020.世の中が酸っぱめなことは承知の上です。

ギルドを立ち上げよう、とはなったけど、そんな簡単なものではないことは確かだ。

元から存在するならまだしも、ないものを作り出す時は抵抗を生む。

しかも今回は暴利を貪る商会を抑え付ける為に作るのだから、余計に反発は予想される。

そうなってでもギルドに入った方が良い、と思わせなくては。

法律でギルドに入ってない商会は売り上げの何%かを国に納める、みたいなのを作るって手もあるけど、それも今後のことを考えるとあまりよろしくない。


暴利を貪る商会の違法性を摘発して、今すぐ商会を畳むか、今後はギルドに入って真っ当な商会になるかの二択を迫るか、とか?

でも、そのまま国外に逃げたら?クズ商会なんか国外に行ってくれたほうがいいけど、その際に何をされるかも分からんし、国内の情報を持って出るとか、想像にかたくないなぁ。

他の国で上手く立ち回る為に情報を、とかやりそうだよねー。

って考えると、納得してギルドに入ってもらうのがベスト。


少しずつ外堀を埋めて行くしか、こういうのは駄目なんだよねぇ。

じれったくなるけど、こればっかりはどうしようもない。


商人ギルドは後から立ち上げるとして、服飾ギルドと手工業ギルド、冒険者ギルドは立ち上げちゃって大丈夫だろうか?

服飾ギルドと手工業ギルドの存在で、警戒心を持たれる可能性もあるしなぁ…。

やっぱり難しそうだなぁ…。

会社の小さな組織だって運営は大変だったんだから、これだけの規模で改革をしようとしたら、準備時間はそれだけ必要だよね。

今すぐ作らないと!ってなるような、大きな事件でも起きない限り、中から変えていくのって、容易いことではないのだ。




*****




今日はアルト家に来ている。

ギルドやト国茶の話が王や宰相の耳に入ったことで、侯爵に呼ばれたのだ。

それで案の定、思っていた通りの、実現は難しいとのお言葉を頂戴した。


「驚かないのだね?」


侯爵はすっかり美味しく淹れられるようになったキームンを飲みながら、私を意地悪そうに見る。


「想定の範囲内ですので。」


「ミチル姫、ルシアンと結婚してから、当家の領地経営か、王室で働く気はないかい?」


領地経営か王室か…。


「二択であれば領地経営でお願い致しますわ。」


何故王室ではないの?と聞かれたので、嫁いでもアレクサンドリア家との繋がりは消えませんから、と答える。

正解だったのだろう、満足そうにアルト侯爵は微笑むのだ。


「先程の話に戻るけれど、何があればスムーズに進むと考えるかね?ミチル姫。」


先ほどから私にばかり話を振るのは、既にルシアンの回答は終わってるからなんだろうな。

ルシアンは静かに私の横でお茶を飲んでる。

…宰相の息子って、大変だなぁ…。

これ、確かにルシアン、自信喪失すると思う。だって、いつも試されるんでしょ?辛いわー、この環境。

それで自分より知識や経験のある兄の回答を聞かされるんでしょ?

ないわー。

私は前世の記憶やら経験があるからこんな風に答えられているけど、いくら貴族はこう言うものだと言っても、16歳でルシアンや王子やジェラルドはいつもこんなことを考えさせられ、選択させられるんだと思うと、本当頭が下がる。


「人が急激な変化に耐えられるのは、そうせざるを得ないと認識出来た時だけです。現時点でそういった事象は国内で発生しておりません。ですから、利点と不利な点を天秤にかけた場合に、不利な点にばかり目がいき、利点が負けると思います。

