規格外の発想を持つ彼女<ルシアン・アルト視点>

相も変わらず、ミチルは予想の斜め上を行く。

初めて会った時から、今に至っても、その認識が覆ることは無い。

彼女が自分では絶対に思い至れないような発想を口にしても、劣等感を刺激される事は無い。


父や兄は、確かに私より上を行く存在だと思う。だが、手が届かないと思った事は、実は無い。

彼らの時と場合によって、容赦無く他者を断罪する潔さが、怖かった。

恨まれる事も厭わず、ひたすらにその時最善であると思われる事を、成し続けられる強さが、幼い私にはなかった。

以前の自分と今の自分が違うのは、ミチルの存在の有無によるものだ。

自縄自縛していた己の、”そうでなければならない”という執着を断ち切ってくれたのは、他でも無いミチルだ。

彼女が持つ強さは、父や兄の持つモノとは異なる。


父や兄は、アルト家を守る為にその強さを発揮する。

けれど、ミチルはアレクサンドリア家を守ろうとしている訳ではない。むしろ清々しい程に唾棄している。自己愛の為の強さでも無い。

ミチルは特定の誰かを大切にするような事はしない。彼女は、爵位の上下に関係なく、分け隔てなく誰にでも公平に接する。

例えそれが王族であろうと、男爵だろうと。

性別も関係無い。

誰にも媚びない彼女は、目立っていた。本人は、令嬢らしからぬ言動をしているからだと明後日な解釈をしていたが、本当の事を教えると赤面するだろうから教えないが。


転生者であるが故の気質なのかと、会話の隙間に挟んで尋ねてみた所、ミチルは苦笑しながら、相手によって態度を変えるのが貴族の正しい在り方なのは分かっているけれど、過去の自分がそれを良しとしない、と言った。

それから、善行しないと徳が下がって来世が…とか暗い顔で呟いていた。

過去のミチルは、そういう人間を嫌と言う程見てきたと言った。カースト(と言っていた)最下位の自分はそうしなくてはならなかったけれど、そこまで自分を捨ててまで媚び諂わなくては保てない関係なら、そもそも不要なものだと思ってそうしなかったと。

幸運にもその結果不都合は生じなかったけれども、庇護もされない訳だから、自分だけで考えて行動しなくてはいけないから、一長一短だとも。

来るものは拒んで去る者には手を振る、と、何ともミチルらしい事を言っていた。

私如きに近付いて来る人は何か思惑がある筈だから、歓迎しない。私に何かを求めて違っていたからと去る人はとっとと去って頂きたい、と、相変わらず自分が他者にどう思われているのかも理解していないミチルは、斜め上な事を言っているが、彼女に余計な者が近付いて来るのは自分としては不快だし、彼女から人が離れて自分が独占出来るようになるから、去るのも歓迎だ。


ミチルは転生者である可能性が高い、と父から言われた時にも、私の中に驚きは生じなかった。

私が好ましく思うミチルの特異な思考、振る舞いは、伯爵令嬢として異質過ぎた為、父がミチルの事を入念に調査している事は認識していた。

その結果、ミチルは転生者だろう、と。

転生者――異世界での経験や知識を持つ者の事をそう呼ぶらしい。初めてその存在を知った。

彼女が転生者である事で、私と彼女の関係性に問題が生じるなら速やかに対処しなければならない。

父より先に気付けていない己に苛立った。これでも知らぬ事は無いように日々知識量は増やしているにも関わらず、この体たらく。

そんな私に気付いた父が、これは特定の職務の者しか知り得ない情報だから安心しなさい、と内心を見透かされた事にも若干苛立ちはしたが、自分の努力不足では無い事が判明したので良しとする。

それから、宰相でなければ知り得ない情報がミチルに関係するのならば、私は宰相を目指さなくてはならない。

宰相は国事の差配をする。国事に関連する転生者の事を、何処の誰かも分からぬ者に握られてはならない。

ミチルに害がある事は排除したい。

私は父に、宰相を目指したいと言った。

元々父が私を宰相にしたがっていた事は分かっていたから、反対はされなかった。と言うよりも、強引にでも宰相にする気だったようで、喜ばれただけだったが。




ミチルは、自分が何故転生者と見抜かれたのかを気にしていた。


「父上は何故ミチルが転生者だと分かったのですか?」


私の問いに、父は言った。これは、内密にね、との言葉と一緒に。


カーネリアン夫人に頼んで、魔道研究院の准研究員になる為に契約の誓約書にサインをしてもらった際、親指に針を刺し、血印を用意しておいた別の羊皮紙に押してもらったのだという。

