50小節目 その首輪はチタン製で
まるでこの空間の空気がピタリと止まったよう。
なぜ彼女は、こんな無機質な音を出力したのだろう。
合奏の時間。そのフルートの音色はまるで氷のようだった。冷たく、鋭く、無表情で……無駄を極限までにそぎ落とした音の列、といった感じの音だった。
すぐさま
「多分、
越阪部
この音は、この振る舞いは……果たして彼女が望んでやっているのか? それとも――『歪められた』?
--※--
まだ夕日は沈まない時間。僕らはいつもの3人で帰ることができた。この時間は久々だ。
なぜこのいつも通りだった時間に3人そろって帰ることができたかというと、越阪部が部活終了後に自主練をしなかったからだ。帰りが遅くなれば前みたいに母が飛んできて無理やり連行されると思ったのだろう。そして、その姿を僕らに再度見せるのも良くないし、本人的にもそれは決していい気分ではない……ということなんだろう。
そして……越阪部は、分かりやすく凹んでいた。
「……昨日は悪かったな。あんな見苦しい所見せてしまって」
視線を落として越阪部がつぶやく。早く帰った理由の一つに、そもそも自主練どころではない精神状態だったのもあるのかもしれない……。
「ううん、仕方ないよ。夢佳が謝る必要なんてないって」
「ああ、越阪部は何も悪くない。俺たちは越阪部の味方だから」
そうやって幼馴染の
「……悪いな。こんな私に、さ」
越阪部はうつむいたまま目を合わせない。自分を低くして僕らのフォローから逃げる。彼女のことだ、もはやほとんど無意識に卑下しているのだろう。
「もう……夢佳、暗いよー? 顔だけでも笑ってみてよ」
そう言って心音は越阪部の意外と柔らかそうな両頬をむにっとつまんで。
「ほーらっ!」
「や、
口端が上がるように押し上げるという実力行使に打って出た。目の端に涙が出てるのを見ると、越阪部、割とガチで痛そう……!
見かねた僕は心音の暴走を止めにかかる。
「心音、やりすぎだって! その手を離せ!」
「え? あ……」
「……」
越阪部が赤くはれた頬を抑えて心音をじとーっとにらむ。涙目で無言の抗議。さすがに心音もちょっと反省しているようで、少ししょげている。
「ごめん。ウチ、夢佳のしょげてるとこ見るの嫌で、さ……」
「そう、か。……じゃあ、笑わないとな……!」
すると越阪部は目をぎゅっとつぶり、無理やり上げた口角がぴくぴくとしている。越阪部なりの精一杯の愛想笑い、らしいが……何というか、恐ろしくぎこちない。
というか、なんで愛想笑いで目を閉じるんだ。
とにかく明らかに無理をしている越阪部に、僕は少し踏み込んでみることにした。
「無理しなくていいよ越阪部。何かあれば聞くからさ」
「……大丈夫。私は、大丈夫だから」
僕が踏み込もうとしたのを察知したのだろう、瞬時に越阪部は僕との間にバリアを張った。見れば見るほど越阪部が大丈夫じゃないのが分かる。分かってしまうが……これからどうやって越阪部のバリアを解いたものか、僕には見当もつかなかった。
やはりここは引いて、付き合いの長い心音に越阪部のことを任せるべきか。そう思って何か理由を付けて2人から離れようとしたとき。
「あ……ごめん! ウチ、学校に宿題忘れてきちゃった! 先帰っててーばいばーいっ!」
「心音……!?」
「おっと……気を付けてな、心音」
そう言って心音は今来た道をダッシュで引き返していった。心音が越阪部のことを僕に任せる判断をした……ということなのだろうか? 一体、何で僕に。突破口も掴めない僕に……。
しかし。
「気を遣わせてしまったな、心音に」
越阪部が顔を上げて足をピタリと止めた。
「……変だよな、私。心音の方が付き合い長いのに、こういうことはキミの方が話しやすく思ってしまう」
どうやら心音の退場こそが越阪部の心をほどくトリガーだったらしい、意外にも。心音との距離が近すぎるが故に話しにくいのか、それとも……。
とにかく、せっかく心音が作ってくれた機会なんだ。それを台無しにするわけにはいかない。それに僕も、もっと越阪部がどういう人間なのかというのを知りたい。
何が来ても受け止めよう。支えに、なろう。
「……聞くよ。俺で良ければ」
……あ。素直になれたな、俺。
「ありがとう。話すよ」
どちらからともなく再び歩き出す。ゆっくりと、時間をかけて、一歩一歩歩みを進めた。
「今の私――『可愛くない』私になってしまった理由を、ね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます