1‐11 『魔力の射手』《マナ・シューター》

「し、死ぬかと思った……」



フィズの背中から半ば転げ落ちるように地面に降り立った俺は、未だ自分の手足がくっついていることを確認する。……ま、左腕は元から無いけども。



あれから俺たちはマップとアイコンに従って、すぐにこの一団が魔物モンスターと交戦しているのを発見した。


フィズがその鋭い視力で人間側が襲われているのだと確認すると、とりあえず救出することにした。




理由としては、その魔物モンスターが、フィズにも宿っていたものと同じ正体不明の「闇」──クエストが指し示す”穢れ”であると確信したことが一つと、




三体の魔物モンスターが、森で何度も狩ってきた《フレッシュリィ・ボア》であることがわかったのはいいけれど、それが何らかの理由で、"通常よりも強力で凶暴な個体"へと変貌していたことが気になったからだ。




『ふむ、久方ぶりに暴れたな。ここは勝ち名乗りでも上げるとするか!!』




何やら、やたらと昂っている様子のフィズは、念話で───契約により獲得した、俺たちの間だけで成立する無発生式会話能力。原理はわからん───一方的に意思だけ伝えると、天に向かって咆哮。凄まじい声量で耳が痛い。




「なんとか間に合った……のか?」





さしあたって、先程まで《フレッシュリィ・ボア》と交戦していた面々を確認するが、一応まだ目立った外傷は無かったようでひと安心だ。しかし、彼らの後方に目を向けると、そこには




無惨に破壊され尽くした馬車の残骸に、既にやられてしまったのであろう騎士らしき亡骸の姿があった。




完全に守りきれた訳ではなかったようだ。苦い罪悪感もあるが、その点は「俺は間違っても正義の味方なんかじゃない」と、自戒しておくこととする。


分かってるさ。今俺ががやっているのはただの自己満足で、フィズは良くて奴らは駄目という綺麗事で、偽善だ。




『……フィズ、体の方に何か変わった所はあるか?』


『いや、今のところは特に何もないな。触れてこちらにも移ってくるということはないのかもしれん』


『……わかった。でも心配だから警戒だけはしておいてくれ。後は……俺がなんとかやってみるから』




フィズに突撃させたのは現状打てる手の中で最も効率的な───因みにフィズ考案。俺はフィズがまたドラゴンに戻れることすら知らなかった───ものだったが、同時にまたフィズが"穢れ"に囚われないか、という懸念もあった。



念話はこういうときにも手早く意思疏通ができて非常に便利だが、今はそんなことに感動している余裕はない。俺は呆けたようにフィズに見入る彼らに声をかけてみる。






「……大丈夫ですか?」


「あ、あぁ……いや、アンタらはいったい……」




褐色の肌を持つ、黒髪を結わえた女性が応えた。なにやら見たことがない紋章が記された革鎧レザー・メイルを着ており、手には剣を携えている。顔立ちがどことなく、俺の本来の故郷である日本の人間に似ているように見える。



しかし、彼女の疑問も至極当然のもので、そんな問いが帰ってくるのは想定の範囲内だ。だから俺は用意していた定型文で返す。




「通りすがりの旅の者です。たまたま近くを通りかかっていたらこんなことになっていて……何があったんですか?」


「……へっ、最近の旅人ってのは伝説の亜竜を引き連れてるのかい?


……あーいや失敬、助けてくれたことは感謝するよ、旅人さん。だけど、暢気に自己紹介してる暇は無さそうだ……アルマールの爺さん!いい加減正気に戻ったほうがいい!」




戦士然としているだけあって流石と言うべきか、女性はすぐさま立ち直り、冗談まで挟みながら応えてくれた。よかった、フィズのことと俺の容姿のせいで、助けてもかえって警戒されるんじゃないかと思っていたけど、杞憂だったみたいだ。




「……はっ、そうですな。


いやはや、こちらからもお礼をさせて下さい、旅のお方。危ないところを……伝説の存在に助けられるとは、光栄の極みです」



白と青を基調としたゆったりとしたローブと、首から提げたタリスマン、携えた杖は、まさにRPGにおける魔法職然とした佇まい。ナイスミドルと呼ぶべき年齢であろう男性は、フィズの事を感嘆と感激で満ちた目で見つめている。




