037.ボーンチャイナ

冬が近付いてるのだなと、頰に触れる風の冷たさと、そのにおいに冬の到来を感じる。


王都は寒いとは言っても、耐えられない寒さではない。

雪が降ったとしても積もる程ではないし。


ただ、レンブラント領は王都より北に位置し、雪が積もることもある。

本格的な冬が来る前に、ラトリア様に会って、ろくろを見ようということになった。


ラトリア様に迎えられてサロンに向かう途中、ご機嫌なラトリア様は言った。


「ミチル、ルシアンと結婚してくれて本当にありがとう。

もし結婚が延期になったりしたら、私は実の弟に抹殺される所だったよ。」


ラトリア様、会って一番最初に言うことがそれですか。

ルシアンはいつもの如く無反応。


この家族の距離感が、イマイチ私には分からんのだ。

これは仲が良いのか悪いのか?

家族中からルシアンが愛されてることだけは分かるんだけどさ。


ソファに座り、運ばれて来たお茶をいただく。


「そう言えばルシアン、ノウランドを父上から預かったんだって?」


すぐに工房に向かうかと思ったのに、そうしなかった理由は、ルシアンからノウランドの話が聞きたかったのかと、納得した。


「えぇ。」


「難しいだろう、あの地は。

南の領地にしてミチルを連れて海で泳いでくれば良かったものを。」


淑女は海で泳がないよ?!

水着着て泳ぎたかったけど、乗馬が破廉恥と言われる世界で水着なんて、下着も同然だからね、受け入れられる筈もない。


こら、ルシアン、こっち見るな。


「それで、何か案は思い付いたのかい?」


「ミチルから保存食の存在と、陽の光を必要としない野菜の存在を教えていただきました。それ以外にも耕作に向かない土地の有効活用等ですね。

ミチルの知る世界の情報が、こちらでそのまま使えるのかの調査もしなくてはなりません。

こういった情報を一つの領地内で調査させても埒があきませんから、研究する施設の創設を父上に相談させていただいております。」


「いいね。それにはレンブラント領も参加出来るのかい?」


「当面はアルト侯爵家のみで研究を進めて行きます。

実効性が確認されましたら、王立とするか、共同出資という形で各領主に協力を要請するかを決めていこうと思っております。」


確かに、私の思ってることがそのままこちらでも使えるか分からないのに、いきなり実行には移せないよね…。


夢を見る能力と、実現させる能力は別物だ。

分かっていたつもりでも、ここの所色んなことが上手くいっていたから、そんな当たり前のことが分からなくなっていた。


反省する。

私みたいな直ぐに何かに夢中になって、視野が狭くなる人間は、領主とか向いてないなー。




前回と同じく、ラトリア様に連れられて陶器の工房に向かう。

相変わらずラトリア様は職人たちに囲まれてる。

愛されてるわー。


職人の一人がちら、とこちらを見る。


「あの、ラトリア様、あのお嬢様がその…。」


ラトリア様は頷いて「そうだよ、彼女がろくろを教えてくれたミチルだ。私の義理の妹だね。」


ミチル、こちらへ、とラトリア様に呼ばれたので、ラトリア様のすぐ後ろに立つ。私の横にはルシアンが立った。


職人はラトリア様と私の顔を交互に見やる。


「ミチルは優しいから、直答しても大丈夫だよ。

いいね?ルシアン。」


確認する先が何故本人の私ではなくルシアンなのかと言えば、淑女は結婚すれば夫の所有物になるからだろう。

前世だったら女性の権利関係の団体がソッコーで怒るに違いない扱いである。


ルシアンは無言で頷く。


許可を得た職人は、改めて私に向き直り深くお辞儀をした。


「ペックといいます。」


ペックはよく日に焼けた、人の良さそう顔をした、三十代ぐらいの男性だ。いや、もしかしたら二十代かも知れない。


「初めまして、ペック。」


にこっと微笑みかけると、ペックは慌てるようにまた頭を下げた。


他の職人がペックを小突くと、はっと我に返ったようにペックはろくろについて話し始めた。


「お嬢様が教えてくれたろくろが、遂に完成しましたです。是非、見てもらいたいです。」


言い回しが変なのは、言葉遣いを教育されてないからだ。

気にしてはいけないのだ


「えぇ、勿論ですわ。見せて下さいませ。」


こっちです!とペックに案内された工房の奥に、ろくろがあった。


「まぁ…。」


私の知るろくろとは同じではないけど、やろうとしてることは分かる。

と言うか、初めて作ったろくろにしては、随分完成度が高いように見えるのは何故だろう?


