第8話「新たな世界へ」

 「すぅ……すぅ……」

 「ふむ、眠ってしまったか」


 アルファはそう言いながら、小さな笑みを浮かべて理沙の様子を見つめる。優しく添えられた手をゆっくり動かし、眠っている理沙を起こさないように頭を撫でる。


 「神様。そろそろ準備が整いましたが、どうなさいますか?」

 「フリードか。うむ、もう少しここに居ても構わぬと言ってやりたいが、流石にこれ以上は危険じゃからな。すぐに始められるか?」

 「ハッ!滞りなく……」

 「うるさいぞ。理沙を起こす気か?」

 「……では、このぐらいの大きさで。クハハ、私の娘も、元気で生きていると良いなと思ってしまいます」

 「お主はその気になれば、霊体のまま様子を見れるじゃろうが。だがしかし、そうじゃな」


 フリードの言った言葉を聞き、アルファは目を細めて撫でる手を止める。


 「妾ももう少し、この者の事を可愛がりたかったと思うぞ。それこそ、我が子のようにの」


 そう言ったアルファには、何かを懐かしむような表情を浮かべていた。そこにはどこか、寂しげという空気を含まれていた。

 そんな顔を見ながらフリードは、小さく息を吐いてアルファに言うのである。


 「我が主君よ、時間で御座います。御支度を」

 「ふっ、お主も随分と板に付いて来たではないか。将軍ではなく、執事を目指してみたらどうじゃ?」

 「クハハ、お戯れを。私は主人の剣。この身には剣という選択肢しかありませぬよ」

 「そうか。……では参ろうか。始めるとしようではないか。——輪廻転生の儀を」


 そう言ってアルファは、フリードに理沙を抱えさせて歩き出す。起こさないようにゆっくり歩を進め、しばらく進んだ先でアルファは足を止めた。

 そこには何も無く、ただの虚無でしか無かった。がしかし、アルファが中空に手を差し出した瞬間、ユラユラと揺れる空間が出現したのである。


 「——神アルファが命ずる。汝を我が子とし、榊原理沙の名を変換せよ」


 アルファがそう呟いた瞬間、理沙から文字が浮かび上がる。そして文字だけが出現し、理沙の上でパリンと割れる。

 やがて跡形も無くバラバラとなった理沙の名は、別の名前へと変換されていった。


 ——榊原理沙。


 ——リーサ・アルファード・アルテミス


 「神様。何故ご自分の名を?」

 「う、うるさい。気にするでないわ」


 理沙を我が子と言った事を気に入っていたのか。自分の名を入れた事を指摘された瞬間、ムスッとしながらも耳を赤くして照れながらそう言った。

 その様子を眺めたフリードは、胸に手を当てて一礼をしながら言うのである。


 「貴君の人生である以上、私はこれ以上干渉する事は許されない。だがしかし、私は貴君の事をずっと覚えている。だから理沙よ。いや、リーサよ。……幸せになりなさい」

 「お主、目が潤んでおるぞ。年老いて涙腺が脆くなったか?」

 「そういう神様こそ、私の事を言えませんぞ」


 やがてアルファは彼女を白い光のベールで包み、空間へと向かわせる。徐々に空間の中へ入っていく彼女の身体。それを眺めていた時だった。


 「有難う御座います、神様。フリードさん」

 「っ!?」「お、起きておったのか?!」

 「後、行ってきます!」


 そう言った彼女の姿はその場から消え、残されたアルファとフリードはその場で立ち尽くす。

 手を伸ばし掛けていたアルファは、溜息混じりに笑みを浮かべて言った。


 「——全く、悪戯好きとは。年相応の部分があるではないか」



 ——温かい。何かに包まれているような感覚を覚えながら、私はそんな事を思う。

だがその感覚は、先程まで感じていたようにも思えるが、何故だろうか?詳しくは思い出せない。

 そんな事を思いながら、私は自分を包んでいる何かを確認する為に目を開けるのだった。


 そこには、こちらを見て微笑む男女の姿があったのである。



 【転生編 終】

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