#24:揺動する


 尾けられてきてたのか? そんな事されるなんて思ってもいなかったから、ノーマークだった。それに押されるがままだった僕は、頻繁に後ろを振り返るなんてことはしなかったし、さくらさんにしても、車椅子を押しながら、段差とか、すれ違う自転車とか、周りに気を配っていてくれたから、そんな尾行者を確認するなんて余裕無かったはず。であれば、意識の埒外。さぞかし楽勝な追跡だっただろう。


 いやでも……じゃあ何で。何でこんな事をしてきた?


「柏木クン? 悪いがキミの行動は筒抜けだよぉ。何でか分かるかい? ……佐倉めぐみが逐一ボクに報告してくれるからさぁ。『明日は午後から柏木さんと大森の映画館に出かけます』っとかね」


 余裕をかましながら、そうねちっこい口調で喋るシンヤは、振り向いた僕の顔を抜け目無く見据えている。待てよ。行先と日程がわかっていたら、わざわざ尾行する必要はないか。ここで待ち伏せしていたとも考えられる。でもじゃあ何で僕の前に姿を晒したんだ?


 探りを入れているのか、それとも揺さぶろうとでもしているのか。どちらにしろ、発言には細心の注意を払わなければいけない。


「……でしたら、この映画館に来た理由も、ご存じかと思いますが」


 口から深く息を吸い込み、僕はこの髭面とのやり取りに集中しようと身構える。こちらからの情報は最低限にとどめ、向こうからの情報を最大限に引き出せないものか。


「ああー、いや、そういうことじゃあなくて」


 わざとらしく眉を持ち上げ、目を見開いてみせるシンヤだけど、くそ、ガチガチにガードを固めている事は、対話が苦手な僕にでもわかるぞ。何が「そういうこと」なのか、何が「じゃなくて」なのか、僕に全部振って来ているんだ。僕が何か……失言をすることを期待して。


「……ここに来たのは、記憶に関する引き金があるかと、そう思ったからです。思い出したから、という言い方になるかもですけど」


 僕からの返しは「引き金」という言葉でぼかさせてもらった。記憶想起のきっかけが、においだけでなく音による可能性もあると、さくらさんに偽っていること、そして何故偽っているか、それは「予言」通りに行動しようとするための僕の意志であるということ。その全部を覆い隠すには、こんな不自然な言い方しか出来なかった。


「……なるほど。それで? キミの記憶はどこまで戻っているんだい?」


 案の定、怪訝そうな顔をしかけたものの、その感情の起伏さえも僕に見せまいとしているのか、シンヤは顎髭をごしごしとこすりながら、指で口角を上げて見せる。しかし、その問い……僕の記憶が蘇ること、そのことに何でここまで興味を抱くんだ? そこに何か……シンヤの思惑が透けないか? こいつが付きまとってくる理由……その一端でも掴めれば。


「……」


 意気込んでマスクの下の口を開きかけた僕だったが、当のシンヤはいきなり、すいと立ち上がると、何も言わず、座席の間を縫って滑るように、僕から見て左方向へと歩き去っていった。以前に病室で見たような、力強い足の運びの割りに重さを感じさせないというか、とにかくそんな不思議な足取りで。いきなり……何だ?


「柏木さん、お待たせしましたっ。お茶です」


 と、僕の右隣から軽やかな鈴の音のような可憐な声が。さくらさんが僕に向けて差し出した右手には、フタとストロー付きの紙カップが握られていた。一方の左手に持った、紙製の箱のような形状のトレーには、同じような紙カップと、紙容器からあふれんばかりに盛られたポップコーンが見える。


 ……シンヤがさくらさんから逃げた。ということか。でも何で? 何故だ? 僕に接触していること、ひいては何らかの興味を抱いて僕を監視しているという事実を……さくらさんには伏せておきたいということか? わからない。そもそもその事を僕がこの場で喋ったら、隠すことに意味はないんじゃないか?


 わからない事だらけだ。とりあえずこの事は置いておこう。シンヤがこの場にいたという事も、さくらさんには伏せておく事にする。何が最善なのか、今は判断できそうもないから。僕は左手で紙カップを受け取ると、彼女が前を通りやすいように、車椅子を少し後ろに下げる。


 かなり揺さぶられてしまった感はあるものの、僕には今日この場所で遂行しなくてはならない事がいくつかあるわけで。上映開始のブザーが鳴る中、僕は気を取り直してその事に集中しようと、大きく口から空気を吸い込んでは吐くという深呼吸を繰り返す。


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