1‐10 強襲

◆ガルム平原:【王国視察旅団】


ガルム平原には、人が行き交うことで踏み固められた路面が存在しており、旅をする馬車などはその上を沿って走行する。


たった今も、立派な拵えの馬車の一団が通行しているところだ。




「姫様、そろそろ王都が見えてくる頃合いかと」


「まぁ本当に?……楽しかったけれど、あっという間でしたね」




揺れる馬車の中には、硝子窓が設置されており、そこから外の様子を伺うことができた。インティシウム王国第三王女のサフィラは、身を乗り出して窓から外を眺める。



「はは、とはいえ隅々まで見回ったもんで、これでも歴代最長って話ですが?」


「あら、そうなの?こんなに楽しい行事、お兄様方ももう少し楽しまれたらいいのに……」


「そいつは勘弁して頂きたい。こちとらこの一ヶ月、腕が鈍って仕方がないんだから……」



サフィラの言葉に冗談で返すのは、褐色の肌を持つ黒髪の女性だった。彼女は「インティシウム王国聖騎士団」に所属する騎士の一員、マヤ・サザネである。


元々極東の地からの移民であった彼女の祖先は、紆余曲折の後王室と深い関係をもつようになり、彼女も今では王室の剣術指南役に任命されている。



女性でありながら「王国随一」と呼び声高い剣術の腕を持つ彼女は、聖騎士団の中でも”四本柱”クアッド・ピラーと呼ばれる頭領格の一人であり、気さくな人柄からサフィラとも親密であったために、今回の「領土視察」における護衛役に抜擢された。



「……ということで姫様。ここは一つ、帰ったら国王陛下に……」


「はいはい、休暇申請でしょう?別に頼むのはいいけれど、訓練ならば城内でもできませんか?」


「ふふん、流石にこれは姫様でもわかりゃしない領分ってもんでね。今度ロンドにでも聞いてみるといい」


「えー、こほん。盛り上がっているところで恐縮ですが……お二人とも、小休止のお時間ですよ」




割って入ったのは、眼鏡をかけた白髪混じりの男性だった。


彼は聖騎士団と双璧を為す、国防の象徴「宮廷魔術師団」の長、アルマール・ローレンテス。現国王の王子時代から共に歩み続けてきた良き理解者で、本来は外見よりもっと齢を重ねている。



知見に富み、管理職としての経験も豊富な彼は、様々な業務のまとめ役としても起用され、サフィラの兄や姉の「領地視察」にも同行している。



「お、もうそんな時分かい。では姫様、お手をどうぞ?」


「ありがとうマヤ。アルマールも、気を遣わせてごめんなさい」


「いえいえ、お気になさらず……マヤは少しばかり気を許しすぎですが……ね?」


「へっ、悪いけど、この喋り方と性格は一族の伝統でね。慣れてくれとだけ言っとくよ」


「やれやれ、困ったものです」




苦笑するアルマールを横目に、サフィラはマヤの手を借りて馬車から降り立った。初めのうちはこういうちょっとした動作で、土が服につくのが気になっていたけれど、今ではどうということもない。


皆「姫様もたくましくなられた」と笑ってくれている。




今回の旅で、数えきれないほど沢山のものを得ることができた。それはまた王宮暮らしに戻るのかと思うと、名残惜しくなるくらいに。


こんな生活がずっと続いたら、どれだけ刺激的で満ち足りたものになることだろう。サフィラはそんな益体のないことを、互いを労いあう従者達の姿をぼんやりと眺めながら、考える。



知らない景色、知らない人々。──そして、知らない我が国の実情。



何一つ問題なく運営できている国家などあり得るはずもなく、当然、我が国にも対応していかなくてはならない問題も沢山ある。


サフィラは一ヶ月のこの旅で、誠に不肖ながら、自分がいかに世間知らずな娘だったかを思い知った気持ちでいる。


帰ったらお父様と色々な話をしよう。兄上のお仕事を見学させてもらうのも良いかもしれない。そんなことをふと考えていると




「……大変、よいお顔になられましたな。出発の時とは別人のようです」


「そうかしら……私、まだまだ学ばないといけない事が沢山あります」


「それでよろしいのです。姫様の兄上も、姉上も、お父上も……そうしてみな、この国を知り、己を学んだのですから」


「お父様も?」


「えぇ。……いやはや、こうして見ると、国王陛下に大変似ていらっしゃる」




そう言って微笑むアルマールの目は、底知れぬ暖かさと、在りし日に想いを馳せる儚さが見てとれる。王宮にいるときはあまり話をする機会がなかったが、今後からはもっと話を聞いてみたいと思ったところで