『ふふん、この人間は我ら同胞の事を少しは理解しておると見えるな』



「おいおい、あんたまだ呆けてるんじゃないかい?まだまだ奴さんはやる気みたいだよ!」




鼻息を荒くして得意気なフィズを、そして放っておいたらフィズを拝みだしそうな勢いの男性を尻目に、女性は油断なく剣を構える。




その通りだ。まだ戦闘が終わって、現状を脱したという訳じゃない。俺も未だ健在の二頭の《フレッシュリィ・ボア》へと向き直る。見れば、フィズにぶっ飛ばされたもう一頭も、HPの六割がたを失ってはいるが、のろのろと立ち上がってこちらを向こうとして入る。




「ブギッ、ブギギィ!!」


「ブルルッ、ブギーッ!」




同胞が吹っ飛ばされたことで怒っているのか、奴らは猛り狂ったように牙を振り回している。



やはり妙だ。通常の《フレッシュリィ・ボア》も確かにかなり大型の部類の魔物モンスターだが、今のこいつらのように人を優に超えるほどではない。それになんだか牙の形状も変わっているようだし、そもそもこいつらは元々”臆病”なのだ。こんな風に積極的に人を襲ったりはしない。




加えて、さっきから左腕の金具が妙に熱い。俺も俺で、なんとなくこいつらを見ていると、行き場のない憤りのようなものがふつふつと沸き上がってくる。





「とりあえず、ここは俺たちが何とかしてみます。お二人は他の人と一緒に下がっていてください」




これは見栄や英雄願望からくる発言ではない。上手く説明できないれど、あの”穢れ”を再び見たときに抱いた、切実な使命感のようなものが半分。


そして半分が、もしまた化け物と呼ばれるかもしれないという、未だ引きずっている怖じ気からだ。




また『救済器』ニルヴァーナを起動して、”自分じゃない何か”が何かをしでかすかもしれないなら、人目が近くない方が気楽でいい。




そんな俺の意思を知ってか知らずか、女性はすんなりと申し出を受け入れてくれた。




「……わかった。正直まだ何が何やらよくわからんが……感謝する、本当にありがとう。


────しかしな旅人さん、その剣で戦うってんならやめた方がいい。あいつの毛はやたらと固くて、生半可な剣撃は通りゃしないんだ」


「加えて、痛覚が存在しておらんようでして……あまつさえ、獣が本来嫌うはずの炎の魔法でも、お構い無しで突進してきます。くれぐれもお気をつけて」


「とはいえ……どういうわけだかさっぱりだが、伝説のドラゴン様はアンタの味方なんだろ?もし、何とかしてもらえるんだったら、お節介にもなりゃしないか!」




そう言って彼らは、鎧の騎士達と共に下がっていく。──後でお礼がしたいから、絶対死ぬなよ、とか、フラグめいた発言でちょっと俺の決心を揺らがせつつ。不幸中の幸いなのは、彼らが”穢れ”を知らないにせよ、警戒心か何かから深い接触をしていないということだ。




しかし女性の発言も最もだ。何せこちらにはフィズもいるので、迷いなく撤退に踏み切ったのだろう。


確かに、通常の個体より強化されているらしいこの《フレッシュリィ・ボア》三頭が相手でも、フィズは危なげなく圧勝するだろうという確信がある。


しかし、もし仮になにかあったとして、それを『救済器』ニルヴァーナでどうにかできたとしても、フィズにまたあんな思いをさせる可能性のある手段を取らせたくない。





『本当なら、さっきの突進だって反対だったんだぞ』


『……う、うむ……許せ。確かに少し軽率であったかもしれん。しかし、ならばどうする?

お前がどうにかするとして、危険性の有無は変わるまい?』





俺には一つ考えがあった。それを実行に移すべく、意識を集中し、右手を三頭のうち一番手近な──俺の動きを悟ったのか、怒り狂った咆哮をあげて、突進してくる一頭に向ける。




フィズと契約を結んだ後の一週間、俺は何も本当にのほほんと暮らしていたわけではない。




森で俺は、新たなる『職業』クラスを獲得するに至っていた。




インベントリから取り出すのは、輝く結晶のついたペンダント。それを首から提げて、深呼吸。




イメージするのは、体の中を循環するエネルギーの流れ。


それを右手の掌へと集め、放出し、空中へと散布する。




それを一定領域内に固定し、今度はそれを圧縮する────リクヤの体はうっすらと青白く光を放ち、稲光めいたスパークと共に、魔力光が円陣を構築していく。




圧縮に圧縮を重ね、一粒大にまで圧縮したそれを、今度は別のイメージに置換する。曰く、それは魔力の円筒。圧縮されたものを加速し、解き放つための────青白い魔力の奔流が、幾何学模様の術式を構築していく。圧縮、固定された魔力塊は、行き場を求めて唸り声をあげる。






