♪59小節目 夕空に翔ぶ
※『翔空』https://youtu.be/Gokdq3ZiivY
僕ら3人は公園にいた。フルート、アルトサックス、トランペット。それぞれの楽器を持って。
間もなく待ち人は来る。フルートを担当する
一度は言葉で説得しようとしたが、聞く耳を持ってくれなかった。ならば、音楽で伝えるんだ。
――これから僕らはこうやって、3人でやっていくんだ、やっていけるんだ――って。
これが、僕ら中学1年生3人の出した、不器用な結論。
向かって右に僕がいて、左に心音。真ん中に越阪部。どうしてもフルートは音が小さくなるので、僕と心音はやや下がった位置にいる。この曲は越阪部が主役。だから、スタートのタイミングやテンポといった全ての要素を越阪部に託した。
越阪部は自分の母親を睨みつけるように見つめた。越阪部母も何かを感じ取ったのか、一定の距離を取って静かに僕らを眺めている。見えない壁があるようだった。
越阪部がゆっくりと息を吐き出し、すっと楽器を構える。僕と心音も同じタイミングでマウスピースを口につけた。そして……越阪部のフルートの音が、夕闇の空の下で響き始めた。
B♭からFへ飛び立つ音の流れ。
最初は越阪部だけのメロディーから入っていく。空に、風に溶けるような歌声。室内と違って反響するものが何もないから、余計にか細く聴こえてしまう。音も震える。何せ、越阪部は僕と同じで楽器を持ってまだ1、2か月しか経っていない初心者。それでも、新たに手に入れた音楽というコミュニケーション手段を用いて、真正面に立っている。
それを支えるのは僕と心音。すっと、越阪部の伸ばした音の下にロングトーンのハーモニーを敷く。その後は僕が少しだけ応答をし、今度は3人で。越阪部のメロディーは変わらず、心音が真ん中、僕が下のハーモニーを作る。
どうだろうか。ちゃんと、越阪部の声を彩れている、だろうか。越阪部の母親の顔は怖くて見れなかった。僕の視界から無意識にぼかしていた。けれども、今の自分にできることはしっかりとやっている。
曲調はゆったりとしているけれども、内心は、必死に、食らいつくように。
唐突に始まる3/4拍子が3小節挟まり、曲のギアが変わる。アルトサックス、トランペット、フルートへとメロディーが移行。メロディーには『
ほぼ初めて触れる要素である、拍子の変更。慣れないうちはやはり中々合わず苦戦した。けれども今の僕にとっては、ここを3人で吹くのが楽しい。上手く説明がつかないけれども。
そこを乗り切った後は4/4拍子に戻り、サビに向かっての『タメ』が2小節。アルトサックスが連符で駆け上がった先に、フルートの主旋律が待っている。
心音から越阪部へとバトンが渡される。
僕らの音は3本の線となって空へと翔けていく。
思い返せば、偶然に偶然が重なった結果だ。
僕とほぼ入れ替わりに近い形で越阪部が引っ越してきて、心音と仲良くなり。
僕も中学生になると同時に、再びこの地に戻ってきて。
心音と運命の再会を果たし、そのまま越阪部とも知り合い。
パートはバラバラながら、いつの間にか一緒にいるのが当たり前になっていて。
下校時に3人並んで帰る日常が、僕の身体に簡単に馴染んでしまった。幼馴染の心音だけじゃ、もはや足りない。知り合って間もない越阪部がいなければ、もうこの日常は成立しない――。
それでも、まさかこうして、この3人でアンサンブルを組むことになろうとは。しかも、まだまだ楽器初心者である今の時期に。
確かに、マイナス方面である動機ではあったけれども……だからこそ、こういうことになったのだろう。
こういう奇跡が、起きているんだろう。
心を込めて、夕空に思いを馳せて。柔らかな音色を奏でる越阪部の後を追うように、楽譜が与えてくれる主旋律を吹く。僕の音はまだまだ荒削りも荒削りだけれども、だからこそリミッターを掛けずに今の全てを奏でることができる。思い切りの良さが、きっと今の僕が持ちうる武器。
忘れてはいけない。少しの主旋律が終わったら、すぐに背景に溶け込まなくては。
心音と僕でメロディをハモり。越阪部と心音でメロディをハモって。曲はいよいよ終わりに向かっていく。いつかどこかで僕が聴いたことのある旋律で、この曲は閉じられる。
3人で奏でた、最後のロングトーンの響きは何となく聖なる響きがした。
越阪部の合図で、僕らは楽器に息を吹き込むのをやめる。
ぱっと一瞬で夕空に溶けて消えた、楽器の音。
静寂。耳を震わす風の音。空気の音。木々の音。
どこかで飛び立つ鳥の音。誰かが音を立てた瞬間かき消される、か弱い音。
その音に支配されきった世界の中で、越阪部は楽器を降ろし――礼をした。前もって言われたわけじゃない。けれども、僕と心音もそれが自然の流れであるかのように、越阪部にならって頭を下げた。
越阪部の母親は、一切の拍手をしなかった。
「帰りましょう、夢佳ちゃん」
これは、失敗したか。
……いや、そうは思わなかった。
だって、越阪部の母親は微笑みを携えていたから。
涙のあとが、夕日に照らされて光るのを確認できたから。
「……あと、後ろのお2人も」
ああ。よかった。
認めてくれた。
認めて……くれた……。
その後、僕らは4人で帰った。4人で帰ることができた。
久々に、越阪部と帰れた。
「小さい頃の夢佳ちゃんの話、聞きたい?」
「ちょっ、おまっ……」
「あ、聞きたいです!」
「心音、やめてくれ。マジでやめて」
「俺も興味あります」
「見澤も乗っかるな!」
「えっとねー」
「やめろおおおお!!」
越阪部の家につくまで、越阪部の母親から延々と越阪部可愛いトークを聞かされた。
幼稚園の頃、ありとあらゆる親戚に『ゆめか、かわいくないもん』ってツンツンしまくってたこととか、散歩の最中に雑草をおもむろに食べ始めて『ママー、まずいー』って泣いたりとか、最近だととある漫画のカッコいいセリフを突拍子もなく独り言で言ってたりしているらしい。
越阪部はずっと顔を真っ赤にしてわーわーわめき叫んでた。越阪部にとってこの時間が地獄であることは容易に想像がつくけれど、越阪部が普段クールをずっと崩さないのもあってか、ついついたくさん聞いてしまった。
……翌日から越阪部の母による送迎がなくなったものの、しばらく越阪部から口を利かれなくなったのは言うまでもない。
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