1-13 王都にて 朝市

◆朝市『レンデ・タンギーザ』:【ナナシ・リクヤ】



「さぁさ、今朝仕入れたばっかの逸品だよ!」

「どうだい、こいつを見ておくれ!いい色艶してんだろ?こいつがたったの……」

「旦那、いつもの品仕入れてますよ!見てってくだせぇ!」

「ちょいとそこのお兄さん、寄っていかない?」

「焼きたてのシュラースゴーだ、油が滴ってそりゃもう最高だよ」



見渡すばかりの人、人、人。飛び交う声は罵声にも似て、喧騒と呼ぶべき豊かな活気に満ちている。



「に、人間とは群れる種とは聞いておったが……これほどとは……」


「はっはっは、そりゃあそうさ。なんたってここは王国一の繁華街なんだから!」


「うーん、通勤ラッシュを思い出すなぁ……いかん頭痛がしてきた」



呆気にとられるフィズ、慣れた調子で笑う女性、そして今は無き過去の苦行に想いを馳せる俺。三者三様の反応を窺わせるこの場所は、王都インティシウムの中でも、王城に最も近い場所にて毎朝開かれている朝の市場である。



「ナナシ殿が王都は初めてだってんなら、ここを見るのも初めてなんだろう?だったら、折角なんで色々見ていくといいんじゃないかい?」



そう言って笑うのは、今回の俺たちの出した要求──『王都の見学』の案内役として王室側から派遣されてきたマヤ・サザネという女性だ。

彼女は王国を守護する『王国聖騎士団』に所属する騎士の一人であり、王室における剣術指南役にも任命されている人材であり、国王からも信頼厚く、なにより例の襲撃事件の時に、俺たちとの面識が既にあるので適任だろうと選ばれた次第だ。


今日は荒事とは無縁の仕事なので鎧の類いは身に付けていない。簡素な衣服──どういうわけだか男物らしい──に、しかし剣だけはしっかり提げているその姿は、その結わえた黒髪も相まって、騎士というよりは女侍と形容するのが相応しいだろう。



「それには賛成なんですけど……その、人混みってどうにも苦手で………迷いそうだし」


「む、何を言うか!ここに来て臆すとは見損なったぞ、お前が行かずとも私が行く!」



圧倒されていたのも束の間、フィズは鼻息も荒く目を輝かせている。確かに、人間の世界でも特にきらびやかな部分であろうこの繁華街は、フィズの荒ぶる好奇心を大いに刺激することだろう。

実際、現世のショッピングモールや商店街なんかじゃ体験できない、エネルギーに満ちた人々の活気や、見たこともない品々の陳列に、俺も内心浮き足立ってはいる。が、濁流のごときこの人の波に一歩踏み入れれば、確実にはぐれるであろう自信があった。



「まぁ、そうさねぇ……確かに散り散りになっちまうんじゃこっちも職務怠慢ってもんか……どうする?首輪で紐でもくくりつけてみるかい?」


「いや、流石にそれは……あ、フィズならギリギリOKか?」


「ダメに決まっておろうが無礼者。……ええい、この意気地無しども、私の後をついてくるがよい!」


「おやおや、道も聞かずに飛び出しちまったよ……仕方がない、とりあえず満足するまで亜竜様を泳がせるとしようか。それでいいかいナナシ殿?」


「いやほんともう……家の子がすんません……」



たまらず飛び出したフィズは、あっという間に人混みの中に消えてしまってヒヤヒヤしたものの、流石にこの場に慣れているらしいマヤの手にかかれば、マップを使うまでもなくあっさり見つかった。


せっかくの案内役をもらったのに、自分の思うがままに縦横無尽に駆けるフィズを、俺たちが追いかける形で始まった王都観光だが、それでも新鮮な経験ばかりで、俺にとっても充分な刺激となった。