回転する台の下に、ペダルがある。これを踏むと右回りだか左回りだかに回転するようになっているのだろう。


ペックは座ると、こうやるですと言って実演を始めた。

代表で話しているだけあって、ペックの陶芸の腕はこの中でもいいのだろう。


「土殺しはもう終わってるです。」


土ごろしとは何ぞや、と思っていたら、ラトリア様が、土の芯を出す作業のことだよ、と教えてくれた。

芯?と思ったけど聞くのは止めておいた。

自分が陶芸をやるなら知ったほうがいいんだろうけども。


そんな私の心を読んだのか、ラトリア様が苦笑しながら、土の中の密度を均等にすると言ったほうが分かりやすいかな?と言った。


「空気が入っていると焼成で失敗するからね、空気抜きも土殺しで行われるね。」


なるほどなるほど。

土の密度が均等じゃないと焼きムラが出来そうだし、空気が入ってたら割れそうだ。

大事な作業じゃないですか、土ごろし?


台に乗せられた土に水をかけ、足元のペダルを踏み、少しずつ土の表面を柔らかくさせていく。

そこから先の器を作っていく作業は、よくテレビとかで見るような動きだった。

え、こんな短期間でここまで上達するのおかしくないですか?!と思っていたら、怪訝な顔になっていたのだろう、私の表情に気付いたラトリア様がネタばらしをした。


「実はペックはサルタニアの出身なんだよ。色々あって我が国に来て、我が国の中では比較的陶芸が盛んなレンブラント領に来たんだけど、うちにはろくろが無かったのさ。」


え?それならペックがろくろを教えてくれれば良かったんじゃ?と思っていたところ、ラトリア様は困ったような顔で言った。


「ペックは密入国なんだよ、ミチル。だから、自分がサルタニアの出身だと言えなかったんだ。

まぁ、誰よりもろくろの使い方が上手かった所為で結局バレてしまったのだけれどね。」


大きい身体を縮こませるペック。

バレないように気を付けていたんだろうけど、陶芸職人として身体がろくろの使い方を覚えていて、使ったことがない筈のろくろを自在に操ってしまったとか、そんなところか。


ペックは罪に問われるのではないだろうか。

各国は当然ながら国境に検問を設置し、許可のない者の出入りを禁じている。

国境には別に壁がある訳ではないから入ろうと思えば入れてしまうんだけど、バレたときには牢屋に入ることになるのでは?

サルタニアからすれば技術の流出だし、ペックは許されまい。


「ちょっと奥に行こうか。

棟梁、奥を借りるよ。」


ラトリア様が一番年長の、偉そうな人に声をかけると「勿論ですだ!」という返事が帰って来た。


私とルシアン、ラトリア様の3人は奥にある部屋に入る。私たち以外には人はいない。

座るよう促されたので、私とルシアンは椅子に腰掛けた。


「ミチルからろくろの使い方などを伝授してもらった、という体が必要ということですね?」


ルシアンが言うと、ラトリア様は苦笑した。


「理解が早くて助かるよ。」


転生者である私が、一体どんな知識を持っているのかは、私以外には分からない。

だから、ろくろを私が作れないということは、分かりようがないということだ。

ほー、転生者ってこういう使い道もあったんだ。


ドアをノックする音がして、ドアが開く。飲み物を持って来てくれたようだ。


「素晴らしいだろう?ペックが作ったものだ。」


目の前に置かれたカップはとても美しく、以前工房で見たものとは段違いだ。

屋敷で見る陶器と同じように、繊細で美しい。

ペックはかなり技術力の高い職人だったのではないだろうか?