その血印を特殊な方法で解析すると、魔力の器の所持数が分かるというのだ。本来、1つしか持ちえない為、この解析は大した意味を持たない。

解析の結果、ミチルはもう一つ器を持っていた。

転生者は魔力の器を2つ持つ。

これが転生者であることの決め手だったようだ。


「転生者らしき情報を探す際、彼女はとても慎重だったから、失点を探すのが大変で、数年かかってしまった」と父は笑った。


確かにかなり変わっている令嬢ではあったけれど、誰もが知らないような知識や情報を披露することはなかったのだ。

魔力の器の位置や、茶器の扱い、馬についてのことぐらいしかない。内2件が我が家での事だ。


「転生者かも知れないと思った最初の切欠は何だったのですか?」


「アレクサンドリア伯爵家は、総じて愚鈍だ。ミチル姫が前世の記憶を取り戻す迄は、彼女もその一員に恥ずかしくない程に、愚かだった訳だ。

それが、中学入学と同時に彼女は別人格に乗っ取られたのではないかと思う程の変容を遂げる。

入寮すれば己を知らぬ人間ばかりになるから、素の自分を出しても問題が無いと判断したのかも知れないね。

長期休暇などで伯爵家に戻っている際の彼女は、以前同様に愚かなようだから、演技をしているのだろう。

ルシアン、こんな事を、たかだか12歳の少女が出来るものかい?」


確率でいけば0ではないだろうが、ほぼあり得ないと言える。


「何故、中学入学と同時に、隠すのを止めたのでしょうね。」


「そこだ、ルシアン。

だから私は、入学式前後に突如前世の記憶が戻ったのではないかと思ったのだ。記憶を取り戻したばかりで記憶が混濁している状況だから、何処まで過去の自分出していいのか分かっていなかったのではないかと推察した。」


なるほど。

それなら辻褄が合う。




*****




厄介な事は重なるものだと思う。


ミチルが魔力の器に関する新発見をし、それが平民にも適用されるかも知れない可能性についても示唆したことで、王国の魔道研究院は騒然としている。

同時に、魔力の器が無いと判定されていた生徒たちが再測定され、魔道学を受講する人数が増え、休日返上で勤務している状況だと言う。

これまで日の目を見なかった魔道研究員は嬉々として作業しているとの事なので、それだけは良かったと思う。


そこに皇国皇室が目を付けた。

魔力がないとの測定結果を受けた第二皇女 シンシアが、自分も測定して欲しいと言い出した。それだけならまだしも、オフィーリア学園への編入を強行しようとしている。

王室としてもここで拒むと、今後ミチルからもたらされた新技術で国益を上げて行こうとなった際に、皇国から邪魔が入る可能性が高まる為、明確に拒絶は出来ない。

一応、断っては下さったようではあるが。


ギルドの立ち上げとト国茶に関してと言う内容でミチルをアルト家に呼び出した際に、父はこの事業は思うようには進まないだろうと言ったが、ミチルは表情も変えずそうでしょうね、と頷くだけだった。

ミチルの前世の経験からして、新規事業の立ち上げは内部からの反対が付き物だとして、憂うべきことだとは思っていないようだった。


アルト家を、女帝が皇国の執政基盤補強の為に狙っているのは貴族内では知られている事だが、こと皇子に関してミチルが気付いていた事には、父共々驚いた。

皇国に関してはある程度情報統制を敷いていたからだ。特に皇子に関して。

帝位を継ぐべき皇子を失い、現在の女帝が即位してからの皇国内は混乱しており、その争いに自国内の貴族が巻き込まれる事が無いように、王室は気を配ってきた。


皇子の情報を知るだけなら、態々父に質問する必要はない。王子やジェラルド、私やモニカからでも得られる情報だったのだ。

それを敢えて宰相のアルト侯爵に尋ねる。つまり、自分を使って勝手な事をしてくれるな、という釘刺しだ。

宰相に対して伯爵令嬢がそんなことをすれば不敬と取られる。ミチルはそれを分かった上で、した。

父は楽しそうだった。多分、自分の見通しが外れた部分について見抜かれている事も、不快と言うよりは楽しんでいた。


私も父も、シンシアに対してどう対応すればいいかは考えてはいるが、それにはミチルに首肯してもらわねばならなかった。

穏便に、シンシアが来る前に無かった事にする為に、私とミチルが結婚する事。

転生者であるミチルを国内に留め置き、かつアルト家が皇室の皇位継承争いに巻き込まれない為に。


これが納得してもらえなかった場合は、伯爵家に命令して強引に結婚するか、ミチルを王子の側室とする。

そして私は叔父のキース・レンブラントの養子に入る。


キースが皇国に一時期仕えていた理由は、女帝の招聘が執拗だったのもあるが、キース自身が子を成せない身体である事が発覚したのが大きかった。

皇国に行き女帝の第一皇女と婚約を勧められ、それを受け入れ、結果を分かった上で子を設けられるかの診断をしてもらい、その結果を女帝に報告した。

子を成せないキースに女帝は関心を失った。一代限りでは無く、長く皇室を支えさせたい女帝からすれば、キースは不要だった。

子を望めるかどうかはさておいても、キースは優秀な執政官であったから、女帝は本当に無能だとは思うが、そうでなければ当てが外れてしまう為、この無能さはこの点においては不満はない。