それは、”最も単純な攻撃魔法”にして、世界に担い手は未だ一人。




俺は右手を、その魔法の名に相応しい形へと握る。────人差し指、親指をぴんと張った、"銃"を模した形へと。





そして俺だけの魔法を叫び、放つ。




「”魔力投射魔法”、第漆等級……


『魔力弾丸』マジック・バレット!!」





◆サーミリヤ大森林:【ナナシ・リクヤ】



それは一週間ほど前。




「魔法?」


「そうだ。剣を振るっておるので魔術師ではないと思っておったが、しかしお前は完全にそちら向きであろう」




森で過ごしているとき、ふとフィズが俺に聞いてきたのが始まりだった。



曰く、俺の魔力量は人間の中ではけた外れに多いらしく、それを生かさないのは惜しい、と。



しかし俺はどちらの人生においても魔法とは全く縁のない生活を送ってきた。残念ながら魔法についての知識もなければ、それを使う方法も知らない。


森で狩りをしていて、「戦士」ファイターとしてレベルが上がって、新しいスキルを習得したりすることはあっても、魔法に関連する何らかを得ることは無かった。






『魔法』──ひいては、『魔力』。この世界において、自然は言うに及ばず、あらゆる生命に宿っている神秘のエネルギー。


古来より、それを用いた特殊な技術、技法の事を総じて魔法と呼ぶ。




「我らの種族は魔力と強い繋がりを持つ。何せ我らの結晶は魔力を貯め、魔法の力を引き上げるにはこの上ない触媒になるからな」


「へぇ、それだから希少種族とか呼ばれてる訳か……」



そんなこんなで、なし崩し的にフィズと魔法の練習とやらをすることになった。




「とはいえ、私も魔法を行使できるという訳ではない。同胞の中には使える者もおったが、私は未だ未熟ゆえな……しかし、ノウハウと多少の知識なら伝え聞いておる。リクヤにはそれらを教えてみるとしよう」


「ふーん……で、まずは何をすりゃいいわけ?」


「まずは魔力を感じることからだな。試しに周囲の魔力の流れというものを捉えてみよ」




という風に始めたのだが……何度も言うが、俺は魔法なんてものとはほど遠い生活を送ってきた人間だ。いきなりそんなことを言われてもできるはずもなく、練習は最初から進展しなかった。



見かねたフィズは、俺に難癖を散々つけたあと、また血を要求してきた──このときまた容赦なくかじられそうになったので一悶着あったけれども。


曰く、『結晶竜』クリスタル・ドラゴンは魔力を感じとる力にも優れているので、そこを契約の力で深く共有すればよい、とのこと。





それからは、世界が別物のように見えるようになった。


大地が、木々が、見上げる空さえも。世界が隅々まで輝いて見える。ぼんやりとした光と色のイメージというか、残像というか。

───まぁ、うん。……俺の美的センスが残念なのでうまく形容できないのが非常に無念でならないが、とにかく、これが魔力なのだということが分かる。


ふと意識を俺の内側に向けると、なるほど確かに膨大な光があるのがはっきりとわかる。これが俺個人の魔力ということなのだろう。

そこからは、言われた通り周囲の魔力の流れを掴むことに努めた。


はじめはあまりに見えすぎて酔ってしまうほどだったが、契約による共有なのでONとOFFの切り替えも可能と非常に融通が効くのが救いだった。




そしてフィズの提案で、魔力の操作補助の効果を持つ、フィズからとった水晶でペンダントを作り、練習に打ち込んだ。



俺もフィズも予想だにしなかった結末へ向けて 。





◆ガルム平原:【ナナシ・リクヤ】



────閃光と共に、ごく短く、甲高い空気を切り裂く音が鳴る。


彗星のごとく尾をひく蒼白の光の弾丸は、瞬きする間もないほど高速で飛翔。狙い違わず標的の眉間に直撃して……




「ぐぎゅっ」




あっけなく、いとも容易く”貫いた”。



鮮血と脳漿を、ぽっかりあけた風穴からどぼどぼ滴らせながら、突進を続けた巨大な猪は、やがて足をめちゃくちゃに動かし始め、躓き盛大に転ぶと、そのまま二度と動かなくなった。



