43小節目 僕のために頑張ってきた
小学校との交流行事、本番一日前。
気が付いたら、音楽室にいた。
もはや僕の意志とは無関係に音楽室にいた。
誰もいない日の落ちた音楽室に、電気もつけずに。
僕が僕でない。はっきりと、感じた。
そして、この前こんな体験を僕はしていて、その時と同じように――。
『練習お疲れ、
何もない場所からあの先輩がすーっと姿を現し、僕にウインクを飛ばしてきたのだった。
--※--
『ソロ、上手く行ってるみたいじゃん』
もはや聞こえるのが当然であるかのように話しかけられ……そんな僕も、実際幽霊の声が当然のように聞こえてしまっている。
僕は清水先輩の問いにすんなりとうなずいてみせた。
最初は無謀な挑戦のように思えたソロも、
上手くいかないことを恐れて、無難に吹こうと無意識的に縮こまっていた僕。それが、思い切りよく吹けるようになってきたのだ。思い切り吹くことによって新しく浮かび上がってくる問題点もあるにはあったが、それは練習してまた解決すればいい――。
知らない間に窮屈になっていた音楽の世界が、元ある広さを取り戻した気がしたんだ。
『ちゃんと頑張ってくれてるんだね』
「だって、幽霊からの忠告ですよ。何が起こるか分からないじゃないですか」
『あはは、だから私はそんなすごい幽霊じゃないよ?』
「『存在』を消す『契約』ができるのにどこがすごくない幽霊なんですか」
『てへ』
一見フレンドリーだが底が見えない辺り怖い。何だかんだで油断ならないと思う、この人。というかこの幽霊。
『にしても、頑張る男の子ってかっこいいよね。もし私が生きてたら告ってたかも』
「そんな簡単に告られなんてしないですよ……」
好意を寄せられはしているけど、多分……
『そりゃあ成功しようが失敗しようが関係が一気に変わっちゃうかもしれないことでしょ? クラスならともかく、部活でそうなるのって危険なこと』
「あー……部活に行きづらくなるってことですか」
『そ。そして、そうなるのって吹奏楽部にとってもとてもよくない。人数少ないから尚更』
今の吹奏楽部の人数は30人。人数的には一応最低限ではあるものの、問題は一年生が15人……つまり、部の半数を占めているということ。この状態で先輩が一人でも抜けられたら、それは大きな痛手になる。楽器バランス的にも、残された一年生の精神的にも。
『みんな分かってるんだよ、何となく。でも一番の理由がまだ恋の仕方をよく分かってない、ってことなんだろうけどさ』
「まあ、そうですね……」
『はー、私も恋したかったなー……』
そんなことをつぶやきながら、ちらちらと僕の方を見てくる清水先輩。
「……何ですか」
『今から死んで私と冥土デート行かない?』
「嫌ですよ!?」
確かに彼女は欲しいが死ぬのは嫌。
……というか意地張って嘘ついた。今のところそこまで彼女は欲しくない。いや、まあ好きでいてくれる人がいるのは嬉しいことだけど、でも、自分から彼女を作ろうだなんて到底思えない。
今は他にやるべきことがあるし、そもそも下手に行動起こして吹奏楽部みんなから嫌われたらそれこそ終わりだ。
『あはは、冗談冗談。幽霊ジョークってやつ』
「冗談に聞こえないからやめてくださいよ……」
やろうと思えばおそらく本当に僕を殺せるだろうから笑えない……。
『さて、と。ちょっと真剣な話をしようかな』
清水先輩の顔つきが引き締まったものになる。どうやらどうでもいい話はここまでのようだ。
清水先輩の、
『この一か月頑張ってみて、ってこの前私が言ったでしょ。後悔しないようにってさ? それを聞いて、君は、君自身を鍛えるという頑張り方を選んだ』
……頑張り方……? もしかして、僕の頑張るというのは間違っていたのか? 不安になる。
でも、清水先輩から僕を責めようという意図は感じられなかった。