更に女帝はキースが第一皇女に執着されぬようにと、侯爵位を持つ自国内の貴族と結婚させてしまう。

傷心の体でキースは帰国し、兼ねてより恋人だった女性と結婚してレンブラント公爵家を継いだ。


ミチルとの結婚が上手く行かなかった場合は、そのレンブラント公爵家に私は養子入りする。公爵位を得れば皇国でもそうそう手は出せなくなる。

公爵とは、王家に何かがあれば、代わりに王位を継ぐ事が可能となる立場だ。いくら皇国とは言え、正当な理由無く干渉は出来ない。


ここに来て父は、公爵位を賜ろうか、流石に皇国が面倒になってきた、と笑った。

早くそうして欲しいが、これには諸外国の反発があり、これまで何度となく頓挫してきた。

アルト家を取り込みたいのは皇室だけではないからだ。

名門だのと言われる家柄だが、私には面倒ばかりを引き寄せる名でしかないが、ミチルとの婚約を取り付ける際には、アルト家である事、侯爵位である事が役に立った。

名門アルト家との婚約を伯爵位のアレクサンドリア伯が拒絶出来る筈も無く、王子やジェラルドがミチルに関心を持った際にも、上位貴族が己よりも下位の貴族の婚約者を奪うことは品位に劣ると言われる為、阻止する事が出来た。

この件に関しては手放しでアルト家の生まれである事に感謝した。

だが、またアルト家である事を理由に面倒が発生している。本当に、厄介だ。


現時点で婚約しているので、ミチルが強硬に結婚に反対するとは私も父も思ってはいないが、まだ早いと拒否反応を抱かれた時の為に、白の婚姻としてミチルの気持ちを尊重する事にしようとは思っていた。


その上で、父はミチルに尋ねた。


「何か妙案はないかな?ミチル姫」


息子から見ても大層胡散臭いとは思った。ミチルも半眼で胡散臭そうに父を見ていた。

本当にこういう所、令嬢らしくなくて、私は好きだ。

ミチルは、こういう時にも貴族の笑顔を見せる事が可能なのに、敢えてのこの目、である。


「皇室の邪魔をするには、私とルシアンが卒業を待たずに結婚するぐらいしか思いつきません。」


ため息まじりに言うので、やはり不満なのだろうな、と思っていると、ミチルは話を続けた。


「それだけではまだ完全に皇室を封殺出来なさそうですから…そうですね、一番面倒ごとの種になりそうなアレクサンドリア家を潰して、ルシアンが伯爵位を継いでアレクサンドリア伯になり、簡単に皇国に干渉されないように準備をしつつ、バフェット公爵と裏で繋がってクーデターのお手伝いとかいかがでしょう?」


流石にその発想は無かった。

自分と父の考えていた、ミチルと強引に結婚や、ミチルを王子の側室に、という案も随分強硬だとは思っていたが、ミチルの考えはその遥か斜め上を行っていた。

伯爵家を潰せだなどと。自分の実家を。しかもクーデター?!


一瞬茫然としてしまったが、直に気を取り直した。

このままミチルとの結婚を推し進めたい私としては、結婚を確定事項とする為に、白の婚姻という方法もあります等と素知らぬ顔で話を進めていく。

ミチルはそれに関しても反対は無いようなので安心した。…白の婚姻じゃなくても大丈夫だろうか…?


それにしても…ミチルの伯爵家に対する苛烈さは、普通では無い。

何か過去にあったのではないかと不安になり、尋ねる。

ミチルは表情も無く、淡々と家族を邪魔だと言い切った。特に恨みつらみがあるようでは無く、ただただ煩わしいというのがよく分かった。どうでもいい存在なのだろう。

その上で、邪魔をするなら排除すると言ってのける。

以前から思っていた、ミチルの強さではあるけれど、これは、何から来る強さなのだろうか。


父にとって予想の範疇を激しく逸脱したミチルの発想は愉快なものだったようだ。この父の斜め上を行けるのはミチルぐらいなのではないか?

楽しそうに若干前傾姿勢になりながら、ミチルに領地経営に興味があるのかと尋ねている。

こんな事を聞くという事は、アレクサンドリア伯をどうこうする算段を一通り思いついたのだろうと思う。


それなりに興味があります、と答えるミチルに、それなりの程度を確認する父。

大して興味が無いのであれば領地経営の為に人員を配する事を考えているのだろうと思う。


「国内一の領民満足度を目指し、あの領地に住みたい、と思わせることが出来たらとても楽しそうだと思いますもの。」


領民満足度という、新たな言葉を発している。

民の事を考えるつもりがある、という事なんだろうが、何とも斬新な単語だ。


「それに、前世の知識などを王都で出すと影響が大きいですけれど、自領地なら試すという意味でも、隠すという意味でも、好都合ですし。」


確かに、ギルドの設立など、いきなり王都ではどういう結果を生み出すのかが分からないが、特定の領地内で始める事であれば、民がどういった動きをするのか、貴族がどう動くのかを見る上でもいい試作にはなるだろう。


父は二度頷いた。この仕草をする時、父は大変満足している時だ。


「ルシアン、早いうちにおまえの思う解決策を出しなさい。これは、おまえの為のものなのだから。」


私の為のもの――本当にそうだ。


「ありがとうございます、父上。

懸念事項もなくなりましたから、大丈夫かと思います。」


父に笑顔で答える。

ミチルが不穏なものを見る顔でこちらを見ているが、気にしない。


白の婚姻でなくても、構わないよね?

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