何か大きな力が、外的要因が起こらない限りは、急激な変化は内部の不満を増幅させるだけです。

更に問題発生時には速やかに対応しないと、それもまた不満につながります。」


民とは、そういう我儘な生き物だ。


「ふふふ。素晴らしいね。実に素晴らしい。まったくもってその通りだ。ミチル姫は過去、どういった仕事をなさっていたのかお尋ねしても?」


前世の私がしていたこと。それは外資系企業での秘書。

トップが代わると、そのトップの仕事のやり方をいかに下に伝えていくのかが重要になる。

日本人は変化にとても弱く、その度に軋轢が生まれた。

変化は心身にストレスを及ぼす。メリットもなく、変化を楽しめる人間はあまりいない。

結果として部下をコントロール出来ていないとして、どれだけ実力のあるトップだったとしても、交替させられることは、1度や2度ではなかった。

むしろそればっかりだった。

だからこそ、準備は必要なのだ。


「期間をもらっていると思って、準備しておけばいいのだと思います。」


満足げに侯爵は2度頷いた。


「大変結構。」


侯爵はルシアンを見て、「おまえの見つけてきた女性は本当に素晴らしい。宰相の器だ。本当に、女性であることが悔やまれる」と私をほめちぎる。褒めすぎ!

そんな父親をちら、と見て「女性でないと結婚出来ませんから、ミチルが女性で良かったと私は思っておりますが?」とルシアンが答える。


「おまえは本当に、ミチル姫のことしか考えていないのだね。」


「何を今更なことをおっしゃっているのですか。そんなのは3年前からずっとそうです。」


何気に私のHPを削ぐ会話が、目の前で繰り広げられていて、所在がないのだけれども…。

恥ずかしいので別の方を見てお茶を飲んでごまかす。


まったく…と呆れたように言いつつも、侯爵は満更でもない顔だ。

ルシアンがどう受け止めているかは分からないけど、侯爵は次男であるルシアンのことを可愛いと思っているのだろうと思う。


「侯爵様、何点か質問してもよろしいですか?」


「お父様と呼んでくれて構わないよ?」


早いよ!


「いいと思いますよ、ミチル。」


ルシアンてばこういう時だけ賛同するんだ?!


「皇国の皇位継承者1位の立場を教えていただけないでしょうか?」


侯爵の表情が、貴族お得意の完璧な笑顔になった。


「興味があるのかい?」


「その方の立場次第で、色んなことの理由が分かりそうだったので…。

私の予測では、あまり確固たるお立場ではないが故に、現皇帝が強引な手をお取りになられているのではないかと思うのですが、いかがでしょう?」


アレクサンドリア家は決して低い爵位ではないにも関わらず、父が世事に疎く、母も着飾ることと見栄にしか関心がない、低俗夫婦な為、皇国に関する情報がない。

一般貴族がそもそも知り得ない情報なのか、当家だけなのかは分からない。


「何をきっかけにその予測に達したのか聞きたいな。」


侯爵は私から視線を逸らすことなく、じっと見つめてくる。


「ルシアンが招かれて帝国の学院に編入されたのは突然だったように記憶しています。それこそ、終業式にも参加出来ない程、突然決まったことだったと。」


もしアルト家として皇国の学院での教育が必要であると侯爵が判断したなら、スキップをして高校から戻って来ることも許されない。

アルト家は皇国皇室から皇国宰相となるように再三勧誘を受ける家柄だ。そう考えると、ルシアンの編入は皇国からの横やりだったのだろうと推測される。

その後の魔道学研究院の准研究員に私がなったことにしても、カーネリアン先生はアルト家に入ってもらいたかっただろうと思う。発想うんぬんがあったとしても、私は助手程度でいい筈だ。

アルト家と関係のある婚約者である私を、正研究員ではなく、准研究員となるように推薦したのも、侯爵だろう。これであれば、何かあった場合に私との婚約をなかったことにすれば、アルト家に害は及ばない。

ただ、誤算は、私が転生者だったことで、それにより皇国にルシアンごと引きずり込まれる可能性がある、といった所じゃないかなー。


「モニカ様から伺ったお話だと、第一皇位継承者の皇子の3歳上の第二皇女と、私たちは同じ学年とのこと。

私が女帝であったなら、第二皇女とルシアンを婚姻させ、皇子のサポートをさせることが可能であれば、皇国としても安定致しますし、何かあってもこの国に逃げることも可能かなと邪推しました。」


と、説明してからにっこり微笑み返してみる。


アルト侯爵は貴族の微笑みを止め、困ったような笑みを浮かべた。


「これは、恐れ入ったよ、姫君。

皇国に関する情報はあまり漏らさないようにしているのだけど、断片的な情報からよくここまで導いたね。」


本当なら、侯爵とこんな直球でぶつかり合いたくはない。ぶつかりたくはないけど、この人は人をコマとして動かす人だ。

私はそれに巻き込まれている。めっちゃ巻き込まれているのだ!