ドアが閉まったのを確認して、ラトリア様は話し始めた。


「技術を転生者のミチルから伝授してもらった、ということである程度は騙せるとしても、ペックの作るものはサルタニアの陶器だ。

それでは駄目なのだよ。新しい技術が必要になる。」


ははぁ、そういう意味でも私の出番なのですか…。


「詳細な作り方などはこちらで考えるとして、ミチルの知る世界では、他にどんな陶器があるのかを教えてくれないだろうか。

ミチルに教えてもらった陶器を我が領内で作れれば、ペックの出自をごまかすことが出来る。」


「なるほど。」


ラトリア様は何処からか紙とペンを取り出した。

最初からこれを私に書かせるつもりで持って来てたのだろう。


「ペックから他の職人にろくろの使用方法を伝授したら、他の工房にも伝授するつもりだ。

その際に全ての工房で同じ物を作ったら当然、ペックのいるここの工房の物が一番上等な物になってしまうからね。

出来れば何種類かの陶器を教えてもらえるとありがたいが、どうだろう?」


工房ごとに異なる風合いの陶器を作成すれば、出来具合が異なっていても不思議ではないし、利益の配分もばらける、ということか。

なるほどねぇ。


「私もあまり詳しくないのですが、陶器と、磁器というものがありました。

これまでレンブラント領で作っていたのは、陶器になると思います。陶器は叩くと、重い音がします。

多分ですけど、磁器はサルタニア産のようなものをいいます。薄くて、叩くと高めの音がします。

確か、材料になる土が違っていて、焼成温度も違った筈です。」


だからか!とラトリア様は何かに納得したように大きな声を出した。


「あぁ、すまない。ペックが作ってくれたものは、見た目こそサルタニア産にそっくりなのだが、壊れやすいのだよ。その原因が何だか分からなかったのだけれど、ミチルの今の説明で分かった。

そうか、原材料と焼成温度か。」


サラサラとラトリア様は紙にメモしていく。


「陶器と磁器の違いは、それぐらいしか分からないのです、申し訳ありません。」


いやいや、とラトリア様は首を横に振る。


「違いが分かるだけで大きなことだよ、ミチル。我らにはそれすら分かっていなかったのだから。

ペックだって、土を作る所からの工程は知っていたとしても、自国の土と、レンブラント領の土の違いまで正確に分かろう筈もない。」


土壌によって焼きあがる焼き物の風合いが異なるのは知ってる。

信楽焼とか益子焼とか、色んな焼き物が日本にはあった。


「私の知る世界では、国によって磁器の風合いが異なっておりました。

形や色合い、装飾が違います。

以前私が生まれ育った国では磁器よりも陶器が発達していて、土地ごとに焼き物が特産品としてありました。ろくろで作るようなお椀物もありましたが、四角いお皿などもありました。お皿の表面に絵を描かれたもの等もあります。」


「皿に絵を?」


「はい。お皿も料理を楽しむ上の一つだったのです。お皿は真っ白で、ソースでお皿を彩る国もありますし、様々ですね。」


ラトリア様から紙とペンを受け取ると、思い付く限りの食器のデザインを、拙い絵で描いていく。


ボーンチャイナなんかもあったなぁ、と思いながら描いていく。

なんでボーン?と思って調べたことがあったんだよね。そうしたら本当に牛の骨の砕いたのを入れてて、骨が入ることで焼成後に乳白色になる。

それに絵を描いて、低温で焼くと、あのキレイな器が出来るらしい。


「水差しなどもありましたわ、そういえば。人形を磁器で作ったものなどもあります。」


「はぁ…ミチルの知る世界は凄いね…。陶器に絵だなんて…。」


こちらの世界では、まだ真っ白いものしかないもんね。


ガラスなんていうものもあるんだけどね。

まぁ、ガラスは作り方とか素材とか分からないから教えられないんだけど。

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