1-12 王都にて feet.転生者

◆王都インティシウム:【ナナシ・リクヤ】



「……まともな礼状なぞもなく、このような形だけのものとなってしまって申し訳ないが……この度の事、本当に感謝している。王として、そして一人の父親として、礼を言わせてほしい」


「い、いいえ……と、当然のことをしたまでですよ、えぇ……」




謙遜とは、日本人の気質を最も如実に表しているものだと言った者がいた。

つまり俺は根っからの日本人であるわけだ。今このとてつもなく不馴れな環境と待遇に、内心滝の汗を流している。


相手は重厚な作りの玉座に腰掛けながら、しかしこちらに丁寧に礼儀を尽くしてくれる。

流れる白い髪は老いを感じさせるが、しかしその佇まい、視線共に確かな風格と呼べるものがしっかりと籠っている。

俺は背筋を伸ばし、顔を強張らせ、なんとか言葉を返す。




きらびやか、豪奢、荘厳。貧相な平民の分際ではとてもじゃないけど手が届かない空間。それは磨き抜かれた大理石の床であったり、目にも鮮やかな深紅のカーペットだったり、目映い装飾がこれでもかと施されたシャンデリアであったり。そんな所に今俺は立たされている。


この「謁見の間」だけで、俺が住んでいたボロアパート何部屋分の広さがあるのだろう。まずはじめに通された客人用の待ち合い室ですら、目が眩みそうなほど上品で厳かな空間で卒倒しかけたところなのに、立派な玉座が鎮座し、道の両脇を屈強な騎士たちが占めるここにいざ通されたときの、俺の心境を考えてみてほしい。



『い、い、い、居づれぇぇぇぇ……いたたまれねぇぇぇぇ……根っからの貧乏人に、このスーパーロイヤルルームは残酷なほど場違いだって!!!』


『ちと人間が多いが……物が多くてただっぴろいだけではないか。しかも今お前は称賛を受けておるのだ、もうちっと堂々としておれ』



念話にて、隣にいるフィズ───広いとは言え、流石にドラゴンの姿で入るわけにもいかなかったのでロリ形態───にそれとなく助けを求めてみたが、残酷に突っぱねられる。




というわけで、俺は今ファンタジー世界の象徴とも呼べる場所、王国のお城に連れてこられていた。





「その所以がどうであれ、我が娘と、我が国の騎士、多くの命を救ってくれたのは紛れもない事実。

……褒美、と言ってしまうのは最早おこがましいな。とにかく、何かしらの形でお礼をさせてもらえないだろうか」


「いやいやいや、そんな畏れ多い……」


「いやいや、それではこちらの気が……」


「いやいやいやいや……」




かれこれこんなやりとりを十分くらい続けている。俺自身この空間とこの待遇に相当疲れてしまっているので、そろそろ本当に勘弁してほしいところだ。

なにせお相手がいけない。俺が過ごしていたワスカ村を領土に内包するところの「インティシウム王国」の、映えある現国王陛下ですよ?


現実世界でも平凡な一般市民だった俺が、異世界でいかに力をつけようが、染み付いた平民の感性や根性なんてものはまったくどうしようもないのだから。

加えて学生時代のちょっとした表彰式にも出られなかった俺だ。緊張なんてものを通り越して、今はもう罪悪感すら感じている始末。


曰く、「何十年に一度の逸材」「伝説の再来」「奇跡の討伐劇」───まことしやかに語られているのは、どうやら俺の活躍らしいのだけど、まったくもって実感が湧いてこない。





───あの後、俺は『救済器』ニルヴァーナを起動し、魔法も併用して確実に”穢れ”にとどめを刺すことには成功した。


が、よくよく思えばあれは実に浅慮で、軽率な行動であったと今は強く後悔している。

即ち、いくつかの大きすぎる誤算があって、こんな状況を招いている。



1つ。助けた一団が王国の旅団であったこと。冷静に考えてみれば、装備がしっかり統一された騎士を要する旅団なんて、王国の関係者以外に考えられようはずもない。


2つ。軽率に覚えたての魔法を景気よくぶっぱなしたこと。この世界における魔法の重要性を今一つ理解できていなかった。今更ながら、第漆等級魔法は人間がおいそれと撃っていい代物ではない。


