025.あなたを独占したい

今日は、モニカに付き合ってもらって香水を買いに王都に来ました。

学園の寮から王都の貴族御用達の商店街は馬車で20分程で、フレアージュ家の馬車で入口まで送ってもらった。

モニカは馬車の中で、友人と放課後にお買い物、夢でしたのよ~!ときゃっきゃしていた。

いっぱいいるだろ、友人、と思ってツッコミを入れると、取り巻きと友人は違うものですわ、と言われてしまった。

さすが上級貴族!


「香水をルシアン様に贈るのですか?ステキですわね。」


そう言うモニカは普通なので、こちらの世界では香水を贈ることに特別な意味はないのだろうか?

聞いてみたが、特にないという。


「私の知る世界で、女性から男性に香水を贈る意味は、”あなたと親密になりたい”なのです、モニカ様。

結婚が決まっているので、親密うんぬんの話ではないですけれど、明らかに男性の趣味ではない香水の香りがついていれば、自ずと分かるものでしょう?

この人はもう、他の誰かのもの、ということですね。」


まぁ…と言うモニカの顔は赤い。


「モニカ様もいずれ、いかがですか?」


私の言葉にモニカが耳まで真っ赤になった。

モニカ可愛い!!


んー…なんか唐突に思いついたけどさ、モニカに流行を牽引してもらうってどうだろう?

侯爵令嬢なら流行を作ってもおかしくないだろうし。

作りたいギルドの内、服飾ギルドとか、いいんじゃないか?

私の一存では決められないから、次に集まったときに話してみよう。




連れて行ってもらったのは、王都でも一流と言われる香水専門店だ。

入店するなり、店員が目敏くモニカに気付き、いかにもな笑顔でモニカに近寄ってお辞儀をした。

さすが侯爵令嬢。扱いが違いますね。


「これはフレアージュ様。ようこそお越し下さいました。」


モニカは首をちょっとだけ傾げるようにして挨拶を返す。


「ごきげんよう。本日は友人の付き添いで参りましたのよ。」


友人の付き添い、と言われてようやく私を見たその店員を見て、あ、この店員は駄目だな、と思った。


「お薦めを出していただきますか?ミチル様。」


私は首を振った。


「いいえ、自分で探します。」


モニカは苦笑して、申し訳ありません、ミチル様、と謝った。モニカも同じことを思ったのだろう。


「フレアージュ様、あの、こちらのご令嬢は…。」


私の名を伝えようとしたモニカに、分かりやすく首を振り、店員に向かって、「ご記憶に留めていただく程の者ではありませんので」と言った。

店員は自分が何か失礼をしたのかと慌てていたが、もう遅い。仮にも一流として店を構えていながら、初手から失敗するとは。

っていうのもあるけど、また来るか分からなかったから、まぁいいかなって。


「アレクサンドリア様ではございませんか?」


奥から初老の男性が出て来た。見知らぬ人である。

にもかかわらず、何で私がアレクサンドリア家の人間だって分かった?

ちょっと、興味がわいた。


にっこり微笑むと、初老紳士もにっこり微笑み、丁寧にお辞儀をして名乗った。


「お初にお目にかかります。店主を務めております、アーガイルと申します。以後お見知りおき下さいませ。」


店主ともなると、初見の貴族令嬢を一目で見分けられるように情報収集してるってことか?