死体となった奴の体から、蠢く”穢れ”が暴れ狂いながら這い出てくる。


しかし、”穢れ”は一旦太陽のもとに引きずり出されると、もがく以外に何もできないと見えて、俺は作戦の成功を確信し、ほっと胸を撫で下ろす。



ここまで上手くいくと思っちゃいなかったが、狙っていたことはシンプルだ。


俺は”穢れ”を、”他の生物の肉体に寄生し、宿主を凶暴化させるなにか”というアタリをつけた。そこで、宿主の息の根を止めてしまえば、なんとか止められるんじゃないかと考えたまでのこと。


そして、俺が使った『魔法』のタネも、明かしてみれば単純なものだ。





───多種多様な『魔法』の中に、『魔力投射魔法』と呼ばれるものがある。


曰く、"純粋な魔力を手繰り、破壊力を伴わせてそのまま放つ魔法"。

概要は至ってシンプルだが、全ての魔法の土台となりうる要素を兼ね備えており、魔法としては基礎中の基礎と言われる代物である。そのため、『魔術師』ウィザードを志す者なら誰しもが必ず一度はこの魔法を修める。




『魔法』には複数のランク分けがなされており、最低ランクの第拾等級から、玖等級、捌等級、漆等級、陸等級、伍等級、肆等級、参等級、弐等級、壱等級と10段階まで存在する。

人間の魔術師ウィザードならば、第捌等級まで扱えれば優秀とされ、第漆等級ともなれば極一握りの天才のみが、第陸等級は人間が扱える限界の魔法で、伝説に語られる英雄のみが行使できたとされる。


『魔力投射魔法』は第拾、第玖等級にそれぞれ1つずつ、つまり魔法としては二種類しか分類されるものが存在していなかった。

そのため、攻撃魔法としても性能は低く、力のある『魔術師』ウィザードなら、わざわざ『魔力投射魔法』を用いることはない。




だが、俺はその『魔力投射魔法』の"非常に仕組みが単純である"点に目をつけ、自分なりのアレンジを加えて、俺だけの『魔法』とすることに成功した。



自身で開発した新たな魔法のことを『固有魔法』オリジナル・スペルと呼び、それを3つ以上獲得した『魔術師』ウィザードは、その魔法群を固有の"流派"として保持することができるようになる。


今使った『魔力弾丸』マジック・バレットも、俺の『固有魔法』オリジナル・スペルの一つであり、これが森での練習の成果だった。


魔力に形を与えてぶつけるだけの魔法、第拾等級『魔力弾』マジック・ミサイルを参考にして─────俺の持つ、人間離れした膨大な魔力を、圧縮に圧縮を重ねることで高密度の魔力の塊とし、それを加速させて撃ち出す。

仕組みは我ながら笑えるほどに単純だが、威力と弾速は申し分ない。第漆等級というクラスに相応しい性能をもった魔法と言えよう。



これは、所謂発想の転換というやつだ。

『魔法』という概念が存在しなかった世界に住む俺だから、まず第一にシンプルであり、仮に不馴れであってもまともに行使できるような魔法の形を求めた。

その結果が、誰も玖等級の先を目指さなかった『魔力投射魔法』というわけだ。




魔力を"弾"へと変換し、それを射出することで攻撃する魔法群。

それらを携えた俺だけの流派。世界に担い手が一人しかいないために『固有職業』エクストラ・クラスなるものに認定されたらしいこの能力。





名を『魔力の射手』マナ・シューターという。






「……よく見てた無双プレイとか、転生してからも正直雲の上の話だと高を括ってたし、いざやってみたらそんな楽しいもんでもないなって感じだけど……」



いろいろな感情を一旦置いておいて、まずは深呼吸。そして再び右手を構え、それでも半狂乱で突撃の姿勢を見せる奴らを見据える。



なんだかどうしようもなく腹が立つ。目の前のこいつらを我慢できない。


全くもって俺らしくないはずの、こんがらがった感情が止められない。



「こちとら、自分と他人の命がかかってるんだ。精々で………勝たせてもらうぞ」





再び、魔力の輝きが迸る。




緊張と興奮で火照る体とは裏腹に、どこか心が凍てつく侮蔑の感情で支配されていくのを、他人事のように感じる。



残る二体の”穢れ”を前に、貫き、砕き、更に確実に処理すべく、冷たい声音で呟いた。






「来い……”救済器"ニルヴァーナ

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