#29:後悔する


 穏やかな陽の光を浴びて、大通りを「しながわ水族館」へ急遽向かうことになった、さくらさんと僕だったけど、これはもう確実にデートだ。映画、そして水族館。鉄板も鉄板じゃあないか。顔に、身体に浴びる風も、何と言うか非常に清々しい。


 僕は久しく感じることが出来なかった、頭上、上方が開けた外界の開放感を体いっぱいで感じながら、そして心に先ほどから、がんがん響いて来る、何だろう、幸福の鐘の音なんだろうか。僕を高みへと連れ去っていくかのような圧倒的な感情の波のようなものに小舟のように翻弄されているような……要は、あまりの幸せで僕は自分というものを見失いかけつつあったのであって。


「『しなすい』にもお父さんに連れて行ってもらったなぁ……子供の頃はピネカから歩いていったのが、すごい冒険みたいな旅行みたいな感じだったんですけど、意外と近いな……」


 ぽつりぽつりと、さくらさんが呟くように話す。その口調は、何だか「お父さん」が今はもういないみたいなニュアンスを含んでいるように感じたけど、ん? 先ほどの「予知夢」では、僕がそのお父さんに食ってかかったとか言ってましたよね。


 少し気になり、その事を遠回しに切り出してみると、あ、いえ違います違います、健在ですよぉ、昔の記憶って、他人視点で残ってるものあったりしません? 確かに自分で体験したのに、頭の中で無意識に改竄されて、ひとつの「物語」的になっちゃってるものって、その時のお父さんの姿も、私の姿も、何か遠くの出来事みたいになっているところ、あるんです、だからでしょうか? と言われた。


 うーん、そういう記憶のしまわれ方もあるものなのだろうか。僕にはわからない。そもそもそういったエピソード記憶の諸々が抜け落ちているわけだし。記憶のしまわれ方を理解/把握すれば、そこに格納された記憶を引き出したりすることが出来たりするのだろうか。いや、そもそもそのしまわれている所へのアクセスをどうしたらいいのか分からない状態なわけで、そういったある意味「正攻法」では、僕の記憶を取り戻すということは出来ないのだろう。何となく、そこは感覚でわかっていたりもする。そんなままならない思考をこねまわす僕に、軽やかな声がかかる。


「……海もここから実は近かったりするんですけど、それはまた今度にしましょうか。一度に記憶が押し寄せるかのように……とかなったら、柏木さんに負担もかかりすぎちゃいますものね」


 海、か。僕がでっち上げて口走ってしまった「記憶」だったけど、それを気に留めてくれている……? そしてさっきも「海」「波打ち際」という単語を出した時、さくらさんが少し反応したことを思い出した。それが何故かはわからない。いや、それよりも「また今度」ってことは、今日のように、こうして、二人きりで外出に、いや「デート」に付き合ってくれるということなのだろうか……その事の方が今の僕には重要だったりする。いや、本当に大丈夫かな、僕。


「……」


 そして、どうしても気になってしまったので、僕は毛布を少しめくりつつ、しまい込んでいた例のメモ帳を引っ張り出し、自分の臍付近にさりげなく寄せながら、なるべく下を向かないようにして、苦労して目だけで下を覗き込むようにして、その文面を確認するという行動に出てしまう。さくらさんにばれないように。


 <10がつ14 か さく らさんと うみまでド ライブわ りとあたた かくてなみう ちぎわで ゆうひをずっとな がめていた そのあとのこ>  


 ……何だ? 「海」? 僕が先ほどでっち上げた、そしてその言葉にさくらさんが反応を示した「うみ」というワードが確かにそこには書かれている。もうほとほとこの「予言」のことが分からなくなっている僕だけど、今回のやつはそれにも増して不可解な部分がある。


「ドライブ」っていうところの難易度も大概だけど、今までと違って語尾が途切れている……? 「その後の」「こ」……「こ」って何だろう? それとも「その後、残って……」とか続くのだろうか?


 我慢しきれず見てしまった僕だったが、幸せな瞬間から、一気に疑問の渦へと叩き込まれてしまった気分……見るんじゃなかった、と先に立たない思いにしばし苛まれてしまう。


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