027.ゴスロリと鬼畜

あぁ…まるで楽園にいるかのよう…。

身体がトロトロにとけていくようで、それに伴って心まで…。

最初は恥ずかしくてたまらなくて、必死に抵抗していたけど、何度も何度も、言葉を繰り返されてる内に、私の抵抗は虚しく衣服は全て剥ぎ取られ、生まれたままの姿に…。


ブライダルエステって凄い…。


本日はアルト侯爵夫人に呼ばれて、ブライダルエステを受けているのであります。

エマがしてくれてはいるものの、肝心の私にその気がない為に最低限のお手入れしかしていなかったので、夫人は多分気に入らなかったのだと思う。


そんな訳で朝っぱらから全身マッサージをたっぷり受けた後、手と足のネイルのお手入れ、ヘアトリートメントと、フルコースを受けまくっており、これを結婚まで毎週やるらしいよ?!

アルト家凄いな?!


それが終わったら夫人による、夫人の為の、ミチル着せ替え人形タイムに激しく突入します。

…ところでこの衣装…ちょっと…おかしくないか?!


「侯爵夫人、こ、このドレスは…。」


私は自分が着せられているドレスの端をつまんだ。

夫人はうふふ、と楽しそうに微笑んだ。


「ほら、ミチル様は乗馬をなさるでしょう?いつも着てらっしゃるのはちょっと華やかさに欠けるから、女性らしさを取り入れたものを作っていただいたのよ。」


いやいやいや、これ、どう見てもゴスロリ…!!


「ミチル様のアッシュブロンドのストレートの髪と、フリルはとても相性がいいのね。ミチル様の瞳と同じ色のフリルタイが華美になりすぎず、品がありますわ。」


そう言って乗馬用の衣装だけで5着程着させられた挙句、次はお茶会用ドレスといって6着着させられた。


疲れきった私の横で、着せ替え人形を満喫した夫人とエマだけがニコニコしていた。


ご満足いただけたのでようやく解放していただき、庭園のガゼボに案内してもらった。


ちなみに解放後も、夫人に着させられたドレスはそのまま着用しております。

えぇ、フリルたっぷりのワンピースを着ております…。

ピーコックブルーのエンボス加工されたベルベットの生地のワンピースで、襟元はスクエアネックでざっくり開いているものの、白いレースで露出を抑え、首には同じ生地のチョーカーをしている。チョーカーの後ろについた長めのリボンは背中に流れるようにデザインされている。

袖は袖口に向けて幅が広がっており、袖口には何重ものレースのフリル。

正面からは地味に見えるんだけど、スカートの後ろはざっくりと生地が切られていて、そこからまたこれでもか!というほどのオパールグリーンのフリルが重ねられている為、まぁなんていうか、控えめな雄鶏みたいにお尻側が…。

いや、キレイなんだけどね、ドレスは。

それを着てるのが自分なのが問題っていうだけで…。

しかもツインテールされた片方のテールに乗せるように小さいシルクハットがのっていて、シルクハットには象牙のカメオ。シルクハットとオパールグリーンのシルクのリボンが編み上げられた髪と一緒に結い上げてあり、長めに結われたリボンの端が耳元にかかるという…。


なにこれ、なんのコスプレなの!!

なんで私ここでゴスロリコスしてるの!?

これなんていうプレイ!?


「今日も母上にいじられてしまったのですね?」


くすくすと笑う声。


放心状態で紅茶を飲んでる私の横にルシアンが座った。

あぁ、今日も眩しいくらいにイケメンですね…。

今日は迫られても抵抗出来る気がしません…。


「本当ですか?では遠慮なく…。」


「ですから私の考えを読まないで下さいませっ!」


私の思考を読むスキルを着実にマスターしようとしている…!


ルシアンが私の右手を握る。

ちょっ、紅茶が…!


紅茶がこぼれる!とそちらに気がいった所為で抵抗する間もなく、ひょいと膝の上に座らされてしまった!!


「!」


きゃー!

またしてもこの状況!


「最近皇都で流行りらしいですよ、全体的には抑えめにしつつ、襟、袖口、スカートにレースやフリルをふんだんにあしらうのが。」


流行ってんのか、ゴスロリが?!

っていうかこのシルクハットなんなの?!


「あーん。」


テーブルに置いてあったクッキーをルシアンが私の口もとに運ぶ。


…う…またそんな恥ずかしいことを…!

幸か不幸なのか、ガゼボにも、ガゼボ周辺にも執事も侍女もいない。

っていうか絶対わざとだと思うんだよね!

分かっててみんな姿消してるんだと思うの!

酷くない?いくらなんでもまだ嫁入り前なのに!


私の口もとにはまだクッキーがある。

なんとしてもルシアンは私にクッキーを食べさせる気らしい。

ううぅ…。どうやって逃げれば…。


「口移しの方がお好みでしたか?」


「?!」


慌ててルシアンの手からクッキーを奪って口に入れる。


これで満足だろう!と思った私は甘かった。


次はカトルカールをのせたフォーク、ムースを掬ったスプーン、と、次から次へと口に甘いものが運ばれる。


全種類をひと口ずつ食べさせられた後、口をナフキンで拭こうとしてまた、ルシアンに唇を指で拭かれた。


「ルシアン!」


ふふ、と笑うルシアン。

あぁもーやめてー!心臓が爆発してしまう!!

嬉しさもあるけど、その何倍も恥ずかしいの!!


