第7話「寝坊少年カイル/ティナの散歩」
リーサとミレイナが買い物をしている時、ラルクの街の中はたくさんの人が賑わっていた。左右何処を見ても、人で埋め尽くされている。人混みが苦手な人間であれば、人酔いをしてしまう程に多い。
そんな街の中で、限りなく人の出入りが少ない場所という物がある。その場所の中で、彼は休日を優雅に過ごしていた。
「……すぅ……すぅ……」
――もとい、寝過ごしていた。
「おい、カイル。いい加減起きろよ、もう昼間だぞお前」
そこに現れた少年……ザックが呆れた表情を浮かべながら、カイルの身体を揺らす。
「んん……あと五……」
「五分で起きたら苦労は無ぇぞ?」
「五十年……」
「長いわ!」
「ごふっ……いつつ……もう少し優しく起こしてくれないかな?ザック」
ツッコミと同時にド突きをしたザックに対し、カイルは後頭部を押さえながらそんな事を言った。その言葉を聞いたザックは、溜息混じりに言うのである。
「お前の五十年は、五十年じゃ済まない気がするしな。それに今日は俺と模擬戦をする約束だっただろうが。何を寝過ごしてやがるんだ?あぁ?」
「朝から喧嘩腰過ぎるよ、ザック」
「もう昼だっつってんだろ!?人の話をちゃんと聞けよ!」
「いや、寝てたし」
大欠伸をしながら、カイルは伸びをする。微かに涙目となっている中で、目を擦りながらザックに言った。
「ふわ~ぁ……模擬戦するのは良いけど、何処でやるの?また僕の家?」
「こんな場所まで来てるんだから、んな事頼まねぇよ。今回はお前の家じゃなく、この下でやるぞ」
ザックはそう言いながら、指を真下へ指し示した。それに釣られて真下を見るカイルは、眠そうな表情を浮かべて言った。
「あー、またあの場所を使うの?僕はともかく、ザックが申請したのかい?」
「申請だぁ?お前の家に申請なんてわざわざするかよ」
「はぁ……父さんに怒られるのは僕なんだけど?」
「何言ってるんだよ。今更だろうが」
そんなザックの一言を聞くカイルは、呆れながらも口角は上がっていた。ザックとカイルは、平民と貴族という差がありながらも友人関係を築いた間柄。この程度の事は、幼い頃からやっている事だ。
故に今更なのだ。
「そういえばカイル、お前の動きを観察してた奴が居たの知ってるか?」
「……知ってる。ずっと見られてれば誰だって気付くよ」
「俺から言わせれば、お前の動きに着いて来られる奴が居るのかって話だけどな」
「……それがね、僕は驚いてるんだよね」
「何にだ?」
「彼女……確かリーサ・アルファード・アルテミスって言ったっけ?彼女、僕の動きを全て目で追えていたよ」
「っ……マジか?」
「マジだね。僕も信じたくは無かったけど、でも彼女は確かに追えてた。一ミリも誤差も無く、視線から外れる事無く……ね」
そんな事を話しながら、ザックとカイルは建物の地下へとやって来た。視界に広がるその空間は、学園と同じような訓練場が目の前にある。その場所で二人は、模擬戦用の武器を手に取って見合ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……」
あたしはティナ・フロスト。学園では〈氷結の魔剣士〉なんていう二つ名を与えられており、生徒たちの間で呼ばれている。二つ名を貰っている事に不満は無いが、わざわざ名指しで呼ばないで欲しいものだ。
『氷結の魔剣士様、あ……握手をして下さいっ!!』
「……お断りよ」
『ハァ……流石は氷結の魔剣士様っ、かっこいい』
握手を断っただけで、そこまで言われる筋合いは無い。無いのだけど、この程度で喜ぶ人もどうかしている。大体、あたしは二つ名に興味は無い。そもそもの話で、あたしは騎士科に入るつもりなんて無かったのだ。
「……(騎士科、退屈)」
学園生活が始まり、日用品や魔道具が欲しいと思っていたあたしは街を歩く。ラルクの街の人口は3万程度。その中で魔法科を選ぶ者はとても多く、魔法科を選ぶ生徒は少ないと云われている。
理由はただ一つ。魔力の量の有無によって、魔法科は素質や実力が確立されてしまうからだ。魔力量に申し分の無いつもりだったあたしは、最初は魔法科に入るつもりだったのだが……フロスト家のあたしを騎士科に申請した。
学園に入るという話があった時から、予想していた結末ではあった。だがそれが現実で悟ってしまれば、考えるだけ無駄な事でしかない。
そんな事を考えながら、あたしはラルクの街の中で魔道具店巡りをし続ける。これがあたしの日課であり、魔法科に配属したかった人間の暇潰しの方法である。
「……ん?」
「あ、フロストさん。こんにちは」
そんなあたしの前に、多少の退屈さを埋めるかもしれない存在が現れた。
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