063.シュリアナの工芸茶

アルト侯爵家が陞爵してアルト公爵家になることが王室より公表されると、瞬く間に国内に広がった。

内心どう思ってるかはさておいて、国内の貴族中からお祝いの手紙と贈り物が届いて、アルト家はてんやわんやの大騒ぎになった。


私が転生者であることを同時に知らされたのもあって、アレクサンドリア家にも色々届いたらしい。

今、アレクサンドリア家の使用人は6人ぐらいしかいないのに、その対応は大変だろうと思う。


始まった学園でも、見知った顔から知らない顔の後輩まで、先生も含めてアルト家陞爵の祝いの言葉を言われ続けたので、お礼マシーンと化した私は、ひたすら笑顔でありがとうございますと言い続けた。顔筋イタイ。


「大丈夫ー?」


さすがに疲れて研究室に逃げ込み、セラの淹れてくれた紅茶を飲む。

顔が引き攣りそう…。

筋肉をほぐす為、顔をマッサージする。


「その内夜会のお誘いが鬼のように来るわよー。」


夜会?!


セラの言葉にゾッとした。


私は夜会が好きじゃない。

とは言え、これでも貴族の端くれなので、最低限の夜会には参加している。

ルシアンが行けない時はお断りをしてる。ルシアンが行っちゃ駄目って言うから。

自分以外とダンスさせたくないんだって言ってた。

私としても、よく知りもしない人と身体ぴったりくっつけて踊るというのが受け入れがたいから、ルシアンの言い付けに乗っかってる感じ。

貴族の倫理観が分かんないよ…。

手を触るよりよっぽど破廉恥だよ?ダンス…。


「転生者の存在を知らなかった貴族が、転生者の価値を知って湧いてくるわよ。しかも結婚相手が今をときめくアルト公爵家なんだもの、当然よ。」


いや、知られたら騒がれるかなとは思っていたけど、こんなにも騒がれるなんて思ってもみなかった。


「今回はアルト家の陞爵もセットだから、軽いお祭りよねー。仕方ないわよー。」


セラのノリはあくまで軽い。


「ひと通り終われば静かになるから、それまでの我慢よミチルちゃん。」


はい、と返事をして紅茶をまたひと口飲む。


「紅茶の減りが早いわね。おかわりする?」


「ト国茶をお願いしてもいいかしら?」


オッケーよ☆とウインクして、セラはト国の茶器セットを用意しだした。

一人だとお茶を淹れるのも面倒だからと、マグカップも研究室には置いてあるけど、セラが執事になってからは、いつもこの研究室にいるので、ルシアンもセラのお茶を飲んでるらしい。


「そういえばね、セラ。」


セラは聞いてるわよ、という顔をこちらに向ける。


「あっちの世界にはね、工芸茶というのがあるの。」


「コウゲイチャ?」


私は頷いて、カップの中の紅茶を飲み干した。


「お茶と花を糸で縛ったもので、お湯を注ぐと、乾燥していた花が開いて、お茶の中で咲いたみたいになって美しいの。」


「それ、作ってみたら?

今までみたいに隠れる必要もないのだし。

たとえば、アレクサンドリア領で採れる、口にしても無害な花と組み合わせるとか。」


それ採用!

早速アビスにお手紙認めちゃうぞ!


「前世のミチルちゃんって、どんなだったの?」


前世の私?