3つ。フィズの正体をあっさり見せたこと。そもそもこの王国におけるフィズの種族への評価って言うのもよく調べておくべきだった。



で、この要素を纏めて、現状の俺の評価とするとこうなる。


『どこからともなく颯爽と現れた、第漆等級の固有魔法を行使できて、伝説の亜竜を引き連れていて、得体の知れない超パワーの左腕を隠し持つ、正体不明の通りすがりの旅人(仮)』



……いや、なるべく穏便に、目立たず、波風立てずに都に入りたかったわけだが、これはいかん。得体が知れないどころの騒ぎではない。下手すりゃ王国随一の注目人物となってしまう。

しかもそれを王国を警備する立場でもある彼らに見られたということは…………とんでもなく不味い。俺がその立場なら絶対警戒して近づかない。これじゃワスカ村の二の舞だ。




────と思っていたのだが。


一部始終を見ていたであろう王国視察旅団御一行は、俺がクエストの合否を確認する間もなく引き返してきて、


どういうわけか、えらく興奮と尊敬と畏怖のこもった熱い称賛を俺に浴びせ、そのまま「どうしても礼をしたい」ということで俺たちを半ば強引に王都に招待してくれた……というわけ。


そこで俺は、それはもう非常に遅まきながら、助けた一団のご身分を理解し青ざめ、城を見て冷や汗を流し、そのまま中に通されて胃がキリキリと痛みだし、こともあろうか国王陛下が直々に話したいということで一周回ってなんとか腹を括るに至る。




状況が結局よくわからんって?大丈夫、俺もよくわからん。わからんものを説明してもそりゃわからんわなってことだ。




「……埒があかんな。国王とやら、私から提案がある」


「お、おいフィズ!?」



半ば現状を放棄しかけていた俺を見かねてか、フィズは唐突に国王に声をかけた。

あまりに平常運転で、あまりに無遠慮。俺は心臓をぶっとい針で突き刺される思いだった。



『馬鹿野郎なにをやらかすつもりだ!!こちとら国王とかどっちの世界でも会ったことないんで、対応に失礼がないかとかで、この場に来て拙い社会人スキルフル導入でやり過ごそうとしてんのに!!しまいにゃストレスで禿げるぞ!!!』


「やかましいぞリクヤ、今私が話すゆえ静かにせよ。


───して……よいか、国王よ」


「勿論。何なりと申されよ、伝説の亜竜よ」



えーなにこのいかにも強キャラですみたいな立ち振舞いは……っていうか初対面ですよね?あの、失礼じゃないですかこの幼女?なに満更でもないですみたいな顔して澄ましてるんだ。




「うむ。では聞くがよい。


さしあたって……まずはこの男とこの私が、貴様らにもたらすものがなんたるかをな」



そして、フィズは堂々と語った。


結論から言えば、俺は生きた心地がしなかった。





◆金の沢蟹亭:【ナナシ・リクヤ】



「どうしてこうなった……」


「当然の流れだ。むしろ私の秘められた外交の才能に感謝するのだな!実際私自身も驚いている!

そしてこの”ベッド”とやら!なにやらやわらかくて気に入ったぞ!」



気に入ったぞ!じゃねえよ。子供みたいに跳び跳ねて遊ぶんじゃありません。



「……しかし、末恐ろしいほどの好待遇だなぁ……なんなんだろうなぁ……」



俺たちは今、王都内でも指折りの快適さともっぱらの評判の宿屋にて、ほぼ無償で宿泊させてもらっている。

清潔なシーツにやわらかなマットレス。確かにベッドは最高だ。加えて室内は落ち着いた雰囲気の内装であり、派手さや絢爛さが無く控えめなのがむしろ心地よい。しかし設備になんら不満があるわけでもなく、衣装棚もテーブルも、しっかりと手入れが行き届いている。


なんだかんだ言いつつ、俺も一月ぶりのベッドを堪能しているわけだった。




……さて、あの後どんなことがあったのか、正直まったくもって語りたくはないのだけれども、説明しなければなるまい。



いやまぁ、王の「お礼」がコレというただそれだけのことなんだけども。


フィズが出した要求は、「王国での長期滞在の援助と王国での案内」であった。


そして、それを認めさせるためにフィズが語ったのは、要するに「自分達はこんなことできるからすげーぞ」ということ、すなわちドラゴン式ダイレクトマーケティングであった。


