#19:準備する


 「9がつ30にち」、いよいよ「予言2」が成就されるか否かの、運命の日が来た。……と、そこまで言うとちょっと大げさかも知れないけど。いや、そのくらいのインパクトは、確かにある。


 でも僕には引っかかったままの小骨のような違和感が、ずっと胸の奥に留まっているわけで。今のこの状況は、僕が「予言」を利用して行動に移すための思考をしているんじゃあ無くて、「予言」が僕を、僕の行動を、思考を、支配しつつあるんじゃないのか。


 そもそも「予言」とは本当は何なのか。もしかしたら、僕の失った記憶からの無意識の、正に無意識のメッセージなんじゃないだろうか。いや、「記憶」……だとしたら、それはこれから起こる、言ってみれば「未来の記憶」だ。「未来」……「記憶」……本当に、未来なのか。本当に、記憶なのだろうか。


「……」


 これ以上この事を考えるのはやめにした方が良さそうだった。頭蓋骨の裏側辺りが、熱いんだか痒いんだかの感覚に襲われてしまう。


 僕は「予言2」を遂行することを既に自分の意思で決定したわけだし、行動にも移そうとしている。今はそれでいいと、そう思い込ませることにする。


 デートだなんてー、柏木さんも隅に置けないですねー、などと、いつもの気のいい看護師のおばさん(と言うと失礼か、『小串さん』だそうで)に茶化されつつも、僕は外出に向けての準備の大部分を手伝ってもらっている。


 紺色のチェックのネルシャツを羽織らされ、ギプスで固められた両脚には毛布が掛けられた。頭の包帯は、目覚めた半月前よりは大分巻いている量も少なくなってきているものの、その隙間から見える少し伸びてきた髪は、薬の影響なのかまばらでまだら、みたいなみっともない状態なので、それを隠すために薄手のニット帽を両耳まで覆うように被る。


 明日から10月。季節もすっかり秋めいてきて、何ていうと年寄り臭いけど、窓を開けているとひんやりとした心地よい空気が入ってくる頃になっていた。時折、肌寒くも感じるほどに。しっかりと防寒対策はしないといけない。体を冷やさないように、というのが、さくらさんと交わした約束事のひとつであるからだ。


 そしてもう一つが、「においを不用意に嗅がないこと」。


「……」


 今、僕の左掌の上にあるのが、そのためのアイテムなわけなのだけれど、まさか本当に付けることになるとは。


 ノーズクリップ、というそうだ。鼻をつまむようにして穴から水が流入するのを防ぐ……主にシンクロナイズドスイミングで使用されるタイプの物で、本来はにおいを嗅がないようにするための物ではない。当たり前か。さくらさんがわざわざ購入してきてくれたそれを昨日試してみたところ、におい、を伴う空気の流入もカット出来ることが証明された。完璧だ。装着時の見た目と、口を常に開いておかなければならない問題は、マスクを着けることにより解決できる。


 僕は意を決して、有名なスポーツ用品メーカーのロゴが入ったその灰色のノーズクリップで自分の鼻をつまんだ状態で固定し、上からサージカルマスクという、医療現場で使用されているポリプロピレン製の薄手のマスクを左手だけで器用に装着してみせる。よし、顔に走る傷跡も、この顎まで覆うマスクでほぼほぼ隠れるので好都合だ。


 準備は整った。僕がひそかに用意した「裏の準備」も。小串さんに礼を告げると、僕は左手だけで車椅子を操り、さくらさんと待ち合わせをした正面玄関へと向かう。


 心の中は、高揚と緊張と、不安と疑問とがぐるぐると渦巻いてミックスされたような、何とも言えない状態ではあるものの。


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