『それは間違いじゃない。むしろ、すごく正しい。今の自分の立場を十分に理解してる。頑張り屋の見澤くんらしいよ』
むしろ笑っていた。褒めてくれた。僕は間違ってなかったんだ、と不安が安心に変わる。
『でもね、それだけじゃないんだ』
……それだけじゃない。何か、足りなかったのか、やはり……。
『自分の価値を高めるために頑張るやり方だけじゃないんだ、頑張る方法っていうのはね?』
はっとした。
僕は、僕のことだけに夢中になっていた。
何とか上手くなって、足を引っ張らないようにしようと頑張っていたけれど……僕だけしか見えてなかったのだ、僕は。
『周りを見渡せば、助けを必要としてる人。いるでしょ?』
いる。トランペットの同級生、高野
だからといって誰かに頼りっぱなしにさせるわけにはいかない……ちゃんと、高野自身しっかりとしなければいけない。一年経てば後輩もできるだろうし。
それだけじゃない。フルートで
トランペットの二年生、粕谷
僕の幼馴染でアルトサックスの
そうだ、心音は案外打たれ弱い。それを精神的に助けてやれる人が、多分心音には必要だと思う。
そして……副部長でトランペットのパートリーダー、
……多分、これは僕がおかしいだけだと思う、けど……でも、やっぱり何かあるんだろうとは思う。全然分からないけど。
……ああ、そうだ。僕だけに夢中になってはいけないんだ。僕だけが上手くなってもダメなんだ。
これは吹奏楽。みんなで作り上げる音楽。
だから……みんなの手を取って、一緒に引き上げなければ。何だか偉そうな考えではあるけど……間違っては、いないはず。
「……たくさん、いました」
『でしょ? あと、ここにも』
清水先輩は自分のことを指さした。ああ、確か……清水先輩は後悔しているから、ここに居ついているんだったけか。
「……俺は、清水先輩に何をすればいいですか?」
『私にじゃないよ。ただ……今見澤くんの頭に思い浮かんだ、みんなのことを助けて欲しい。後悔を残さないようにね?』
それが、清水先輩のお願い……なのだろうか。
『そうすれば、多分私は……ちゃんと、行くべき場所に行けるんじゃないかなって思うんだ。分からないけどさ』
音楽室に居ついて、見守っている清水先輩のお願い。
みんなを助けて、高みを目指していく――いや、多分この吹奏楽部は高みを目指すとか、そんなことは求めていないんじゃないか?
音楽を通して、吹奏楽を通して……何か大切なものを見つける、とか……そういうのだと、思う。
僕はその大切なものを見つけさせる手助けをすればいいのだろうか。
……すごく難しいことをお願いされた気がする。
『あはは……でも、今は明日の本番が大事。頑張ってソロを成功させてきて。まずはそこからだよ、見澤くん』
知らない間に僕は難しい顔をしていたようだった。そうだ、まずは僕のことからだ。
他の人を助ける前に、まず僕自身が殻を破らないといけない。
この一か月頑張ってきたことの証明をしなければいけないんだ。聴かせる相手は小学生だけど……吹奏楽部のみんなにも、そして何よりも自分のために証明をするんだ。
「はい。頑張ってきます」
僕は強くうなずいて宣言した。僕自身にも言い聞かせるように。
--※--
目覚まし時計が鳴っている。それを止めると、次に耳に入った音は雨の音だった。
それなりに強く地面を打ち付ける音が外から響いてくる。辺りはやや暗い。雨雲は分厚いようだ。
今日一日はずっと雨が降り続けるだろう。
夢を見ていた。夢じゃないような夢を見ていた。
ぼんやりとしたイメージの中で、僕ははっきりとしたものを見つけて思い返す。
……ああ、そうだ。僕は、僕のために頑張らなければならない。
そう。今日は本番だ。
この一か月の集大成なんだ――。
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