当然と言えば当然だが、レジなんてものもなく、商品の陳列は棚に直置きだったり、ハンモックのように屋台の柱に布で吊っていたりと様々だ。一応店ごとにテントのような趣でスペースが区切られているので、学校で催される文化祭の出し物が雰囲気としては近いのかもしれない。

しかし並んでいる品はどれも、俺のどちらの人生でもなかなかお目にかかれないような代物で溢れていた。加えて、店を切り盛りする商人のあの手この手の呼び込みが、行き来する人々の目まぐるしい群れが、呆気にとられるほどの喧騒を生み出している。


輝かんばかりに色鮮やかな果実を揃えた青果店の親父さんは、隙あらば試食をねじ込むように勧めてくるし、今にも動き出しそうなほど活きのいい魚介を仕入れてくる魚屋では、目の前で魔物のような形相の怪魚を目の前で捌いて提供している。他にも、旅に役立つ道具を扱う雑貨屋や、思わず立ち止まってしまいそうな良い香りを垂れ流す立ち食いの飯屋など、目移りしていてもキリがない。


しかし、そんな俺たちの様子に細々とマヤさんは気付いて


「む、何やら向こうからよい香りがするな」

「ありゃナーベルんとこの店だよ。店主の愛想は悪いがあそこの魚のパイは一度食ってみる価値ありさ」


「ほう、あれはリクヤの持っておるような道具を扱っておるのだな?」

「ヤモリ印の雑貨店だね、値段はそこそこだが……品もピンキリなんで気をつけるといいよ」


「へぇ、やっぱあるんだなぁ、ああいう武具屋ってやつ」

「アンタ運がいいねリクヤ殿!ありゃあミースリルのよろず屋じゃないか!

あそこの武具はいい仕事するんだが、人気殺到でさっさと店じまいしちまうんだ。後でアタシも寄らなきゃあなぁ……」


といった具合に、解説を挟んでくれる。

よくこの市場に訪れているのだろう、ライブラリを開くまでもなくするすると、淀みなく説明してくれる。


そんな調子で、俺たちは市場を隅々まで見て回った。元々人混みの類いが苦手だった俺にしては本当に珍しい経験だ。時折濁流のような人の波に呆気なく押し流されたり、知識欲の暴走機関車と化したフィズが行方不明になりかけるアクシデントがあったが、その度に器用に俺たちを導いてくれる。


「おうマヤ、ウチの品を見てってくれよ!」

「おうさ!……ふーん、今日はちっとパッとしない顔ぶれなんじゃないかい?」


「これはこれは女騎士様じゃありませんか。どうです?たまには砥石をウチで仕入れてみては?」

「ハッ、そんなこと言ってアタシにボロのクズ石を抱えさせたのはどこのどいつだったかねぇ?……おいおい、そんな顔しなさんな、冗談じゃないか。あれはもう気にしてないって言ったろう?」


「お姉さま!今日こそはウチに来てくださるんですよね?」

「フラン……前に言ったハズだろ?勤務中はお姉さまは勘弁しておくれって。それに、アレはもうやらない決まりだったじゃないか」



道を行く度誰かがマヤさんに声をかけていく。なるほど、騎士団っていうのも国民にとってはアイドルのようなものなのかもしれない。王都インティシウムにおいては、国民の「騎士」という存在への理解は深く、先代の国王の伝承も含めて根強く浸透しているとライブラリにも記載してあった。

特にマヤさんは気さくで表裏のない気質をしている。加えて女性としての美貌も兼ね備えているのだから、さしずめ騎士の華としてさぞ親しまれていることだろう。


そんな様を眺めていると、それを悟って彼女は言う。


「私だけが特別なんじゃなくて、ここじゃみんなそうなのさ。顔を知らない奴にだって気にせず”おう兄弟”と呼び掛けてくる。それはリクヤ殿にだって、きっと例外じゃなかったハズさ」


「……なんか、すごいですね。その、俺の過ごしていた村とはあまりにかけ離れている感じで……」


「活気、と言えば単純だが……ここの人間は、己の役割をしっかりと自負した上でここに根差しておるからだな。

皆、この国のこの市場において、己がどうあるべきであるかを解し、すべからくそれを誇っておるのだろう」


「おっ、流石亜竜様はお目が高いね!

