#22:高揚する


 奇天烈な顔を晒した僕だったが、これはのちの「仕掛け」のための大切な布石であるということ、それを含んでの事である、と自分に言い聞かせるようにそう思う。


「……」


 横浜駅には予定通りの時刻に到着。事前にさくらさんが手配してくれていたようで、駅員さんの介助もスムースに受けられ、京浜東北線の乗り降りも、何事も無く行う事が出来た。


 普段、というか健常に過ごしている時は分からなかったことだけど、車椅子に乗った高さというのは、道行く人に紛れると、結構低い、そして圧迫感を伴った怖さもある。


 子供や背の低い女性の方なんか、相当怖い思いを常日頃からしてるんだな、というような思いを、こうなってみて初めて実感できた。そしてもちろん、車椅子での行動を余儀なくされている方たちも。


「……」


 少し殊勝な気持ちになりながらも、いよいよ目的地の最寄り駅、大森に降り立った僕はやはり高揚感を抑えきれていない。ホームから一度エレベーターで改札階まで上がり、駅ビルのエレベーターを再び使い地上階へ。バスのロータリーが見渡せる。そこからは徒歩2分くらいだそうで、見た感じ映画館っぽい建物はないけど、どこだろう? 


 しかし本当にいい天気だ。暗闇の室内で過ごすのがもったいなく思えるくらい、穏やかな日差しが、いまだ病室の中に居がちな僕の肌に心地よさをもたらしている。


「記憶想起音」を、浜辺に打ち寄せる波の音が……とか言っておけば良かったか。いや、詮無い事を考えてる場合じゃない。


「……あのビルの最上階にあるんです。本当に小さいんですけど、そこがいいんですよ」


 きょろきょろしていた僕を見て、さくらさんはそう説明をしてくれる。目の前に見えてきた建物は、なるほどちょっと古めの「百貨店」っぽい佇まいだ。後から新しめのテナントがどんどん入ってきたような、ちょっとちぐはぐな感じの……ここに映画館があるとは、ちょっと考えにくい感じのところ。それだけに、この穴場感は納得と言ってもいいかも。「インディ」をやっててくれてありがとう、と心の中でお礼を言っておく。


 建物内も生鮮から雑貨屋や電機店まで、いろいろな売り場が雑多にあったものの、ちょっと閑散とした雰囲気だ。穴場……過ぎやしないかと、僕はやや不安になるが、


「!!」


 最上階に停まったエレベーターの扉が開いた瞬間、僕は確かに映画館の持つ、あの子供の頃に感じたわくわくを思い出させるような雰囲気に、いきなり包まれたわけで。


「ここがピネカです」


 そういうさくらさんの声も心なしか弾んでいて、そして誇らしげだ。沢山の映画のポスターがびっしりと貼られたパーティションが、手狭な空間をさらに密に区切っているけど、それによって、それぞれのキャラクターやら、タイトルやら、そしてメッセージが、わあああとこちらに向けて押し寄せてくるようだ。何だろう、静かなる迫力を感じる。実際、その「映画館」としてあるスペースは、柔らかなBGMが流れているだけで、静謐感を感じさせるのだけれど。ついでに言うと、人もあまりいない。


 笑顔で近づいてきた係の女の人にチケットを渡すと、僕らは三つあるスクリーンのうちの真ん中、大きさも大中小のうち「中」らしい、「シアター2」と書かれた防音扉から中に入る。上映まではあと十分ほど。うん、ちょうどいい時間だ。高い天井、暖色の照明、座り心地の良さそうなシート、座席の数は百も無いだろう、けど、そこはやっぱり「映画館」だった。

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