#17:調和する
「暗闇の中、僕は横長の大きなスクリーンを見ていました。映像は断片的にしか残っていないのですが、流れていたのはこの曲でした」
言いつつ僕は、パソコンの左クリックを押下する。スピーカーから流れだしたのは、おそらく大多数の人が聞いたことあると言うだろう、勇壮で心躍らされるあのメロディだった。この音源を探すのも苦労した。うまく流れて良かった。「インディジョーンズの映画だった」というのは簡単だけど、何かそれを直に告げてしまうと嘘っぽい気がした。まあ直球使いの僕が言えることではないかも知れないけど。
ともかく、聴覚。そちらからのアプローチを挟んだ方が、嗅覚に紐づけられている(と思われる)、僕の記憶の別の形での想起が始まったと、そう思わせることが出来るかもしれない、と思った。真実味を伴って。
-インディ・ジョーンズですよね。間違いなく。
さくらさんが導き出した答えに、ひとまず内心胸を撫でおろす。まあそこは間違いようないとは思っていたけど。
「……このテーマが、蘇ってきた記憶の中、鳴り響いていたんです。だから、安直かも知れないんですが、この映画を観れば、記憶が取り戻せるんじゃないかと、そう……思ったんです、いや安直ですよね」
いや安直と言わないでくれ、と心の中で叫びつつ、僕はこの提案が却下されないことを祈る。
-嗅覚の次は聴覚ということですか……興味深いこととは思います。では早速明日とか明後日にでもDVDを借りて視聴覚室で観るというのはどうでしょうか。
おっと、さくらさんが快く承諾してくれたのは嬉しいんだけど、それじゃあ駄目なわけで。あくまで「えいがをみにいった」「ふたりででかけられた」というポイントをクリアしなくちゃいけない。「予言」の真偽、そして真意は未だわからないけど、僕が意志を持って動けば、必ず「予言」は応えてくれるはずだ。それを信じて、行くしかない。
「……それだとおそらく駄目なんじゃないかと思うんです。辺りは暗く、横長で大きなスクリーン、そういった条件も一致しないと、記憶は戻らないんじゃないかと、においの時とは違ってそう思うんです。現に僕はこのテーマを何回も聞いていますけど、それによって想起させられることは無かった。周囲の環境も、聴覚想起記憶には必要なんじゃないかと、考えているんです」
実際、聴覚で記憶が戻るというようなことは、僕の身に起こっていない。だからこれはあくまで「予言」を遂行するための嘘、いや方便ということになる。
-柏木さんの考えは面白いですね。勉強になります。
くすり、と笑みを含んだ声でそう言われると、騙しているという罪悪感が否応増すのだけど、ここはしょうがないと割り切るしかない。
-外出許可が出れば、ですね。私ももちろん同行させていただきます。柏木さんの嗅覚の方の記憶喚起については、実はまだシンヤ先生にしか話していないんです。『実験対象』みたいなことにされて、柏木さんに負担をかけるなんてことは出来ないですから。
シンヤにだけ打ち明けていたという点には少し引っかかるけど、でもここまで僕の事を考えてくれている。さくらさんはやはり、僕の事を真摯に思ってくれているんだということを実感し、胸の奥底がじんわり温かくなるような感覚がこみ上げてきた。
-でも、インディ・ジョーンズを今やっている映画館なんてあるのかしらですよね。十年くらい前じゃなかったでしたっけ。
さくらさんがそう言うが、今こそ、このパソコンで調べ上げたことが物を言う時だ。僕は殊更に目の前の画面を注視すると、これを調べてたんですよとばかりに情報を正確に述べていく事にする。
「三作目の『最後の聖戦』が1989年7月8日、日本で公開されています。だからちょうど二十年目なんですよね、今年は」
この事実に突き当たった時、僕は「予言」の持つ求心力みたいな……えも言われぬ力に驚愕を覚えた。そして、
「リバイバル上映が各地で結構組まれているんですよ。間のいいことに」
予定調和が如く、物事が進む。僕はそのことに一抹の不気味さも感じてたりはしているのだけど、ここはもう進むしかない。
「ここからのいちばんの近場は、大森の駅近くにある『ピネカ大森』。そこは7月8日から週替わりで三部作を交代で流していて、ぎりぎり10月6日までやっているとの事でした」
今日9月24日からあと二週間弱。誂えられたかのような……ひょっとして僕が「予言」に操られているのだろうか? けれど舞台は整った。「予言」よ……お前が「真」なら、その力を見せてみろっ。
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