69小節目 超理想主義的社会
「ホントはくじで決めたかったけどね。今の部の状況だと、何言われるかわかんないからさ」
部長かつトランペットのパートリーダー、
僕にとって二度目となる演奏機会――真島小学校との交流行事。そこで演奏する曲『パプリカ』にはトランペットのソロがあったのだが、それは山先輩が担当することとなった。
今の部の状況。顧問の先生が強豪校時代のOGに言われた言葉が元で、下手に何か遊ぶことが出来ないような状況。誰も何もこのことを口にはしないが、みんなの雰囲気が、出てくる音色が、独特の緊迫感をひしひしと醸しだしている。
行き過ぎた理想主義。行き過ぎた正論主義。正しさこそ正義、美徳こそ正義。個人の気持ちを見ないで、一律された一般に正しいとされることを全員の意見として無言のうちに強制していく。それが、僕ら中学生の狭い社会であり、染みついてしまった狭い常識。
それから外れる者は、容赦なく疎外される。大人への評価に、仲間からの評価、色々なものがつるのように絡まって、自由に動けなくなっていく……。
僕ら後輩に、山先輩の提案に対しての異論はなかった。部長とパートリーダーを務めている山先輩は、当然トランペットパート4人の中で一番トランペットが上手い。ソロを担当するのに何一つ不満材料などなかった。
「あたしさ、こういうの好きじゃないんだけどね。でも、仕方ない。……さ、パート練始めるよ」
山先輩は手をパン、と一つ叩いてスイッチを切り替えた。
しっかりと集中して行われたパート練は、ちゃんと引き締まった空気で進行していった。僕らが奏でた音を耳で聴き、身体の感覚として戻らせて、音楽を少しずつ自分たちのものにしていく作業。
けれども。何かこう、パズルピースが微妙にハマらないような違和感を覚えた。まるで僕らの持ちうる、本来の雰囲気じゃないような違和感。
この音楽なら別に、僕らじゃなくてもよくない? と思ってしまうような、何か。
「
「山先輩。……お見通しですか」
「まあね。で、何か悩み?」
「……何でもない、は通用しませんか」
「通用しないね。ほーら、言ってみ。あたしたちだけだからさ」
トランペットパートの仲間なら、多分理解してくれるはずだ。
「今の僕らって、真面目にやらなきゃいけないみたいな空気じゃないですか。……それで、僕らはその空気が合ってるのかなって思ってて」
理想論の否定。一般的正論の否定。こんなことを言ったら、普通は疎まれる。
でも。
「実は薄々
2年生の粕谷
「うん。あたしも分かってるよ。……でもさ、いくらあたしでも、流れには逆らえないんだ」
「かおる先輩……」
「未瑠も分かるはず。無論、
一度作られた流れ。誰からでもなく、どこからでもなく、ただ漠然とした流れ。しかし、それでも――いや、それだからこそ、下手に逆らえない。
もし逆らおうものなら、本人には気づかれないように、外野でじわじわと、ひそひそと……疎外していく。自分の株を落とさないように、慎重に迎合していく。
これが世の中のシステムだとしたら、面倒くさすぎること極まりない。が、どうやらそれは幻想でもなんでもなく現実そのものらしい。
「だから。今は辛抱。……『今は』ね?」
山先輩は不敵な笑みを浮かべて、小さくウインクをした。
「『今は』……ですか?」
「うん。本番になったら、やりたい放題だから!」
なるほど。本番の演奏は誰にも邪魔なんてされない。コンクールならちょっと勘弁ではあるが、今回は小学校との交流行事。思い切り楽しく吹いたっていい。やったもん勝ちだ。それに、そっちの方が小学生たちに僕らの魅力は伝わるだろう。
「分かりました、先輩。それまでエネルギーを溜めておきますね」
「お、頼もしいね見澤くん!」
「楽しみにしておいてくださいよ」
「ゆーとくん。爆音にはならないようにして下さいねっ」
「玲奈……あはは、手厳しいな」
今更この、過剰にストイックすぎる部内の流れはどうにもできない。だから、せめて今はしっかり練習して――願わくば、本番上手くいきますように。
練習は普通に裏切るけれど、練習しなかったら上手く行く可能性自体が消えるのだから。練習に真剣になれる環境自体は決して悪いことじゃないのだ。
少し苦しいけれど。今は、頑張ろう。終わればきっと、何かがある。
With Heart and Voice -僕らの音は、心と共に- NkY @nky_teninu
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