060.お客様お帰りです。

「私も行く。」


王子が立ち上がって言う。同じように立ち上がろうとするモニカを手で制する。


「モニカ、君は駄目だよ。いくら王太子の婚約者でも、この件は別問題だ。ジェラルドも、それから。」


ルシアンを見て王子が「ルシアンも駄目だ」と言い切った。ルシアンの眉間に一瞬皺が寄る。


「ミチル嬢を守りたい気持ちは分かるけど、ルシアンが行けば事態が複雑になるだけだ。城までは来てくれて構わないが、入室は許可しない。いいね?」


無表情にルシアンは頷いた。




カーネリアン先生に続く形で皇女の部屋に入室した。

先生の横には王子が立っている。


王子の姿を見て、皇女はあからさまに不機嫌な顔になった。

開いていた扇子をパチンと音を立てて閉じ、不愉快であることをアピールする。


「私はそこの研究員と小娘しか呼んでいないわ。王子は下がりなさい。」


室内の空気がピリピリして、胃のあたりがざわざわする。

皇女怖いよー!


「先日の事は聞き及んでおります。」


静かな声音だけど、何処か圧を含んだ王子の声に、この人は王族なのだな、と思った。

同じ王族でも皇女からは苛烈さしか感じないけど。


皇女の形の良い眉がぴくりと動く。


「彼女が皇女に不敬を働いたのであれば、我が国の人間ですから、罰しなければなりません。

皇女、彼女は何か無礼を働きましたでしょうか?」


むしろお前こそ何やったよ?(意訳)と言ってる王子。

カッコいいですわー!

さすがあの王妃様の息子!あの時の王妃様無双カッコ良かったからね!


私は皇女相手には何もしていない。

皇女もそれを分かっているんだろう。

扇子をギリギリ握りしめてはいるものの、これ以上追求することは止めたようだ。


「特別にいることを許しますが、言葉を発することは許さないわ。」


王子は何も返事しなかった。


皇女は扇子を開き、カーネリアン先生を見て言った。


「先日、私が命じた件に関してはどうなったかしら?」


いやいや待とうよ!そんな直ぐに答えが出るようなもんじゃないでしょ!

いや、出てるけどさ!


カーネリアン先生はカーテシーをすると、恐れながら、と話し始めた。


「…現在の技術では、皇女殿下のお望みを叶えることは難しいかと思われます。」


扇子がまた、パチリと音をたてて閉じられる。


「何故無理だと断定するのかしら?」


「それは…殿下のお身の内に、平民の血が流れてらっしゃるからかと思われます。」


カッと皇女の顔が真っ赤になり、手に持っていたクッキーがカーネリアン先生に投げつけられた。


申し訳ございません、と謝罪し、カーネリアン先生は一歩下がり、頭を低く下げる。


何故、カーネリアン先生は話し合いの通りに、研究すれば可能かも知れないと言わないのだろう。


「それを!何とかするのが!そなたの役目だと言っているのです!」


皇女は勢いよく立ち上がるとカーネリアン先生に駆け寄り、先生の頰を叩こうとした。

先生を庇おうとして、王子に腕を掴まれて止められた。


「!?」


次の瞬間、叩かれた音と、蹲る先生の姿が視界に入る。


「ご期待に添えず…申し訳ございません…。」


皇女は怒りのこもった目のまま、私を睨む。


「そなたはどうなの?!」


そうか、私が連れて来られたから、先生は無理だと言い切ったんだ。

一人だったら、のらりくらりと誤魔化すことも可能だったろうけど、私が呼び出されてしまったから。


「皇都の魔道学院が、そなたを褒めていたわ!

そなたも研究を手伝っていたのでしょう?何か気付いたことがあるのではないの?!この愚か者が気付けなかったような事を!」


鬼気迫るその様子に、喉の奥が震えた。


どうすればいい、どう答えればいい。

無理と言い切っていいの?


「アレクサンドリア女伯は成績が大変優秀でしたから助手にしただけで…特別なものは何もございませんわ。」


先生は立ち上がり、皇女に言った。扇子で叩かれて、左の頰が真っ赤になって、口元が切れている。

信じられない。女の人の顔をこんな風に叩くなんて!