「ミチルが可愛いすぎて心臓が破裂しそうです。」


とろけそうな甘い笑顔で言うと、ルシアンは私の頰に口付けた。


「それは、私のセリフですわ…。身が持ちません…。」


左手に持っていた紅茶の入ったカップはルシアンに取られ、カップはそのままテーブルの上に置かれた。

私の左手を掴むと、ルシアンは親指で私の手の甲を撫でる。


「結婚に向けて、何か心配ごとはありますか?」


「特にありませんけれど、ずっとルシアンと一緒にいて私の心臓は持つのかだけが心配ですわ。」


慣れですよ、と私の耳元で囁く。

うわっ、ゾクっとする!

思わず身をよじった私をルシアンは自分に引き寄せると、肩を抱いて、私が逃げられないように固定する。

ルシアンに密着した所為で、”L”の香りを感じた。

あぁ、色気アップ香水がここにきて私の首を絞める…!


おでこに繰り返される口付け。私の左手に自分の指を絡めて来て、いよいよもって私の心臓はヤバイ状況になっている。

恥ずかしい恥ずかしい逃げたい!

逃げたい気持ちもあるけど、もっとして欲しいという欲求も少なからずあって、でもそんなこと言えないし出来ないし、爆発しそう!


前世は割とすぐにキス、という風潮があったけど、こちらの世界はキスは駄目なのだ。

だからそれ以外でいちゃいちゃすると、なんかむしろキスよりいやらしい気がする!


「ミチルの心臓の鼓動が、こうしてると私にも伝わってきます。とても…早くなっていますね。」


耐え切れなくなってルシアンから身体を離そうと大きくもがいた瞬間、耳朶を噛まれ、私は力を失った。




寮のベッドで目覚めた私は、そのまま枕に顔をつっぷして見悶えた。


むきゃー!!

ルシアンめルシアンめー!!


ううっ、またしても強制終了してしまった。

っていうかミチルの身体って強制終了しやすくない?!


結婚したらもっと強い刺激が…っていうかマジで死ぬと思うの…。

どうしよう、本当どうしよう…。

予想外の方向で短命の予感。




*****




ルシアンにプレゼントした腕時計は、瞬く間に学園の話題をかっさらった。

これまで懐中時計が主流であったところに、見たこともない腕に装着するタイプの時計。

革のバンドで固定している為、ズレることもなく、見たい時にすぐ時間を確認できる。


婚約者のミチルからプレゼントされたもの。

”あなたの時間を束縛したい”という意味も伝わったようで、それに合わせて香水の意味も伝わり、ルシアンからの溺愛に対して、何とも熱烈な返しだと話題になった。


己で仕掛けたこととは言え、あちこちでそれについて冷やかされるとさすがに恥ずかしい為、ランチ後に研究室に逃げ込んだ。モニカたちも来ている。


「ミチル様がお作りになった香水と腕時計のことで、話題がもちきりですわ。」


モニカが言うには、私が作った香水”L”は、おいそれとは手が出せないような値段設定らしく、侯爵以上の上位貴族しか買えていないようだ。

アーガイル…今頃笑いが止まらないだろうなー。


「ミチル嬢は流行を作り出すセンスがあるんじゃないのか?あの腕時計とかいうのは、本当に便利そうだ。」


「便利ですよ」とルシアンが答える。


ちょっと付けさせてくれ、というジェラルドに笑顔で嫌です、とルシアンが答える。


「ケチ!」


「婚約時のペンダントのお返しなんだから、貸せる訳がないだろう。ジェラルドは我儘を言わない。」


呆れ顔の王子に窘められ、ジェラルドはちぇ、と口を尖らせた。


「数か月後には国内で流行るだろうな。腕時計に関しては、カーネリアン家が権利を持つことになった。」


私が前世の記憶から持ち込んだものは、基本的に王室を通してどのように普及させていくかが決められる。


香水はアルト家が就いたようだ。

それについてもアーガイルから手紙が来ていた。

アルト家の庇護を受けられるということで、狙えば皇国での販路も見込めるということだ。上手くいけば一代限りの名誉男爵ぐらいにまでいけるのではないだろうか。


それからスポイトのことはアルト侯爵にメッて言われた。かなり高度なものだったらしい。

仕方ないのでアスコットタイとネクタイピンのことも話したら、侯爵がちょっと怖い笑顔になっていた。

まだ隠してたのか、おまえ、っていう心の声を受信した。

どうやら私もそういうスキルを得られそうな予感。


サムシングフォーについてはルシアンから聞いていたようで、指輪文化を面白いと言ってくれた。

私たちの結婚指輪作成後、侯爵たちも作るらしい。それから王室にも献上するとかなんとか。


最近、一部の貴族の間で仮面舞踏会なるものが流行っているらしい。

家の都合で結婚せざるを得ない貴族にとっての、アバンチュール、という奴だそうだ。

前世ではそういうのを映画とかドラマで見てたけど、本当にあるのね、そういうのって。

もし、私も親の決めた結婚相手に不満があったら、そういう舞踏会に参加していたのだろうか。

思わず隣にいるルシアンを見てしまう。


「どうしましたか?」


私は首を横に振った。


「いいえ、何でもありませんわ。」


でも何だか、ちゃんと言葉にしなくてはいけない気がして、もう一度ルシアンを見上げて言った。


「私を選んで下さってありがとう、ルシアン。」


ルシアンがとろけそうな笑顔を私に向け、王子とジェラルドがテーブルに突っ伏し、モニカが最大級の笑顔をしてるのを見て、しまった!!と思ったがもう遅かった。


「ステキですわー!」と一人小躍りするモニカに。

ジェラルドに二人の時にやれ!と怒られた。

王子ははぁ、とため息をついてくるくる回ってるモニカをちょっと引き気味に見てた。

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