あぁ、私がアルト侯爵家次男の婚約者になったから、リサーチ済みということか。

なるほどなるほど。

出来る人ってステキだよね。


「よろしくお願いしますわ、アーガイル。本日は婚約者に贈るプレゼントを探しに参りましたの。」


「それはそれは、そのような重要なプレゼントの候補に当店の香水を選んでいただけるとは、光栄でございます。」


こちらへ、と案内された奥の個室のテーブルに着くと、すぐに紅茶が運ばれて来た。


紅茶を飲みながらアーガイルがお薦めだという香水を何点かテーブルに持って来てくれたが、なんかどうも好かなかった。


前世では色んな香水を付けていた同僚と働いていたから、なんかこう、ここの香水は面白みというか、匂いに幅がない。絵で言うなら、一色で全て描かれた絵、という感じだ。


「アーガイル、こちらでは香水と香水を合わせていただくことは可能かしら?」


アーガイルは驚いた顔をしたが、ほんの一瞬考えた後、「その香りを当店で売る権利をいただけますか?」と答えた。

商売人だわー。


「勿論ですわ、ただその香りの名前は、私に付けさせて下さいませね?」


アーガイルは頷き、勿論です、と答えた。


「では、どのような香りをお持ちすればいいですか?」


「そうですね、レザーとバニラがいいのですが、あるかしら?もしないようでしたら、スパイシーなのと花ではない甘さのある香りをお願いしますわ。」


少々お待ち下さいませ、と言ってアーガイルは奥に消えた。


私はまた紅茶を飲む。香水の香りの邪魔にならないように、香りが抑えられた紅茶だ。美味しい。


「ミチル様は香水にお詳しいのですか?」


「私自身は付けなかったのですが、周囲がよく付けておりましたの。その中で、ルシアンに似合いそうな香りがあったので、それが再現出来ればと思ったのです。」


10分程して6本程のボトルと布を持ってアーガイルが戻ってきた。

ボトルの横にはガラスの棒がそれぞれ置かれている。


…む。

布?あと、スポイトとか、ないの?


ほほう。なるほど。

ガラスの棒につけて、布にね…。


「アーガイル、大変我儘を言って申し訳ないのですけれど、紙とペン、それからビーカーをいくつかお持ちいただけますか?紙の代金は別途お支払いいたしますので。」


すぐに、と奥に行って戻って来たアーガイルから紙とペン、ビーカーを受け取ると、3種のレザーの香りをそれぞれ嗅いで、一番イメージに近いものを選んで、ビーカーにガラス棒をつかって液体を移す。

…が、これが面倒。


「アレクサンドリア様、他にも必要なものがあればおっしゃって下さいませ。」


「…では、ゴムを。」


アーガイルとモニカが同時に、ゴム?と聞き返す。えぇ、多分ゴムで大丈夫だと思います。


首を傾げながら奥からゴムの塊を持って戻って来たアーガイルから、受け取ると、ガラス棒を左手に持ち、分解させ、私の知るガラスのスポイトに変成した。


「!!」


スポイトを使ってボトルからレザーのエッセンスを吸い上げ、ビーカーに3滴落とした。


「こ、これは…!」


アーガイルは目を大きく見張ってスポイトを見る。


「アーガイル。」


私はじっとアーガイルを見る。


「これはきっと貴方には見たことがない物でしょう。これを黙っていてくれるのであれば、同じものをあと10点ほど作成しますが、黙っていてくれますよね?」


「勿論です、アレクサンドリア様。

それで、これは何という物なのですか?」


「これはスポイトといいます。液体を必要な量だけ別の容器に移す際に大変便利です。」


続けてもう1つスポイトを作成する。出来上がったスポイトを見て、モニカも作りだした。

その様子を見て、アーガイルが慌てて奥からガラス棒を10本程持って来た。


バニラも3種あり、そこから一番近いと思うものを選んでスポイトで取り、レザーと同量の3滴をビーカーに入れてビーカーを傾けつつ揺らして混ぜた。


持って来てもらった紙をリトマス試験紙のように細く長く切り、上にL:3 V:3と記入し、下を液体に浸し、ビーカーの上に置いた。

これと同じ作業をレザーとバニラに比率を変えて6パターンぐらい作ってみた。

私がそんなことをやってる間に、モニカはせっせとスポイトを作成していた。最後の方はよく分からない装飾までついてた。

モニカは結構凝り性かもしれない。


6パターンの匂いをそれぞれ嗅いで、幸運にもこれだ、というのが見つかった。

いやー、レザーとバニラで3種類ずつあったから、9パターンで更に比率6パターンで50通りぐらい作らなくちゃいけないかなーと思っていたから、すぐに見つかって良かった。

匂いのイメージがない状態で作ろうとしたら、それこそ100通りとかやるのかもなぁ…。


「アーガイル、お待たせしました。では、この比率で香水を作っていただけますか?」


レザーの種類とバニラの種類、それぞれの比率を書いたメモを渡す。


「かしこまりました。」


アーガイルが下がってすぐに、パウンドケーキの乗ったお皿が運ばれて来た。ちょっと時間がかかるってことだな。

それにしても侯爵令嬢と来るとこんなVIP待遇を受けるのね…。


「香水の名前は決まりまして?」


モニカに言われて思い出した。そうだった。香水に名前つけさせろって自分で言ったんだった。


「”L”にしますわ。」


まぁ、と言ってモニカが頬を赤らめる。


ルシアン、とそのまま付けなかっただけいいと思うんだよね!