「騙されないわよ!そんなことで准研究員になれる筈がないことぐらい分かるわ!」


「アルト侯爵様が、息子の婚約者に箔をつけたいと仰せになって…ですが実力はありませんから、准研究員としたのです…。」


皇女は心底軽蔑した目で私を見ると、「何と浅ましい…!」と罵った。


どうも皇女の中で、私が我儘を言ってアルト侯爵に口添えしてもらって准研究員になった図式が成立したっぽかった。

なんでそうなる!?


「何故、ルシアンがそなたのような者を選んだのか、理解出来ないわ。

そなた、自ら身を引きなさい。爵位を持つ事を許されているのでしょう?身にあった相手を探して領地に引きこもるのが分相応と言うものよ。

分かったわね?」


扇子の先を胸に押し付けられ、そのまま押された。思わず後ろに身体が下がったのを、王子が支えてくれた。


私と皇女の間に入って、私を守ろうとしてくれてる。


「我が国の貴族間の婚姻に口出しする権利は、いくら皇国の皇女と言えど認められておりません。」


皇女は鼻で笑った。


「笑わせないでちょうだい。このような辺境で、一人前の国のつもりでいるの?

属国と呼ばないでいてあげる皇室の好意が理解出来ないようね?」


俯いていた私の視界で、王子が手をぐっと握りしめたのが見えた。


属国と侮るなら、何故、ルシアンに執着するのか。

魔力の器だって必要としないだろうに。


「それは、女帝陛下もそうお考えであると思ってよろしいですかな?皇女殿下。」


背後から、男性の低い声がした。

この声は聞いたことがある。


王子が私の腕を引いて壁のほうへ引き寄せると、頭を下げた。カーネリアン先生も同様に。


「カーライル王…私は入室を許可しておりませんわ!」


陛下が皇女の前に立つ。お義父様も陛下の斜め左後ろに立っている。


「入室の許可をいただこうと何度も声をかけましたが、一向に返事がありませんでしたから、仕方なく扉を開けさせていただいたのです。

そうしたら、随分と興味深いことをお話しだ。」


ちら、と目だけ向けて様子を見ると、陛下の横にいたお義父様と目が合った。

お義父様がウインクしてきた。


「!」


ぐぬぬ、といった顔で皇女が陛下を睨んでる。いくらなんでも、かなりの暴言だったからね。


お義父様は恭しくお辞儀をすると、にっこり微笑んだ。

笑顔が黒いです。

ルシアンもあぁなるのかな…既に片鱗が見えてるけど…。


「皇女殿下、長期休暇の間、皇都で羽根を休められてはいかがでしょう?女帝陛下も、久しく愛娘の顔をご覧になってらっしゃらないのですから、寂しく思ってらっしゃることでしょう。

あぁ、支度はこちらが全て致します故、何もご心配なさらないで下さい。」


畳み掛けるようにお義父様は言う。その笑顔に、皇女は言葉を返せないようだった。

言ってることはきつくないんだけど、何て言うか、有無を言わせない目をするんだよね、お義父様って…。


陛下が王子を見る。


「ジーク、カーネリアンの怪我の治療を直ぐにさせよ。」


「はっ。」


王子は頭を下げるとカーネリアン先生を連れて部屋を出て行った。


陛下は皇女に向き直ると、冷淡な声で言った。


「この件について、皇室には抗議させていただく。」


「こ、これは…!あの女が私に不敬を働くからですわ!」


皇女の言葉を無視するように、陛下は私を見た。


「アレクサンドリア女伯。来なさい。」


私はカーテシーをし、陛下に付いて行った。




謁見の間に行くと、ルシアンがいた。

私をじっと見つめてる。多分、私が危害を加えられてないのか、気になってるんだと思う。


陛下は玉座に座り、段の下に宰相であるお義父様が立つ。


私はルシアンの横に立ち、二人揃って陛下に向けて頭を下げた。


「よい、面をあげよ。」


陛下はため息を吐き、宰相であるお義父様を見る。心得てますとばかりに頷くお義父様。


「全て、恙無く。」


余裕たっぷりのお義父様の顔を見て、ほっとした。

この人がそう言うんだから、もう大丈夫だろう。


「皇女殿下ご帰国の早馬は、先程城を出ました。皇室への抗議の書簡は議会と皇室双方に送ってあります。

来週早々にも、殿下のお荷物と騎士団が出立出来るよう、ハーネスト騎士団長にも依頼済みでございます。」


いろいろ根回し早過ぎるよ…。

未来が見えるの?!


