あなたの為に<とある女性視点>
その方はフィオニア様とおっしゃった。
水色の髪に水色の瞳を持つ不思議な方で、その柔らかな面差しは、女性と見間違う程に美しい。
ただの平民の私を、フィオニア様は姫とお呼びになる。
フィオニア様は、貴族だろうと思う。
あの優雅な身のこなしは、平民のものではないから。
ご身分を隠してらっしゃるのだろうか。
時折お会いしては、少し言葉を交わす程度の私には、それ以上のことは聞けない。
完璧なディンブーラ語をお話しになるから、皇国の方かと思っていたら、別の国からいらしているのだそう。
修道院で暮らしていた私の元にフィオニア様がいらしたのは、ふた月前のこと。
幼き頃より修道院に暮らす私が、初めて見た外の世界の方。
あまりの美しさにお姫様なのかと思っていたら、男性と知り驚いた。
そして、今度はこの方は何処かの国の王子様なのではないかと思った。
でも、それはありえない。
何故なら、王子様が私の身元を引き受けて下さる筈がないから。
修道院を出た後、とある貴族のお屋敷に連れて来られた。
お城かと思う程に立派なお屋敷で、目が眩むかと思った。
フィオニア様は、私にある初老の貴族の方をご紹介下さった。
初老の貴族の方は、私を見るなり一瞬驚かれていたけれど、あれは何だったのだろう。
その方は、クレッシェン様とおっしゃって、これから私のことを世話して下さるとのこと。
いいのだろうか、私なんかがこんな高貴な場所にいて。
クレッシェン様とその奥様、お屋敷の方たちは、みなさんとてもお優しくて、戸惑う。
貴族は恐ろしいもの、そう修道院で教わってきた私には、クレッシェン様たちは貴族とは思えぬ程にお優しいからだ。
私はここで、クレッシェン様とその奥様から、淑女としての教育を受けている。
教養、ダンス、刺繍、色んなことを教えていただいている。
お屋敷のメイドの方たちにより、髪、肌、爪は手入れされ、修道院での生活でボロボロだった私の髪も肌も爪も、みるみる内にキレイになっていく。
それは、貴族の令嬢のように。
今日はフィオニア様がいらっしゃる日。
いつもはメイドの方たち任せだけれど、フィオニア様がいらっしゃる日ばかりは、自分がフィオニア様にどう見られるのかが気になる。
先日奥方様が作って下さった新しいドレスを、フィオニア様は気に入って下さるだろうか。
「姫。」
この声は。
振り返ると、フィオニア様が静かに微笑んでらっしゃった。
心臓の鼓動が少し早まるのが、自分でも分かる。
フィオニア様が私に向けてお辞儀をなさる。
いつもフィオニア様はそうなさるのだけれど、私はそんな身分ではないのだから、お止め下さいといくらお願い申し上げても、フィオニア様は、姫は姫ですから、とおっしゃって、お辞儀を止めて下さらない。
「お元気でいらっしゃいましたか?」
「えぇ、クレッシェン様たちのお陰で、恙無く過ごしております。」
「何よりです。」
私とフィオニア様はソファに腰掛け、紅茶をいただく。
「以前にもまして、所作がお美しくなられた。
姫は覚えが早いとはクレッシェン様から伺っておりましたが、本当ですね。」
いつもいつも、こうやってフィオニア様は私を褒めて下さる。
それがとても嬉しい。
何故、貴族の令嬢と同じ教育を私なんかに施して下さっているのか、さっぱり分からない。
分からないけれど、それを、フィオニア様が褒めて下さるから。
フィオニア様がそれを望むから。
私はここで、貴族の令嬢として相応しい振る舞いを、身に付けていく。
フィオニア様の為に。
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