#37:代替する


「……ただですね、柏木さんに次に訪れた記憶への端緒というのがですね、場所的に『海辺』、ということなんです」


 一瞬以上の沈黙を挟んでしまった僕をフォローするかのように、斜め後ろから、さくらさんがそう優しい声でそう切り出してくれる。


 うーん、ありがたいはありがたいんだけど、シンヤにこちらからまた情報を提供してしまった事になる。まあ、彼女はシンヤに対しては、ある意味ノーガードで僕の現状とかを包み隠さず話しているそうなので、いまさら感はあるが。

 

「『海辺』……映像での、記憶が甦ったということなんですかね? それは面白い兆候だ」


 背もたれに体を預けながら、シンヤは腕組みしつつ、そう応じてくる。さっきから感じているけど、以前に病室や、映画館で会った今までのシンヤとは別人のような感じを受ける。外見は同じなんだけど、中身が別物のような……まさか二重人格とかじゃないだろうな。


「……『映画館』での『音楽』による……という経緯は失礼、私がすっぽ抜けていたわけですが、それにより、また記憶を喚起させる反応が起きたと。うん、実に面白い」


 シンヤは何か考え込むような目つきをしながら、僕の方に、ちらと目線をやってくる。それは僕の真意を推し量ろうとしているように感じられるわけで、自分の下手な嘘や演技が、すべて見透かされているんじゃないかという不安感に襲われる。でもそれを表に出すことは極力避けないと。


「それでですね、今日伺ったのは、先生にその『海辺』まで私たち二人を連れて行ってもらえないものかという、ご相談も兼ねていたわけで。先生の、あの車で」


 おっと、直球。シンヤをこれ以上巻き込むことは、僕はもう勘弁という感じだけど、予言を完遂させようとするのなら、協力を仰いだ方が話は早いよね。遺憾ではあるけど


 別案……例えばタクシーで行くのでは? みたいな事を考えたけど、それでは「ドライブ」にはならないんじゃないか? とも思えた。であれば、ぎりぎりの「知人」と呼べるシンヤの運転する車で同行すること……それはぎりぎりで「ドライブ」にはならないだろうか。


「……」


 と、「予言」に最早がんじがらめに思考の大部分を支配されつつある僕だったが、意に反して、シンヤは残念そうな表情を浮かべた。


「悪い悪い、今週はあちこちの会議に出なくちゃならなくて、それ終わったらマサチューセッツに飛ばなきゃならないんだぁ。ちょっと長期の講義を受けたいと考えていてね。一か月とちょっと滞在することになる予定」


 充実した生活を送られているようで。僕はその会話の端々に出てくる、自分とは縁の無さそうな単語群にしばし圧倒されてしまうわけだけど。


「……クルマだったら、佐倉クンに貸せるけど」


 ん? 待てよ。佐倉さんが運転できるなら、それで万事解決なんじゃないか?


「ええー、あんな大きいのおっかないですよぅ、無理無理」


 さくらさんが慌てた様子で体の前で両手を振るけど、え? ってことは免許は持ってるってことですよね?


「すごく安定した走りなんだけどね。英国王室御用達だし」


 シンヤが面白がるかのような口調でさくらさんに言うが、無理無理無理と、当の彼女ははなから及び腰だ。いや、でも……レンタカー借りるって手はありだよね。という事は。開けた、可能性が。これもまた、「予言」の力、なのだろうか。


 僕は俄然、現実味を帯びてきた「予言3」の遂行についてあれこれ思いを巡らせ始める。


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