お義父様は私の方を見て、「ミチル、怪我はないかい?」と聞いた。


「はい、王太子殿下が、お守り下さいました。」


王子があの場にいなかったら、私も扇子攻撃の餌食になってたと思う!

あぁ、カーネリアン先生大丈夫だろうか?!物凄い音してたし!


「それは良かった。もし今回も王太子殿下がミチルを守れなかったら廃太子にする所だったよ。」


いい笑顔で、陛下の前で廃太子とかおっしゃってますけど、不敬にならないのかな…?


若干諦めたような表情の陛下。

暴走気味な王様の所為で苦労する宰相、とかはよく聞く?けど、宰相が暴走気味で王様が苦労してるってあまり聞かないよ?


「アルト伯爵、アレクサンドリア女伯の出迎えご苦労である。下がって良いぞ。」


陛下の言葉を受けて、私とルシアンは城を出た。




屋敷に向かう馬車の中、ルシアンは私を膝の上に乗せ、ずっと抱き締めていた。


「ご心配をおかけして、申し訳ありません。」


「ミチルが謝ることではありませんよ。」


「でも…。」


心配させたのは事実だし。


「また、私のいない所で貴女を傷付けられたらと思うと、気が気ではありませんでした。」


キャロルに襲われたときのことを言ってるんだろうか。


「危険が迫っている時に守れないなんて、夫として失格です。」


「いつもいつも、ルシアンは私を守って下さってますわ。」


全てのものから、私を、私だけを守ろうとしてくれる。


「今日だって、付いて来て下さった。」


だから、そんな顔をしないで欲しい。


出来ることの中で、最大限のことをしてくれてること、鈍い私でも分かってるからね!


「私、強くなりたいですわ。」


頭も足りないし、度胸も足りないし、ないない尽くしなのは分かってるけど、でも、強くなりたい。


「それは、私が頼りないからですか?」


「違いますわ。私がもっと強ければ、皇女殿下からルシアンを守れますもの。」


酷く驚いた顔で私を見るルシアン。


「私を守る…?」


「そうですわ、ルシアン。」


このイケメンは、きっとこれからも意味の分からない美女に言い寄られるに違いない。

そんな時、守られるだけの私じゃ、いつかルシアンを取られてしまうかも知れない。

だから、私は強くならなくては!


屋敷に戻ってセラにその話をしたら、痙攣起きる手前までセラは笑って、ロイエに踏まれてた。

ロイエ?!顔は止めてあげて!




「ミチルちゃんは最高ね!さすがルシアン様を変えただけの事はあるわー。」


セラの淹れてくれた紅茶を、私専用ダイニングキッチンでまったり飲んでいたら、セラは何度目かの同じ台詞を言った。よっぽどツボにハマったらしい。


ルシアンは私の守りたい発言に、微妙に傷ついたのか、書斎にひきこもってしまった。

それを見てセラがまた笑って、ロイエに怒られていた。

セラ、自由過ぎる。


「もー、何度も言い過ぎですわ!」


「だって、あのルシアン様を、守るだなんて!その発想はミチルちゃんじゃなきゃ出ないわよぉ?」


そうかな?そんなことないと思うけど。


「で、守るってどう守るの?」


そう、そこですよ、セラ!


「いくら私が身体を鍛えたとしても、時間が足りませんし、才能は…もしかしたらアレクサンドリア家だからいけるのかしら?

えぇと、普通に身体を鍛えるというのは、難しいということは私でも分かります。」


そうね、とセラは頷く。


「護身術を覚えたいのです。燕国の。」


「燕国ぅ?!」


燕国は日本っぽいから、きっとある筈!合気道!!

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