレナとは女神の名前で、この世界を作ったとされる。
ただ、長い年月の中で、マグダレナ教は力を失った。
良くも悪くも、権力を強く求める宗教ではなかったのだ。
今は冠婚葬祭の時に出てくるぐらいの存在になってしまっている。
その、マグダレナ教を表に引きずり出したい。
「弱っている民の心を救うのなら、マグダレナ教でもいいと思うのです。」
人の心に寄り添う、本当の意味での宗教団体がいれば、教団を完封出来なくても、これ以上の侵食は防げるのではないか。
「面白いことを考えるわね、ミチルちゃん。」
「難しいのは、それによって力を付けたマグダレナ教を、誰が抑えるのか、ということですわね。
一番良いのは皇族なんですけれど、私の知る皇族はどうも、合わないので…。」
女帝と皇女はウィルニア教団に着いた方がメリットが大きいから、遅かれ早かれ手を組むと思うんだよね。
「そうねぇ、バフェット公爵家では駄目だろうし。」
女帝と敵対するバフェット公爵家とマグダレナ教が組むのが一番力の均衡が取りやすいけど、聞いてる話、バフェット公爵家も好きになれそうにない感じだったし。
だって、一番良いのは、皇女とバフェット家の公子が結婚するのがベストアンサーなのに、それを拒絶したっぽいし。
上手くやって実権握るっていう手もあったろうに、それすら嫌がるとか、お子様かと。
良くも悪くも、よく似た姉妹なんだと思う。
「マグダレナ教の教皇が善良な方だと良いのですけれどね。そうでないなら、そう言った方に教皇の座に就いていただくとか。」
セラは頷くと、その辺り調べておくわ、と言ってくれたので、お任せすることにした。
「問題の2つ目として、体内に取り込んでしまった薬物をどうやって中和するか、ですね。
初期の段階で依存症になるのを止めたいのです。」
何でもそうだけど、依存症になってしまったら、身体から抜けきるまで本人は激しい苦痛を伴うし、家族にも凄い負荷をかける。家庭崩壊まったなし、だ。
だから、早い段階で薬物を中和可能ならしたい。
「問題の3つ目として、洗脳されて周囲と人間関係が断絶してしまった人達を、どうやって人の輪に戻せるようにするか、というものです。」
周囲に受け入れてもらえない孤独からまた何かに依存されても困るからね。
「お祭りでもすればいいんじゃないの?」
お祭り?
「何かを実現する為に協力している内に、距離も縮まるでしょう。その仲介役はマグダレナ教にやってもらうとして。」
「あぁ、マグダレナ神への感謝の祭とか、そういうことかしら?」
そうそう、とセラは頷いた。
「年4回ぐらいやればいいわよ。」
四季に合わせれば、馴染みやすいかも。日本のお祭りもそうだもんね。
「感謝祭、謝肉祭、収穫祭、復活祭、あと何があるかしら?」
「謝肉祭とか復活祭ってなに?」
あー、そっか、こちらでは神の子が処刑されないから復活しないもんね。
っていうか、感謝祭ってアメリカのお祝いだったな。つい勢いで言ってしまったけど。
「あちらの世界での宗教的なお祝いの名前ですわ。
春は、寒さという厳しさに耐え、春を言祝ぐという事で感謝祭にしましょう。
夏は…ちょっと思い付かないので、秋からいきましょう。
秋は勿論実りの秋という事で収穫祭。
冬は謝肉祭でどうかしら。みんなで仮装して、冬という名の苦境に見つからないようにするの。」
「あら、面白そう、謝肉祭。」
そこか、やっぱり食い付くところはそこなのか!
またダイナマイツ美女になる気なのか?!
そういえばあのばいんばいんの秘密を教えてもらってない。
夏…日本だとお盆だね。
あ、そうか、そうしよう。先祖に感謝するのがいいんじゃない?
だから、敢えて命のあるものを食べない、イースターから取って、復活祭よ。
「夏は先祖の魂に感謝するということで、復活祭にしましょう。」
「何が復活するの?」
「先祖。」
「なにそれ怖い。」
「だから、悪いことしちゃ駄目、っていう意味付けで。」
「なるほど。」
そこではた、と私とセラの動きが止まった。
何故、この声が?
二人して首をギギギ…と動かして見た先にはロイエ様。
いやーーーーっ!
出たーーーーーーっ!!
「ちょっとロイエ、気配を消してミチルちゃんの部屋に入るなんて、どういうつもりなの?」
セラが怒りを声に含ませて尋いた。珍しい。
それにしても、セラも気付かないなんて、ロイエ、本当にアサシンなの…?
「ルシアン様から、ミチル様が何かを成そうとしていたら報告するようにと仰せつかっております。」
私を監視する人、セラだけじゃなかったらしい。
どれだけ信用ないの、私。
っていうかそんな信用失うようなことしたっけ?!
「必要があればお助けするようにとも、仰せつかっております。
ミチル様の発想は、往々にして規模が大きいことがありますので、セラだけでは手が足りなくなることを予想されてのことです。
ルシアン様は基本、ミチル様の身に危険が及ぶようなことがなければ、反対はなさいません。」
そ、そうなんだ…。
信用は、されてるってこと…?
