#30:自問する


 改めて、状況を子細に確認してみる。今回の「予言」の語尾が中途半端なところで切られていたのは、どうやら左手で握ったペン先が、メモパッドの外にはみ出してしまったからのようだ。


「……」


 しながわ水族館、さくらさんが略すところの「しなすい」に到着し、チケットを買いに行って貰っている時に、その辺りの事を確認した。メモパッドからずれたと思われるペンで何か書かれた筆跡……というよりはインクの汚れのようなものが、車椅子のシートに残っていたわけで。もちろん、何て書いてあるかは、つるつるのビニール地なのでわからない。


「……」


 何てこった。二回目の「自動書記」の時は、特に何も意識しなくてもうまい事書けていたから、すっかり安心していた。油断していたよ。迂闊すぎる。書くところをちゃんと見ていないと、こういうアクシデントが起こり得るということを、考えていなかった。


 現状としては、「予言」は完璧に書かれたけれど、受け手の僕がそれを完全には把握できていないという状態……これが何を引き起こすのか、それはわからないけど。


 ふと思ってしまった、馬鹿げた話かも知れないけど、「予言」に意思みたいなものがあったとしたら、少しでも異なる行動を取ってしまったら、取り返しのつかないことが起こってしまうのではなかろうか……あ、いや、そこまで「予言」を神格化するつもりは無いけれど。だけど、この「予言」に沿って行動を起こした今回の結果として、さくらさんとの仲がより親密になったであろうことは否定できないわけで。


「……」


 待てよ。これを好機と見て、「予言に逆らうことをわざとやってみる」というのはどうだろう? 例えば、「10がつ14か」は、外に出ず、ずっと院内で過ごす、とか。そんな「予言」の意に反することをやった時、一体どんな事が起こるのか、確認したい気持ちは以前から抱えている。


 でも……でも、だ。「予言」を無視した、あるいは意図的に避けた結果、やっぱり何か取り返しのつかないことが起こったら、まずいどころの騒ぎじゃない。


 記憶の多くを失った僕を、この「世界」にかろうじて繋ぎ留めているのは、まぎれもなく、さくらさんとの関係に他ならない。他の諸々はともかく、それだけは、はっきりと言い切ることが出来る。それがもし断ち切られてしまったら……? いや、考えたくもないけど、大袈裟に聞こえてしまうかも知れないけど、生きる目的、それそのものが失われてしまうのでは、ないだろうか……。

 

 先ほどの「予知夢」でいやというほど見せられた、僕とさくらさんとの充実した未来……そんなエサのようなものを、ちらつかせられているのだから、なおさらだ。


 僕はやはり、「予言」やら「予知夢」といった、尋常じゃないもの達の手によって、少しづつ、行動やら判断基準に、何らかのバイアスをかけられているのかも知れない……それが一体、どんな未来につながるかも分からないまま。


 何となく懐かしさを感じさせる佇まいの「しながわ水族館」の外観を眺めながら、考えても答えの出ない問題を前に、僕は、もやもやした気持ちのままで思考の狭間に佇んでいる。


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