第57話 話してくれないこと
ユイカはゆっくりと目を開くと、慣れてきた天井を見上げた。
ナミの家に来てから数日。色々なことがあった。しかし彼女が自分を迎えに来てくれてから、少しずついい方向に進んでいることだけは何となく感じている。
そしてそれから、ユイカにとって大好きな人が来てくれた。きっとこれからとても楽しい日々になるのではないかと、期待していた。
「おはよう」
声を掛けられ隣を見ると、布団を畳む父の姿があった。
「おはよう、お父さん」
父が傍にいるだけで、心がぽかぽかと温かくなってくる。
「顔がにやけてるけど、どうかした?」
息子の顔がやけに嬉しそうなので、ユイルは面白そうに笑いながら尋ねた。
「だって、お父さんが来てくれたから」
「そっか」
ユイルは布団を畳み終えると、息子をぎゅっと抱きしめた。
「父さんも、ユイカに会えて嬉しい」
「うん」
「寂しかった?」
「ちょっとだけ」
「ナミとは、仲良くできた?」
「仲良く? うーん、多分」
ユイルは息子から体を離して、優しい声で尋ねた。
「多分なの?」
「……うん」
「何かあった?」
ユイカは少し考えた後、ぼそぼそと答えた。
「ナミさんを困らせることはした」
「どんなこと?」
彼は再び考えると、ぽつりと一言呟いた。
「……ひみつ」
「え」
「ひみつ」
「言いたくないってこと?」
「……うん」
ユイカはいそいそとユイルの腕から出て、逃げるように洗面所の方へ行く。もちろんユイルは追いかけて理由を聞いた。
「何で?」
「何でも」
しかしユイカは答えない。
そして彼は歯ブラシに歯磨き粉を付けると、鏡と向かい合って歯を磨き始めてしまった。その様子からこのことについてこれ以上話を聞くことは出来そうにないと判断した。
ユイルは諦めて、リビングに戻りテーブルの席に座る。
「何があったんだろう……」
自分のいない間に何かあったらしい。ナミも「大変だった」ということを言っていたから、きっとユイルが言っていることとナミが言っていることは同じことなのではないかと推察した。
「言ってくれていいのに……」
ナミがユイカにどういう接し方をしたって、ユイカがナミにどういう迷惑を掛けたって、怒ったり、責めたりなんてするつもりは一切なかった。
ただ、共有したかった。
ナミとユイカの間に起こった全てのことを、知っておきたかった。
ユイルにとって、ナミは特別な人。ユイカは大切な人。だからこそ、嬉しかったことはもちろん、大変だったことや悲しかったことすらも分かち合いたかったのである。
「難しいな」
ユイルには思い描いていた未来があった。
ナミとユイカを引き合わせれば、きっとそうなると思ったが現実はそうではなかった。二人は二人だけの秘密を持ち、話してくれない。
ナミはどこか他人行儀で、ユイカは幼いながらに自分に気を使っていると感じていた。
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