いや、だから私暴れた記憶ないんだけど?
「抑えつけて暴走されるより、手の届く範囲で暴れていただいた方がこちらも対処がしやすいですから。」
ロイエ、容赦ないよ、ロイエ…。
「それに、ミチル様が動かれるより、我らが動いた方が無駄がありませんので。」
「ロイエ、そろそろ止めてあげて、ミチルちゃんが瀕死だから。」
私のHPがもうちょっとで尽きそうデス…。
結論、ルシアンは全てお見通しである。
翌日、お義父様から呼び出しを受けたので、学園から直で向かいます。
これあれだよね。ロイエが早速、ルシアンとお義父様に報告しちゃったパターンだよね。
どうかお叱りを受けませんように…。
まぁ、行って直ぐにその話題に入ることもないだろうから、ちょっと深呼吸でもして、心を落ち着けようかな。
「ミチル、マグダレナ教についてなんだけどね。」
いきなりですか!
挨拶より先ですか、お義父様?!
「大旦那様。」
セラに止められたお義父様がふふふ、と笑う。
「いや、ちょっとミチルをびっくりさせてあげようと思って。
昨日の今日で呼び出されて怯えている所かなと。」
なんでよ?!
そして何でお見通しなの?!
「サロンにおいで。美味しいお菓子を用意させたから。」
お義父様の後ろを付いてサロンに向かう。
サロンにはお義母様がいた。ラトリア様も。
「いらっしゃい、ミチル。」
お義母様は今日も美しいです。ラトリア様と並ぶと、親子だってすぐ分かる。美形親子です。
「ご機嫌よう、お義母様、お義兄様。」
全員がソファに座り、侍女がお茶とお菓子をテーブルに並べていく。
「!」
これは、どら焼き!
驚いている私を見て、お義父様がにこにこしている。
「ふふふ、驚いた?ミチルが小豆が好きと聞いたから、パティシエに作らせたんだよ。」
私の好物情報は、アルト家に伝達される情報なのか…。
なんでだ…。
どら焼きだけど、1/4にカットされたのを、お上品にフォークで刺して食べるようになってる。
かぶりつきたい私としては、なんとなくこう…。今度自分で作って、こっそりやろうっと。
ほうじ茶を飲みながらどら焼きを食べ、ほっとひと息。
「さて、話はロイエから聞いてるよ。」
おぉ、本題来た。
ちょっと胃のあたりがきゅっとした。緊張。
「事後の民の事も考えられていて、とても素晴らしいと思う。」
民を第一に考えるラトリア様は、私の案を気に入ってくれたようで、私に笑顔を向けてくれた。
この人、本当に宰相向いてない。でもこういう人が怒ると一番怖いんだよね…。
「単純に被害を抑える方針で進めていたのだけれどね、ミチルの案が思いの外面白くてね。」
お義父様はくすくす笑う。
「陛下も、皇女殿下も、公爵も、出し抜けそうだよね。
誰も、形ばかりになってしまったマグダレナ教が息を吹き返すなんて思いもよらないだろう?
マグダレナ教を制御する人物に関しては心当たりがあるから、私に任せてくれるかい?」
勿論です、と答える。
一番の懸念事項の、マグダレナ教をコントロールする人がいるのなら、成功確率がぐっと上がると思う。
「シーニャ、君にもお願いがあるよ。」
お義母様は心得ておりますわ、と答えてにっこり微笑んだ。
凄い心強い笑顔です!
「水田の周りに植える植物を、ルシアンが国内だけでなく、周辺諸国の植物についても調べさせただろう?
そのお陰で、教団の使用する薬物の中毒症状を中和させる植物が見つかったんだよ。」
そこまで広範囲に調べたのか…。
そう言えば稲も他の国から取り寄せたって言ってたな。
本当、ラトリア様が言う通り、ルシアンって徹底してる。
「そうそう、その植物の調査の中で、根の部分が薬になる植物も見つかってね。それまでは他国から高い費用を支払って輸入していたものだったんだよ。薬だからね、高額で使用出来ないのでは困る。
ミチル、本当にありがとう。」
「いえ、それはルシアンにおっしゃって下さいませ。」
お礼を言う相手を間違ってますぞ。
「いいんだよ、ルシアンに言っても、ミチルに言われなければ調べませんでしたので、礼は不要です、とか言われるだけだからね。」
…言いそう。
そしてさすが父。息子のこと、よく分かってるね。
「目下、ミチルが気になる点については、これで解決する筈だ。他にも何か気が付いたら言いなさい。」
「はい、お義父様。」
うんうん、と頷いたお義父様は、ラトリア様に目配せした。ラトリア様は静かに頷く。
「楽しいね。」
ニコニコしながら言うお義父様が、私は信じられなかった。こんな、世界規模に広がってるものをどうこうしようというのに、楽しいだなんて。
ラトリア様はため息を吐き、首を横に振った。
「ミチル、父上に普通の感覚を求めても無駄だ。
この人はこれまで全てご自身の計画通りに進めて失敗したことがない人なんだから。」
「失礼だな、私にだって失敗ぐらいあるよ。
ミチルが転生者だと見抜けなかったし。」
なんかおかしい。
前から思ってたけど、お義父様って、大分おかしい。
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