───そうさ、みんなここで商売をできることを誇っている。自分がこの場で、どういう風に店を構えるべきかしっかり理解した上でね。

ちんまい癖に大したもんだ、一目で根っこの部分を見抜いちまうとはねぇ」


「竜とは、誇りを無二の至宝とする種族なのだ、当然であろう。


……人間にも多少はそれのなんたるかを理解できておる節はある、ということか」



はっはっは、とマヤさんは豪快に笑う。亜竜のお墨付きが貰えるなら文句無しだ、と。

フィズが意外にも至極マトモな受け答えをしたのに、比べて俺の感想のなんたる重みのないことか。

……だから、本来マヤさんのような人にも敬われるようなタマじゃないんだって、俺……


人知れず意気消沈する俺の少し前を歩きながら、彼女は誰にとは無しに、そっと語ってくれた。



「確かに、ウチは国土も国力も神国や帝国なんかにゃ叶わないけどさ……この市場は捨てたもんじゃない筈だよ。

何せ、先代もその前の国王も、周辺国家との交易にずっと力を注いでたって話でね。内陸国だってのに色んな魚介が揃ってるのなんかもそのお陰って訳さ。商人としてやっていきたいって、こっちに移住してくる輩もそれなりにいるんだってさ」


それに、と目を細めて。


「アタシも、アタシの父も、きっと先代のご先祖様だってそうさ。

元々東の方に住んでたアタシらが、なんだかんだでここを離れようとしないのはね……やっぱ”ここ”に魅せられたからって訳さ」


「故郷を愛するのは人として当然のことだろ?

アタシにとっちゃ、仮に一番じゃなくたって精一杯やってる、この街の活気が心の故郷になってんのさ。そんなこの街の人々を守ってやるのが、粋な恩返しってもんじゃないか」


「……なるほど、それで」



詳しいのも頷ける。この慌ただしい人の集まりを、どこか誇らしげに見つめる視線が全てを物語っている。

俺はそれがどうにも得難いものに見えて、少し眩しい。




「……って、ガラにもなくしみったれた空気にしちまったね。このお話はこれで終いだ。


で、お眼鏡に叶う代物は見つかったりしたかい?あるんだったら折角だ、買っていくといい」


「それなんですけど……その、言い辛いんですけど……えっと」


「なんだいなんだい勿体ぶって。

何せリクヤ殿と亜竜様はアタシらの命の恩人さ、気兼ねはするだけ野暮ってもんさ」


「いやぁその、そうは言いましても……ねぇ……」




うん、本当に眩しい。この底抜けの善意が眩しい。そしてとても辛い。


市場といったら物を買うところだ。王国のあらゆる品が集まるというこの朝市は、正にその中でも選りすぐりのものだろう。俺も欲しいものは実際沢山ある。

だが、冷静になって考えてみてほしい。


物を買うには何が要るでしょう?

そしてそれは、ずっと森で暮らしてきた俺たちが手にできるものでしょうか?


────フィズにも事前に釘を刺しておいたんだ。

今回俺たちは、下手をしなくても指を加えて”見てるだけ”で終わるだろうって。


と、言うのも。



「その、大変お恥ずかしながら……



実は俺たち、無一文でして………」



「……ん?


……えーっと、そいつはつまりどういう意味の冗談で?」



「いやその、冗談ではなく」


「……亜竜様?」


「うむ。私は無論人間の作ったものなぞ持ち合わせておらんからな。リクヤが無いと言うのならそうなのだろう」


「誠にお恥ずかしい……」






この時の呆気にとられたマヤさんの顔を、俺は忘れることはないだろう。




────まぁ、そりゃ、森に金は落ちてないし、ね。

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