だから、何も知らない令嬢のままでいるのは嫌だった。結局コマにされるにしても、イキナリよりは、知らされている方がマシだ。


「おっしゃる通りだよ。

女帝陛下の伴侶であり、皇子の父であるトラスト伯爵は4年前にご他界なさって、皇子には後ろ盾がいない。

陛下の妹御であられるバフェット公爵には二人の公子がおり、父親はシドニア公爵の次男で伯爵位をお持ちだ。

皇子より、バフェット公爵家の公子の方がお血筋の関係で皇位継承権は上になる。」


…そんなこと、分かりきってるだろうに、陛下ってば何で伯爵位と結婚したよ?


「本来であれば、陛下は帝位に就くべき方ではなく、陛下の弟君のデリア様が皇帝位にお就きになられる筈だった。それが突然の流行り病でデリア様が崩御なされ、現陛下が帝位にお就きになられてから、事態は面倒な方向に向かっている。」


陛下としても国内の公爵位を持つ家と娘や息子の婚姻を結びたい所だけど、そこは後手に回ってしまったようで、年頃の公子や令嬢はバフェット公爵に奪われてしまっており、それを覆そうとなると、諸外国の王族ぐらいしかないそうだ。打診は既に行っていたようだ。

その結果、諸外国からの返答は、空いてる王女がいないから、王子ならいいよ、というものが殆どだったらしい。

皇位継承権の順位が皇子より皇女が上になってしまい、他国に皇国の執政に口出しをしないようにさせたいと考えると、アルト家が最も無難である、という結論に達するのだ。


面倒な上に現皇帝には人望もない。ないっていうかなさすぎる。

そもそも皇女でありながら伯爵位なんかと結婚するような見通しの甘い人だから余計だ。

バフェット公爵に嫁いだ妹がどんな人物かは分からないけど、臨戦態勢に入ってるのは明らかだし、そんな所に娘を差し出して援助だけ無尽蔵に要請されるだろうことを考えると、諸外国も首を縦には振らないだろう。

あまりにメリットがなさすぎる。


これ、現皇室、詰んでるよね?

とするなら、どんな風に見られようとも気にしてる余裕はないってことだから、強引に立ち回るよねぇ。


ルシアンが皇女と結婚したら、酷使される未来しか見えない。


「ルシアンと婚姻関係を結んだとして、延命でしかないと思うのですが…。」


ルシアンがいくら優秀だろうと、アルト家がいくら力を持っていようと、皇国内の地盤を覆せるだけの力を持ってる筈はない。…ないよね?


完全に巻き込まれ損だ。

もし、そこで転生者の私なんかも加わったら、もう少し延命は可能かも知れない。


あぁ、だから、侯爵としては上手くアルト家が魔道研究院から逃げられるように仕向けた筈なのに、私が転生者だったことで、思惑が狂って色々逃げられなくなっている。

策士策に溺れる、みたいな。


「そう、実は割と困ったことになっている。

陛下は諦めておらず、皇女殿下もルシアンが気に入っているようでね。

来年から皇女殿下はオフィーリア学園に編入することになりそうなんだ、このままだと。」


は?!

なんで?!


ルシアンを見ると、さすがに不機嫌そうな顔をしている。イケメンで実家にも力があると、何処に行っても狙われるんだなぁ。

本当大変だ。ご愁傷様ですな!

とはいえ、そんな人が己の婚約者だから、200%巻き込まれます。巻き込まれてお釣りが来ちゃうぐらいです、ご馳走様ですわ!


ルシアンの周りをうろつくのはキャロルだけでも面倒なのに、その上皇女まで?!

皇女が一国の貴族学院に編入とか、どう考えたっておかしすぎる!