30分程してアーガイルが60mlボトルに完成した香水を持って来た。


「どうぞ、最後のご確認を。」


ボトルを受け取り匂いを確認する。

うん、これでいい筈。あとは皮膚に付けた時に体温でどんな風に香るかだけだね。

1滴だけ左手首につけ、右手首とこすらせ、首の左右にこすりつけてから、手首の香りを嗅ぐ。

…うん、まったく同じものではないけど、ルシアンに合う匂いだ。


「ミチル様、私にも試させていただいても?」


ボトルを渡すと、私と同じように手首に1滴落とした。


「ミチル様の香水の付け方、初めて見ましたわ。教えて下さいませ。」


付け方は色々あるんだろうけど、私の知ってるやり方を教える。


「いつもドレスに付けておりましたわ。この付け方はどんな効果がありますの?」


「モニカ様もなさるのであれば、舞踏会の際がいいと思いますわ。近付いた人にしか分からない、そんな香りになるでしょう。みんな、モニカ様に離れがたくなるでしょうね。」


そう説明するとモニカの顔が赤くなった。


「アレクサンドリア様は上級者なのですね。」


物凄い関心したようにアーガイルに言われてしまった。

上級者ってなんの?!いや、なんとなく言いたいことは分かるけど、上級者じゃないよ?!


「この香り、きっとお似合いになりますわ。」


自分の手首に付けた香りを楽しみながら、モニカが嬉しそうに微笑んで言った。

また、そういう笑顔になって…。


「アーガイル、こちらの香水の名前は”L”でお願いします。」


「承知致しました。スパイシーさの中に甘さのある、なんとも色気のある香りでございます。

アレクサンドリア様は調香師としての才能がおありなのでは?」


「とんでもございませんわ。この香りはイメージがあったので作れただけですから、仕事にするなど、無理ですわ。」


その後、アーガイルにまた来て欲しいと熱烈なお誘いを受けながらお会計を済ませ、私とモニカは寮に帰った。




*****




ランチ後、研究室に来た私は、早速ルシアンに香水を渡した。


「これは…以前おっしゃっていた香水ですか?」


日に当たっても性質が変化しないように、茶色い瓶に入っている。

ボトルネックに青いリボンを結び、”L”と書いた紙に穴を開け、リボンを通してある。


「そうです。苦手な香りじゃないといいんですが。」


ボトルの蓋をそっと開け、匂いを嗅ぐ。


「大丈夫です。」


「良かった…。作ってはみたものの、ルシアンが気に入ってくれなかったら意味がありませんからね。」


ルシアンが驚いた顔で「作った?」と聞き返してきた。


「えぇ、調香させていただきました。」


「私の為に作って下さったのですか?わざわざ?」


この時代、あんまり香水ってまだ文化として進んでないのかなー。

こちらの世界だからなのかなー。

まぁあれはフランスで花開く文化だよねぇ。


「ルシアンのイメージに合う香水がなかったものですから。

あ、そういえば、”あなたを独占したい”という意味もありましたわ、香水を贈る意味に。

ですから、私が考えた香りをルシアンに付けていただければ、完璧じゃありません?」


ばっちりですよ!と思ってフフフ、とほくそ笑んでいた私の横に、ルシアンが腰掛けた。

ん?


「普段香水を付けないので…ミチル、付け方を見せて下さいませんか。」


「私の付け方はあちらのなので、こちらではどう付けるのか分かりませんけれど。」


そう断ってから、手首に付け、首に付けた。


「こうすると、ふとしたときに香るんですよ。」


「なるほど。」


ルシアンは私の手を取ると、手首の匂いを嗅いだ。


「!」


ちょ、っと、恥ずかしい…!


恥ずかしがっている私の首に顔を近付ける。

ちょ、近い近い!


「いい香りですね。」


耳元で言われて、気が付いた。


こ、この人、付け方を知らないんじゃない!

これをやる為に知らない振りをしたな?!


「る、ルシアン!」


ルシアンの身体を離そうと手で押そうとしても、その手を掴まれて逆に引き寄せられてしまう。


「いい香りなので、もう少し。」


「…っ!」


香りを嗅いでる筈なのに、何故耳朶に口付けするんだ!


「もう…!」


「独占、なさりたいのでしょう?」


「そ、そうですけど、それは…!」


「私はミチルのものです。」


「…っ!」


そこからは、耳朶と、おでこと、瞼と、鼻と頬に口付けシャワーを受けてしまった。両手を掴まれて抵抗出来ないんだよー!

っていうかこれ、私がルシアンを独占してるって言うより、ルシアンが私を独占してるの間違いだと思うっ!

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