第8話「短い拒否」
『――楽しそうですね?私の未来の友人』
買い物している最中とはいえ、その一言が頭から離れない。ミレイナからちょくちょく心配されたような視線を向けられているが、私がなんでもないと言ったから何も言わないように気を遣わせてしまっている。
文字通りにボーっとしていて、上手く思考回路が安定しない。そんな事を思いながら、私は視界に入った知り合いに目がいった。
「――あ、フロストさん。こんにちは」
「ん、何してるの?」
「妹と買い物中でして」
「妹……?(妹居たんだ)」
私の言葉に応えるように、ミレイナが隣へと並んで綺麗な一礼をする。スカートの端を掴み、まるで童話などに出てくるお嬢様のように挨拶をしている。まぁ、事実上でお嬢様なのだが……
「どうもこんにちは。私はミレイナ・アルテミスと申します。以後お見知り置きを」
「ティナ・フロスト。宜しく」
「(無愛想な方、お姉様の友人?でしょうか)」
ミレイナは何だかフロストさんの事を見つめている。だがその視線は訝しげで、フロストさんの事を何か警戒しているように見える。基本的に無愛想な対応をするフロストさんを見て、私もどんな人なのだろうと悩んだ。
「フロストさんは何をなさっているんですか?」
「……別に。ただの散歩よ」
「そうですか……」
「妹さん、騎士科には居なかったけど。学園の生徒なの?」
「あ、そうですよ。えっと……」
私はフロストさんの言葉を聞いて、ミレイナへと視線を向ける。その視線でミレイナは察したのか自己紹介を続けた。気のせいかもしれないが、何だかミレイナが自己紹介を避けたい空気を感じる。
フロストさんのクールさが苦手なのかもしれないけれど、それでも仕方無いという感じで口を開いた。
「私は魔法科で、魔法科Bクラスの生徒です。お姉様と違い、私には剣士の素質はありませんので」
「そう。……ちなみに、どんな魔法が使えるの?」
「(お?)」
魔法科という言葉を聞いたフロストさんは、今まで無愛想だった表情から一変して、多少の興味を持った空気を纏ってミレイナに問い掛けた。剣を持っている姿を見た事が無い事から、実はフロストさんは騎士科を望んで居なかったのかもしれない。
そんな妄想をしながら、私はミレイナの反応を伺う。だがミレイナはぷいっと顔をそっぽ向けて言った。
「それは教えません。敵になるかもしれない相手に手の内を曝す程、私は愚かじゃありません」
「……それもそうね。貴女の妹は、貴女に似てしっかりしているのね」
フロストさんは涼しい表情を浮かべながら、私へと視線を向けてそう言った。確かにミレイナはしっかりしているし、知り合い未満という相手に対しては警戒して敬語を話す事にしているらしい。
事実上、私たちはアルテミス家という貴族地位もあるが、それでも相手にする人間を一人一人に対応を変えるのは精神を消耗する。私も経験があるのだが、あれはかなり疲れる結果を生む。
「……そうですね。私の自慢の妹ですよ」
「っ……な、お姉様っ、止めて下さい人前で!」
「(あ、照れた)」
「(照れてる)」
恐らくフロストさんも同じ事を思っているのか、ミレイナを眺めて真っ直ぐ見つめている。気恥ずかしいミレイナは、目を逸らしながら頬を赤くしている。
「……あ」
「どうしたんですか?お姉様」
「ねぇミレイナ?魔法の技術を上げたいと思いませんか?」
「え?」
私は良い事を追い着いたのだが、これを実行する為にはフロストさんの協力が不可欠だ。微かに面倒臭がりそうなフロストさんの性格上、素直に協力してくれるとは思えないけれど……止むを得ない。
「フロストさん、一つお願いしたい事があるんですけど」
「……?」
「ミレイナと魔法のみで戦ってくれませんか?」
「……!」
私の言葉にフロストさんの空気が変わった。やはり予想通り、フロストさんは騎士科ではなく魔法科に入りたい願望があったのではないだろうか。そんな事を感じながら、私はフロストさんの返答を待った。だがしかし、ミレイナが先に割って入って来た。
「ちょっと待ってお姉様っ。私が何でこの人と戦わないといけないの!?」
「ミレイナ?動揺し過ぎですよ。この程度で声を上げていては、彼女には勝てませんよ」
「……(ぴく)」
「それに私は気になっているんですよ。フロストさんがどうやって戦うのか。模擬訓練でもずっと隅から眺めているだけですが、それでも二つ名を持っている。これはそれ相応の実力が無ければ、二つ名は与えられない。それも周囲の目があってこそですしね」
私の二つ名も、試験会場での観客によって与えられたものだ。噂にも似ている形で、すぐに周囲によって広がる二つ名。それを持っているという事は、フロストさんも相当な実力を持っている事は必然。
そうとなれば、私はミレイナの特訓がてらフロストさんの実力を確認する事が出来るのだ。
「どうですか?フロストさん、ミレイナ。二人で魔法で戦いたくないですか?」
しかし、私の問いを聞いた二人は同時に言うのであった。
「嫌」
「嫌だ」
「え~?!」
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