暴かれる危険な恋<ドリューモア・アレクサンドリア視点>

今日は待ちに待った仮面舞踏会の日。

あぁ、私がどれだけこの日を待ち焦がれたことか。


あの日、フィオニア様にお声かけいただいた後、私たちは長く語り合った後、ダンスを2曲踊り、舞踏会を後にした。

夢のような時間だった。


フィオニア様が動く度に、絹糸のように細く艶やかな水色の髪がサラサラと揺れる。

ダンスを踊っている時、誰もがフィオニア様と私を見つめていた。

鍛え上げられた、引き締まった身体に抱かれながら踊るダンスは、婚約者と踊る時とは比べものにならない程に私の気持ちを高揚させた。

胸が熱くなる。

そうよ、これよ。

私が真実に求めていたのは、この甘い疼きなの。


次の仮面舞踏会でお会いしましょう、そうおっしゃられたフィオニア様。


新しく新調したドレスに身を包み、会場へと足を踏み入れた。




他の男性に用はない私は、壁の花になって、フィオニア様の到着を待っていた。


どれぐらい経ったのか覚えていない。待つ時間など怖くはない。だって、私の元にあの方は必ず来て下さるに違いないもの。


「美しい方。」


この声は…!


振り返りたい。

振り返りたいけれど、ここで直に振り返ってはいけないの。恋は駆け引きなのだから。

いくらフィオニア様と言えど、私を直に物に出来ると思わせてはいけないわ。


フィオニア様はそっと近付いてきて、私の耳元で囁いた。


「姫、お待たせしてしまったことを怒ってらっしゃるのですか?」


「いいえ、私はどなたのこともお待ちしておりませんわ。」


「私を待ってここで壁に咲く花になっていて下さったのかと思っていたのは、勘違いだったのでしょうか?」


「存じ上げませんわ。」


私はまたフィオニア様に背を向ける。


「拗ねてらっしゃるそのお姿すらお美しいとは、私の心を搔き乱す美しいお方。

どうぞ、私をお許し下さい。そして今一度その美しい笑顔を私めにお見せ下さい。」


あぁ…何てステキなやりとりなの。

私に囁かれる蜜のように甘い言葉。

胸の奥がしびれるようだわ。


逃げるようにバルコニーに私は向かった。逃げたのではないの。

そう、私を求めるなら、フィオニア様は私を追い駆けて来て下さる筈…!


「姫君。私の愛しい姫。」


2人きりのバルコニー。

背を向ける私の腰に手を回し、ご自身に私を引き寄せるフィオニア様。


フィオニア様の胸に顔を埋める。

たくましい胸。鼓動が早まってしまう。

フィオニア様の首元からする香りは、最近王都で話題の、”L”の香りだった。

特別に作成された香水で、あまりの値段の高さに侯爵以上でなければ手に入らない程。

それを付けてらっしゃるなんて…。


「出会って2度目だというのに、貴女のことが忘れられそうにない。このまま連れ去ってしまいたい…。」


切なげな声をフィオニア様が耳元で囁いた。


「私もですわ…。このような気持ち、生まれて初めてです…。」


フィオニア様の身体が一瞬私から離れたと思った次の瞬間、再び近づき、唇をふさがれた。




今日は婚約者のトマスが会いに来た。

深紅の薔薇の花束を抱えて。


以前の私なら、このような情熱的な花束を受け取ったら、嬉しくてたまらなかった。


けれど私は、真実の愛を知ってしまった。

そう思うと目の前の婚約者が、歌劇の脇役のようにしか見えなかった。


私は脇役ではないのよ、トマス。


フィオニア様により見出された薔薇なの。


私の相手は貴方ではなかったのよ、トマス。

でも、貴方が私に向けた気持ちには感謝しているし、私を愛してやまない気持ちは当然のことだわ。


だって私はこんなにも美しいのだから。

侯爵家のフィオニア様が仮面舞踏会に身分を偽ってでも会いたいと思う程に。


フィオニア様には婚約者はおられないのだから、何ら問題ないわ。

問題があるとすれば、そう、目の前のトマス。


けれどここで焦ってはいけないの。

私の気持ちがもう貴方にないことを、貴方は気づいて身を引くべきだわ。


去り際、トマスは悲しそうな顔をしていたけれど、仕方のないことだわ。


貴方と私の恋の幕はもう、下りるべきなのよ――。




*****




それから何度か、仮面舞踏会でフィオニア様との秘密の逢引をした。


会う度にあの方は私の美しさを褒め称え、私を強く抱きしめ、熱い口付けをして下さった。


帰ろうと馬車に乗ると、フィオニア様からいつも深紅の薔薇の花束が贈られていた。

あの方はもう、私が何者なのかご存知なのだわ。


きっともうすぐ、あの方からアレクサンドリア家に婚約の申し入れがあることでしょう。


両親も兄もきっと驚くわ。


私が、サーシス侯爵家に見染められたことに。

そして賛美するに違いないわ。


ある日、トマスから花束が届いた。

黄色い薔薇の中に、一輪の赤い薔薇が入った花束。


その花束を見て私は血の気が引いた。隣にいた母親も声を震わせていた。


「ドリューモア、ネメシス様からのこの花束は…!」


赤い花を黄色い花で包むようなこの花束の意味は、”たとえあなたが不実でも”という意味だ。


トマスは、私の心変わりに気付いている。

いつ気がついたの?

そっけなくはしたけれど、他の誰かを思っているようなそぶりは見せなかった筈なのに…!


サロンのドアを勢いよく開けて父が入って来た。

入って来るなり私を見て声を荒げた。


「ドリューモア!おまえの婚約者が自死した!」


「!!」

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