第48話 分からない

 その日の夜、本当はジェシカの家で夕飯を一緒に食べるつもりだったが、ナミはそれを断った。

「どうして?何かあったの?」

 玄関先で戸惑うジェシカに、ナミは深く頭を下げた。

「ごめんなさい、ジェシカさん。本当にごめんなさい」

 ジェシカは首を横に振った。

「謝らなくていいから。それより、本当に一緒にご飯食べてくれないの?カイルもマイロも楽しみしてたんだよ?」

「それは……」

 ナミが言い淀んでいると、ジェシカの後ろでレノが言った。

「一人にさせてやってよ」

「ええ?」

 ジェシカは夫を振り向く。

「考えたいことがあるんだよ。ね、ナミちゃん」

「考えたいことって……。お料理、六人分作っちゃったわよ」

 六人分。そう聞いて、ナミは胸が熱くなるのを感じる。ジェシカの家族は四人。それに、ナミとユイカ。ジェシカがユイカのことを勘定に入れてくれていたことが嬉しかった。

「カレーだろ?鍋に移してあげなよ」

 レノがそう言うと、ジェシカは迷ったのち頷いた。

「分かった。ナミ、少しだけ待ってて」

「あ、はい……」

 そういうと彼女は部屋の奥に入っていった。

「ユイル君、だっけ。彼のことジェシカにも話していい?」

 ジェシカを待っている間、レノにそう問われてナミは頷いた。

「はい。でも、本当はちゃんと話したいです。ジェシカさんに警察の相手もしてもらって……レノさんから説明してもらうなんてなんか、私、ダメ人間です」

「ダメじゃないよ。警察なんか来たら、誰だって動揺する。それに、今は話したくないんだろう?」

 ナミは俯いて、何となく手をいじった。

「話したくないというか、頭の中で整理がつかないんです。ずっと私はユイルを探してきました。彼に会えなくなって七年になります。今まで音沙汰もなくて、再会することも諦めていたのに、今になって私の周りで彼が足跡を残していくんです。まるで『ここにいる』と言わんばかりに。

 だけど、彼と関わるとろくなことも起きなくて。仕事場の店長を怒らせてしまうし、彼から預かった子供を辛い目に合わせて、さらには私は誘拐犯扱いされてしまうし。挙句の果てには、ジェシカさんやレノさんにこうやってご迷惑をお掛けしています。本当に、ろくなことがないです」

「いや、俺らのことは大丈夫だから。それよりも、ナミちゃんが連れていた子って、もしかして……」

 レノの問いに、ナミは顔を上げてはっきりと答えた。

「ユイルの子です」

 すると彼はやるせない顔を浮かべる。

「だったら、何で?友達なのに誘拐犯扱いなんて。彼がナミちゃんに頼んだことだろう?」

「益々わかりませんよね」

 ナミは自分の額に手を当てて苦笑する。

「でもそれもユイカに聞いた話なので、なんとも分からないんです。ユイルに直接話を聞かなくちゃって思っているんですけど、消息が掴めません」

「……困った奴だね」

「本当に」

 レノの呆れた声を聞いて、ナミは全くその通りだなと思った。それなのに、なんだかんだ言ってユイルを探してしまう自分も馬鹿だなと思った。

「お待たせ」

 話が丁度区切れたところで、ジェシカが鍋を持ってきてくれる。

「ご飯も炊いちゃったからさ。持って行って」

 そういうと、彼女ご飯が入ったタッパを紙袋に入れてナミに持たせる。

「ありがとうございます。本当にすみません」

 するとジェシカはナミの頬に触れて、心配そうに言った。

「無理しないでよ。何かあったら、助けるから言いな。ね?」

 ナミは頷いた。そう言ってくれる人が傍にいるだけで、安心する。

「ありがとうございます。それじゃあ、カレー頂きますね。おやすみなさい」

「おやすみ」

 そう言って、ナミは一人自分の部屋に戻るのだった。

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