「うーん…お世辞にも美人とは言えない見た目に、大して賢くない人間でしたよ。」


でも、自分なりに努力して、悔いは少ないように生きてきたつもりだったけど、あんな死に方するんだから、人生って本当分からない。っていうか、理不尽の連続だ。


「その話を聞いてると、前世も今も、人に巻き込まれる運命なのかしらねぇ。」


言われてみればそうかも。


「それでも、ミチルちゃんは努力を止めないのね。」


「そんなに真面目に生きている訳じゃありませんわ。

自分に言い訳して生きるのが嫌なだけです。」


「言い訳?」


セラは私の前にト国茶を置くと、正面の席に自分も座った。


「どうしてもやりたくないことがあって、それから目を背けたときに、心の中で言い訳をするでしょう。

仕方がないとか、そういう。それはそれで別にいいの。

でも私、後になって後悔してしまうのよ。あぁ、あのときこうしてれば良かった、って。

だから、頑張るようにしてるのです。それだけ。

ただ、あまり能動的ではないから、巻き込まれているように見えるのかも知れませんわね。」


そうやって、腹をナイフで刺されて死んだんだから、我ながらお人好しっていうか、馬鹿というか…。


ふ、とセラは笑った。


「変な子ねぇ、ほんと。」




夜会、やかい、ヤカイ…夜会に次ぐ夜会。

今回ばかりは仕方がないとルシアンは思っているのかどうなのか、口にしないので分からないけど、週一でルシアンと共に夜会に参加しております。

もう、ヘロヘロです。

社交辞令、美辞麗句、腹の探り合い、etc…。

これまで貴族の端くれとしてやってきてはいたものの、やはり端くれは端くれですよ。

長期戦になるとボロがいつ出るかと冷や冷やものです。

とは言っても、いつもルシアンやラトリア様、お義父様が近くにいてくれるので、あまり会話をしないで済んでるのがありがたい。

ただ、腹の探り合いを横で見てるのも、大分精神衛生によろしくない。


いつの間に用意されたのか分からないドレスを、お義母様からいただき、夜会に参加する日々。

ドレスのデザインを趣味としているお義母様は、私のドレス作成でストレスを発散しまくったらしく、お義父様にエライ感謝された。

ところでこれは、いつ終わるのか…。


「もうそろそろ終わりが見えてると思うよ。」


今日はラトリア様に誘われて、レンブラント公爵家に来ている。

珍しいことにルシアンはいません。セラと二人で遊びに来ている。

私もラトリア様に話したいことがあったので、いそいそとレンブラント家に参上しました。


「本当ですか?」


「父上もルシアンも、夜会がそれほど好きではないからね。ルシアンなんかは、ミチルが自分以外と踊るのが許せないぐらい狭量だからね、大分苛立ちが溜まっていると思うよ。」


さすが兄。弟の考えてることお見通しです。

ただ、イライラしてるように見えないのが、ルシアンの凄い所というか、怖い所というか。

いくら貴族が腹芸が得意だと言っても、目には出るんだよね、思ってることが。

でもルシアンもお義父様も、お義兄様も、それが一切見えない。アルト家男子凄いわー。


「最近は周辺諸国の貴族がミチル目当てに夜会に紛れているとも聞くからね、そろそろお開きになるよ、このお祭り騒ぎも。

どの辺りの国が関心を寄せてるのか、確認もすぐに済むだろうし。」


えぇ…私目当て?