目的の為に手段を選んでられないとかよく聞くけど、選ぼうよ!!


バフェット公爵が今すぐクーデターでも起こしてくれたらいいのに…。


「何か妙案はないかな?ミチル姫?」


あーもー、分かってるのにこうやって聞いてくるやり方、ルシアンと本当親子!


絶対答え持ってるでしょ?!


「皇室の邪魔をするには、私とルシアンが卒業を待たずに結婚するぐらいしか思いつきません。」


後は何だろう、私が転生者だという事が露見した時に面倒ごとの種になりそうなアレクサンドリア家を潰してルシアンが伯爵位を取得して皇国には絶対に行けないようにするとか?

バフェット公爵とト国茶関連などを使って繋がるとか?


そんなようなことを二人に話すと唖然とされた。さすがにエゲツなさすぎたか?


ちょっと反省して、咳払いしてお茶を飲む。


「申し訳ございません。生来の性質からして、あまりこういうことに抵抗がないのです。」


ドン引きだよねー、普通にこんなこと言う令嬢とかー。

もっとみんなにとって良い結果をもたらす策とか、思い付ければいいんだけどね、私の頭にはこれが限界なんだよね!


いや、そんなことはない、と何かを考えながら侯爵は

頷いた。


「白の婚姻を卒業まで誓約し、先んじて結婚することは未成年でも可能です」とルシアンは頷く。

君、違う理由で頷いてない?!別のこと考えてるでしょ?!


後ろ盾がいない王族や、摂関政治みたいなのをやる場合には、そういう清らかな婚姻ですよー、ということにしておくと、後から離婚も可能だし、どちらにもメリットがあるという、名前とは真逆の黒い意味合いの婚姻だ。


「ミチルは、アレクサンドリア伯爵たちのことをどう思ってらっしゃるのですか?仲があまり良くないとは伺ってますが…。」


アレクサンドリア家潰しちゃえばいい、って言ったからね、自分の実家を。


「私はあの方たちとは相容れないですし、興味がありません。

強いて言うなら、煩わしい存在です。

ルシアンとの婚約が決まって浮かれるだけで、侯爵の信頼を得る努力をしない父にも、お茶会で婚約の自慢ばかりしている母にも、損得ばかり考えている兄にも、自分の相手よりも爵位が上の婚約者を見つけた妹を憎んでいる姉も、私にとっては全て不要な存在なのです。

私の人生の邪魔になるなら、何か考えなくてはならないぐらいには思っています。」


貴族であれば、そう言ったことにも目をつぶらなくてはいけない。

それは分かっている。

他人に対してならいいけれども、家族がそうだなんて考えたくない。

だって、何処にも安心出来る場所がない。

私は、家だけでは安心したいのだ。

他人なら縁は切れる。でも、家族はそうではない。

だから、味方にならない家族は悩みの種だ。


そんなわけだから、私に奴らを近付けてくれるな。


「領地経営に興味はあるのかい?」


「それなりにあります。」


それなりとは?と尋ねられたので、前世が秘書だった為なのか、元々その手のことが好きなのか分からないけど、相手の要求することを察し、それを実現して満足度を上げたり、問題点を見つけてその対策を練る等は嫌いじゃない。


「国内一の領民満足度を目指し、あの領地に住みたい、と思わせることが出来たらとても楽しそうだなと思いますもの。」


特に実家の領地なんて、なーんにもしてなさそうだから、何かちゃんと考えて活動しただけで、めっちゃ感謝されそう。


「それに、前世の知識などを王都で出すと影響が大きいですけれど、自領地なら試すという意味でも、隠すという意味でも、好条件ですし。」


まずはサンプリングだよね。

なんとかルシアンと結婚出来たら、やらせてもらおうっと。


「ルシアン、早いうちにおまえの思う解決策を出しなさい。これは、おまえの為のものなのだから。」


アルト侯爵はルシアンに楽しそうに言った。


「ありがとうございます、父上。

懸念事項もなくなりましたから、大丈夫かと思います。」


ルシアンも珍しく父親に笑顔を返してる。

キレイな笑顔が並んでるのに、暗いものしか感じないのは何故ですか?

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