第2章 二人組の男とユイル
第31話 子供
すると、その時だった。誰かが「グリーン・リーフ」の階段を駆け上がってくる音が微かに聞こえた。軽快で早い。そしてその足音は近づき、ジェシカの部屋のドアを勢いよく開けてこういった。
「ただいまー!」
ドア越しで籠っていたが元気な声だ。その声を聞くと、ジェシカは「あ」と声を漏らす。
「カイルだ。帰って来た」
カイルはジェシカの長男だ。学校から帰って来たところのようである。
「ジェシカさん、私はもう大丈夫ですから、戻ってください。ありがとうございました」
ナミはジェシカから体を離しながら言った。だが、ジェシカは頷かなかった。
「カイルは大丈夫だよ。家の鍵開いてるから、私がご近所行ってるの分かってるし。どこかに遊びに行くなら、置手紙もして行くだろうから何も問題ない」
「でも……」
「ナミが嫌なら出ていくけど」
そう言われるとナミは弱い。
「……嫌なわけでは」
すると、ジェシカは白い歯を出してにかっと笑う。
「なら、私はいる。あと、片付けるの手伝うよ。一人じゃ大変だろ。それに――」
ジェシカは言葉を区切ってから、ナミに尋ねた。
「今夜、一緒にご飯食べよ?」
夕飯の誘いにナミは体をぴくりと揺らし、彼女からゆっくりと視線を逸らした。こんな風に自身の醜い姿を見せてもジェシカは動じない。それに加えて、心配までしてくれる。夕飯を一緒に食べようと言ったのは、ナミの気がまぎれるようにするためだろう。
「……でも、まあ、うちうるさいからね。嫌、かな?」
ナミが黙っているので、ジェシカはそう言いながら立ち上がり、廊下に散らばった食材を拾い始める。
すると、ナミが小さい声で呟いた。
「……て下さい」
最初、あまりに小さい声だったので、ジェシカは空耳かと思った。だが、そうではないかもしれないと思い、ナミの方を振り向いた。
「……ナミ?」
名を呼ぶと、ナミはそろそろと顔を上げてジェシカを見ていた。今にも泣きそうだ。だがジェシカは顔色一つ変えずに、ナミの声に耳を傾けた。
「ジェシカさん……、教えてください」
「ん?」
「子供って、……信頼している大人に酷いことをされたら嫌いますか?」
(子供……)
ジェシカはその質問を聞いて、すぐにピンと来た。
(昨日、ナミの部屋の前で座っていた子のことだ……)
彼女はその時の様子を思い出す。
ジェシカが彼を見たのは、買い物から帰って来た時で、すでに辺りは暗くなっていた。彼は帽子を被って、リュックを背負って。膝を抱えてただただ「グリーン・リーフ」から見える町の光を静かに眺めていた。
――僕、迷子?
そのまま放って置くわけにもいかないと思ったジェシカが尋ねると、その子は青い瞳を彼女に向けた。
――違います。
そして彼は続けた。
――あなたは「ナミさん」ですか?
ジェシカは屈んで、首を横に振った。
――ううん、違うよ。私はナミの隣に住んでいるの。
すると、その子は「そうですか」と言って、また町の方へ視線を向ける。
――君はナミを待ってるの?
――はい。
――どうして?
――お父さんに、待っていなさい、と言われたからです。
これは理由になっているのだろうか。
それはよく分からないが、これ以上聞いてもこの子は答えられないだろうと思った。何故、自分がここに置いていかれたのか分かっていないのだ。ただ、父に言われたからいるだけ。だが、それでも泣かずにここでナミを待っているということは、彼女と面識があって、会える確証があるからだろう。そうでなければ、子供が一人で待っているなどできるわけがない。
(だけど、この子が外にいるってことは、ナミは部屋にいないってこと……)
ということは、この子の父親とナミが約束を取り交わしていたわけではなさそうである。もしそうであったら、この子はナミの部屋の前で待ちぼうけしているはずがないからだ。
一応ジェシカは、「ナミが来るまでうちで待ってる?」と聞いたのだが、その子は首を縦には振らなかった。ジェシカは彼が断わっているので、それを尊重することにしたが、それでもここでナミを待つ理由は何なのだろうか。
そして、彼女はもう一つ疑問に思った。
この子は一体誰の子なんだろう、と。
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