こうして色々聞いてて思うことがあるんだけど、ルシアンって何処まで計算づくなんだろう…。

私には感情で動いてるみたいなことを言うけど、後から思い出してみると、全部計算し尽くされてる印象があるんだよね。


私はまんまとそれに踊らされているというか…。

ルシアンのやり方はとても上手だし、私のことを考えてくれているのが分かるから、踊らされていてもいいんだけど。


ラトリア様も、お義父様もそう。

下手をするとロイエとセラもそう思う。

他の貴族にそういった印象を持ったことはないから、多分これはアルト家に関わる人間がそうなんだろうと思う。


凄い家に嫁いで来ちゃったな。

来ちゃったというか、絡め取られたと言うのか。


「お義兄様も、夜会続きでお疲れでは?」


私が作って持ってきた豆腐ブラウニーを食べながら、ラトリア様は笑った。


「私はなんだかんだ、父上の代わりに夜会に出ていたからね、こう見えて夜会慣れしているんだよ。

それに最近は磁器が話題に上がることが増えてね、商談会場になっているぐらいだ。領主として腕がなるよ。」


ト国にも青磁の作成方法を伝授して、代わりにト国での磁器の作成方法を教えてもらったりしているみたいで、レンブラント領の陶磁器のレベルは格段に上がっている。


「ミチルは今、欲しいと思ってる磁器はないのかい?」


「磁器は特にありませんけれど、新しいお茶を作りたいと思っております。」


新しいお茶?と聞き返すラトリア様の目がキラリと光る。


「あちらの世界にあったもので、工芸茶というのですが、お花とお茶を糸で縛っておくのです。

そのお茶をト国の白い茶器の中に入れ、お湯を注ぐと、茶葉が開いて、器の中に花が咲いたようになるのです。」


「それはまた雅なお茶だね。

でも、自領だけでは完結出来そうにないんだね?」


「よくお分かりになりましたね。」


ラトリア様はちょっぴり意地悪な笑みを浮かべる。


「ミチルも今では領主なのだから、自領の利益を優先するだろう。聞いているだけで注目を浴びることが分かるような話なのに、それを私に話すということは、アレクサンドリア領の花では、再現出来なかったのではない?」


ご名答でございます。

話が早くて助かるけどね。


「ルシアンから、レンブラント領で自生するシュリアナの花が、香りも良く、口にしても害がないと教えていただきましたの。

お義兄様、アレクサンドリアにシュリアナの花を売って下さいませ。」


目配せすると、セラが頷いてテーブルの上に布に包まれた状態の、自作のシュリアナの工芸茶を置いた。

王都でシュリアナの花を見つけて、乾燥させて作ってみたんだよね。


これがまた、なかなかシュリアナの花の色を白に保ったまま乾燥させるのが難しかったんだけど。なんとか…。

しかもそれをト国茶と糸で縛るのがまた…裁縫が得意なエマに助けてもらって何個も駄目にした結果、なんとか…。

やった出来たーと思ったら、お湯を入れてもなかなか開かなくって…。

何度挫折しそうになったことか…。


「へぇ。丸いんだ。」


ラトリア様は執事にト国茶器とお湯を持って来るように指示した。


テーブルの上に執事がト国茶器を置く。セラが茶器の中にシュリアナの工芸茶を入れ、お湯を注ぐ。

私とラトリア様はじっとお茶が開くのを待つ。

無言で5分程見つめていると、じわじわ開いていた花が、完全に開いた。


「どうぞ、お義兄様。」


「ありがとう。」


器を手に取り、花を見つめる。それから匂いを嗅いで、そっと口を付けた。


「いい香りだ。味も、混じることもないし。

これは、素晴らしいね。」


「いかがでしょう、お義兄様。アレクサンドリアと契約していただけますか?」


ラトリア様は、ルシアンに似た笑顔を浮かべると、「勿論だよ、アレクサンドリア女伯。是非、こちらからもお願いしたい」と快諾してくれた。


やったー!!


「ありがとうございます、お義兄様!」


嬉しい!しないけど小躍りしたいぐらい嬉しい!


「可愛い義妹の頼みだからね、元より断る気も無かったけど。

それにしても、よくシュリアナが食用しても大丈夫だと知っていたね。」


「あぁ、それは…。」


ノウランドの水田周りに彼岸花を配置しようとして、彼岸花がこちらの世界にない為、他に適した花はないかと調べた時に、ルシアンはどうせならと徹底的に調べさせたらしい。

結果、どの花が食用可能なのか、毒性を持つのかが分かったという話。


そう話すと、ラトリア様は笑った。


「ルシアンらしい。あの子は徹底的な合理主義だからね、一見無駄なように見えても、全て計算づくだから。

ミチルも苦労してるのではない?」


兄の目から見てもそうなんだ…ハハ…。


「父上と違って遊びもないしね。

最短の手法で歪みを生じさせないように調整していく能力は、兄から見てもなかなかだと思うよ。」


もはや乾いた笑いしか出て来ないよ!


「まぁ、そんなルシアンでも、ミチルのことだけは計算通りにいかないことが多々あるみたいだから、これからも振り回してあげて。」


ふふふ、とラトリア様は笑い、シュリアナ茶を飲む。


さりげなく弟に目で射殺されそうなこと言ってます。

良かったね、ここにルシアンがいなくて。


「うん、これはとても癒されるね。

王室には献上するの?」


「はい、王妃様主催のお茶会にお呼びいただいておりまして、そこでお披露目させていただきたいのですけれど、よろしいですか?」


いいよ、とラトリア様は頷いた。


「ありがとうございます。」

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