第4話「名を知る者」

 「あーあ、あいつ防戦一方じゃねぇか。やっぱりオレの方がマシだったかもな」

 「何を言ってるのかしら、ベイル。貴方の目は節穴なの?傍から見れば、あの戦いのレベルの高さは分かるでしょう?それとも、それが理解出来ない程に愚か者となったのかしら?」

 「……チッ、あんたの言うレベルが高い事は分かってる。だけどオレだったら、あんな戦い方はしねぇってだけだ」

 

 不貞腐れたような態度で、ベイルはエリザにそう言った。そんな会話を聞きながら、ティナは彼女たちの戦いを観戦していた。ティナの視線が彼女たちから離れない事に気付いて居たザックは、視線を交わさずに問い掛けた。


 「氷結の魔剣士様は、どっちが勝つと思う」

 「どっちでも良い」

 「まぁそう言うと思ったが……今はあんたの興味じゃなく、騎士としての質問だ。普通に答えてくれ」

 「……そうね。アルテミスの攻め方じゃ、いずれ彼女に敗北する。王女殿下には、初めて繰り出す技でさえ勝つ事は出来ない。彼女には、初めてじゃないから」

 「初めて繰り出される技は、殿下にとっては初めてじゃないって事か?どういう事だ?それ」


 ザックは眉をひそめて、ティナの言葉を疑った。だが視線を交わそうとしないティナの言葉を確かめるようにして、ぶつかり合っている彼女たちに視線を戻す。大剣を振り回すサーシャと違い、小刻みに攻撃を行うリーサの方がザックは有利に思っていたが違った。

 実力の無い者から見れば、サーシャが防戦一方のように見えるかもしれない。だがしかし、リーサの攻撃を大剣で対処するサーシャを見てザックは生唾を飲み込む。


 「(マジかよ。アルテミスの攻撃は素早くて鋭いのは知ってる。だけど、それを眉一つ変えずに涼しい顔して対処してやがる。貴族と王族に、ここまで差があるのかよ!)」

 

 ザックはそう思う中で、ティナは依然として彼女たちから視線を外していない。戦況の流れを眺めるティナは、目を細めて考え事をしていた。


 「(通常、初めての攻撃を見せられれば対処は難しくなる。だけど、彼女に初めての技で攻撃しても簡単に対処される。まるで初めから知っているかのように。あたしもそうだった)」

 

 ティナはそう思いながら、自分が彼女と対峙した時の事を思い出していた。魔法科に入る事を目的としていた頃、魔法のみだったとはいえサーシャに魔法を放った時だ。 

 放った魔法をいとも簡単に対処され、反撃にまで持ち込まれた事を思い出す。その事を思い出しながら、ティナは呟くように言った。


 「サーシャ・リーベル・テイル……彼女は固有魔法使いキャスターよ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 固有魔法使いという事までは理解出来た。けれど、その後の予想がまだ理解出来ていないらしい。当然だろう。私はまだ、本気で固有魔法を使っていないのだ。対処出来ているだけでも、彼女は相当な腕前だと思って良い。


 「どうして、私の名前を知っているのですか?」

 「名前?……あぁ、さっきの事ね。ただ知っていただけ、それだけの事よ」

 「それだけの説明で納得出来る程、私は頭が良くありません。きちんとした説明を求めます」


 微かに殺気が混ざった視線を向けられているが、知ってしまったのだから仕方が無い。だが、本当の名前を知ったぐらいでここまで乱れるのも不思議なものだ。


 「安心して下さい。これでも私は口の堅い方ですから、友人になってくれるであろう方の秘密をバラす程、お人好しではないわ」

 「なら良いのですが、一つだけ聞いても?」

 「どうぞ」

 「私の名前以外、何か他に知っている事は無いですか?」


 まるで尋問されている気分だが、私は彼女と争う為にこの街に来たのではない。彼女と友人になる為にここへ来たのだ。誤解されているのなら、正す必要があるだろう。王女殿下としてではなく、ただ一人の人間として……


 「ありませんよ。私が知っているのは、貴女の名前が榊原理沙というだけ。それだけで、貴女が何故リーサと名乗っているかも分かっていませんわ」

 「……なるほど。(過去は知らないけれど、名前は知っている。という事ですか。でも、それでも名前をどうして知っているのか聞かないといけないですね)――王女殿下、どうして私の名前を知っているのですか?何処かで会った事がある、という訳でも無いですよね」

 「そんな恐い顔をしないでくれるかしら?可愛い顔が台無しよ」

 「茶化さないで下さい」

 「そんなつもりは無いけれど、そうね。……貴女と会ったのは、これで二回目かしら?けれど、私が出会った事があるだけで貴女は記憶に無いでしょうね」

 「二回目……?」

 「記憶を探っても無駄よ?何故なら、私が貴女と出会ったのは夢の世界だからね」


 夢の世界と言われたら、理解の外かもしれない。だがしかし、彼女は目を細めて武器に手を添えて言った。


 「そうですか。口を割らないと言うのなら、力尽くで聞かせて頂きますっ!」

 「言ったでしょう?知っていれば、止められる。ってね」

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