…………具体的にどんなことを語ったのかは、ちょっと俺の口からは言えない。あのときフィズの口からそれはもうまことしやかに語られた”隻腕の魔術師”とやらは、きっと俺ではない。断じて。



ただ、1つだけ言えるのは、この国の住民は皆揃って栄華や名誉、武勲で満ちた物語が大好きである、ということ。

結果俺たちが拍子抜けするほどスムーズに要求を認可されるのはおろか、すっかりもて囃されて、このようにあっさりと受け入れられているのは、つまりそういうことからなのだろう。


その昔、未だこの土地が名前のない大地だった頃に国を開拓した、初代国王をはじめとする『英雄』に纏わる魔法と冒険の逸話や叙事詩は、この国に根強く浸透しているとのこと。『結晶竜』クリスタル・ドラゴンもその冒険譚の1つに登場した存在で、その叡知と結晶に秘めた魔力で先代の王を助けたのだとか。




「……とはいえ、この国の風土の問題だけではあるまい。実際、お前は彼らの信頼と称賛を勝ち取れる仕事をやってのけたのであろうよ」


「ないない。たまたまだよ、巡り合わせがよかっただけ」



フィズはそんな風に言うが、俺はどうにもそうとは思えなかった。

無論、彼らを助けたこと自体には何の後悔もないし、今でも正しいことをしたという気持ちはある。



「やれやれ、お前というやつは本当に……なのだな」


「……なんだよそれ」


「言葉の通りだ。リクヤ、お前はちと自己評価が低すぎるきらいがあるということだ」



いつの間にかフィズはベッドで跳ねるのをやめ、うつ伏せに寝そべりながらこちらを見ている。

ため息をひとつ、かぶりをふってフィズは続ける。



「お前の境遇を考えれば、なるほど確かにそんな感性になるのも納得できようものだ。……が、それではただ空しいだけではないか。


お前、いつか私に言っただろう。自分にはないものを、他の輩は皆持ち合わせておると。……人に認められたいと欲するならば、まずは評価を求めなければ話にならぬのだ」



フィズは語る。俺はそれが、どうにも得難いものに思えて、言葉を濁す。



「……でも、そんなのは」


「くどい。そもそも王城での態度こそ、お前の嫌う”悪目立ち”であろう。


確かに、無償の愛と自己犠牲の精神のみで人を救う聖人もこの世には居よう。私もそれは否定はせん。……だが、それらの行き着く果てはみな孤立と隔離だと相場が決まっておる……リクヤ、お前はそんな聖人君主になりたいのか?」


「…………そんなわけじゃないけどさ」



どうにも、俺自身が、俺自身のみの力でここに立っている訳ではないように思えるから、この世界における俺のすべてが、不相応に思えるから。そんなもやもやとしたつっかかりが無数に胸を刺すのがどうにも居心地が悪くて。


そしてそれをうまく説明できなくて、俺は珍しく不機嫌になっているらしい。

だから、フィズの追求にもちゃんとした返しも用意しないまま、柔らかなベッドへと体を再び沈める。



「今後はその辺りから見直していくべきかもしれん……とはいえ、先程の言葉は受け売りでな、私の知見というわけではない。


……明日から都を見て回る手筈になっておる。それに文句を言えるわけでもあるまい?」



そう要求したのはフィズなので、非常に突っ込みたい気持ちはあったものの、とりあえず今は心労からくる疲れがどっと押し寄せてきている。色々と思い悩むのはとりあえず明日からにしようと、俺は持ち前の切り替えの早さで割り切ることとした。



考えてみれば、金銭や地位とかじゃないだけ気苦労もなくていい気もする。果てしない罪悪感というか、得体の知れない後味の悪さに目をつぶれば、だが。


きっとそれも贅沢な悩みなのだろう。凡夫が持っていける落としどころとしてはこの辺りが関の山だと諦めて目を閉じれば、直ぐ様心地よい睡魔の誘いがやってくるのだった。




──そして、それからというもの。


毎日は劇的に、目まぐるしく過ぎていくこととなる。


人の暮らしとは本来そんなものだと、思い知りながら。

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