「話し込んでるところ悪いけど邪魔するよ」


「構いませんよ」




周囲を見回ってくると離れていたマヤは、先程の返しと笑みを浮かべて走ってきた。場が和むが、マヤはすぐに真面目な顔に戻し言う。



「さっきからなんか騒がしいと先の見張りが言ってるんだ……”森林”の方が怪しいらしい」


「なるほど。そういうことでしたら一応私も伺いましょう」




アルマールは王国内でも有数の『魔術師』で、全盛期より衰えたとは本人の談ではあるが、それでも第捌等級までの魔法を行使できる。


中でも周囲の生命体の反応を知覚できる『探知魔法』は、旅の安全確保に非常に役立っていた。



今馬車が止まっているのは、サーミリヤ大森林と呼ばれる、”霊脈”レイ・ラインが通った魔法の森が近い場所だ。森には凶暴で危険な魔物モンスターも数多く生息しており、人間は滅多に近寄らない。


しかし幸いなことに、魔物は森から出て活動することは基本的になく、もし仮に遭遇したとしても、森から出ることさえできたなら安心してよいというのが通説だった。



”一応”と言ったのは、彼もそれを知ってのことであり、現状マヤも、見張りの勘違いか何かだと薄々思っていたのだが……




しかし、アルマールが腰をあげたところで、それは起きた。




「全員注意しろ!

何かがぞ!!」




鋭くマヤが叫ぶ。次の瞬間。



地響きと共に、森の木々が砕け散った。




闇そのものを練り固めたような、四つ足の何かが、もうもうと土煙をあげて、馬車目掛けて突進してくる。




「くそっ、今日って日に限ってついてないな…ありゃ間違いなく魔物だ!!」


「各員警戒体勢!姫様をお守りしろ!!」




鋭い声が飛び、そこは戦場へと変わる。





◆ガルム平原前:【ナナシ・リクヤ】



「ん、なんだこれ……って、これは……!」


「む、どうしたリクヤ」



森を出て間もなく、早速俺たちは足を止めることとなった。



俺がメニューウインドウからマップを見ていると、唐突にクエストの項に丸い枠で囲まれた「!」のマークが。もとの世界でアプリをやっていた癖で何気なく押すと、ウインドウが勢いよく目の前に開く。



『”近隣に発生した世界の穢れを排除せよ”』




簡潔な文章と共に、見慣れた矢印状のアイコン。制限時間は10分と非常に短い。



「フィズと出会ったときと一緒だ……ってことはまた…?」


「なに、私と会ったとき?……ということはあれか、お前の言うとおりだとしたら、また何かが暴れておるということか?」



フィズには、俺のステータスウインドウ含めた諸々のことは話してある。半信半疑って感じだったけれど、アイテム作成機能をお披露目したら、恐らく魔法の力の類いなのだろうと納得してくれた。




「……嫌な予感がする……それに、なんだろう。よくないものの気配がするというか……」


「ふむ……とりあえず向かってみるとするか。放っておくわけにも行くまい。場所はどこなのかわかっておるのか?」


「あ、あぁ。森の外周をぐるっと回って向かいって所かな……あ、これは……不味いかもしれない。戦ってるらしい人間の反応がある!」



マップの表示規模を広げて見ると、複数人の人間の反応が確認できる。


俺たちはそうして、マップとアイコンを頼りに駆け出した。


嫌な予感と、生理的に忌避するような嫌な気配。そして、左腕の付け根の金具が熱くなるのを感じながら。




◆ガルム平原:【王国視察旅団】


「ブギィィィィィ!!!」


「マヤ、危ない!」


「……シッッ!!」



つんざく咆哮をあげて突撃してくる巨体を紙一重で回避すると、がら空きとなった横腹に、両手で持った剣の一撃を打ち込む。しかし────返ってきたのは、鈍い金属音とともに、剣を振った腕ごと飛んでいきそうな猛烈な反発。まるで分厚い壁に剣を叩きつけたような感覚だ。


上手く力をいなし、すかすことで体勢をなんとか立て直すと、あがった息を整える。






「"猛き炎よ、我が敵を撃て"───

第玖等級、『火炎』フレイム!」



厳かに語られるのは、炎の呪文。

詠唱したアルマールが、赤い宝珠の嵌まった杖を掲げると、空間に複雑な光の円陣が刻まれる。赤色の迸る魔力光は荒れ狂う炎の弾丸となり、相手の巨体に次々と突き刺さるが──



「ブルルルッ!」




巨体を焼き尽くすには至らず、不愉快そうな唸り声と共に相手は身震いし、容易く炎を振り払ってしまった。




「姫様を連れて後退しな!戦える奴だけ残ってればいい!!」


「そんな!あなた達を置いて逃げろと言うのですか!」


「第玖等級では通用しませんか……困った相手です……姫様、どうかお早く!」




戦況は、人間側が圧倒的に不利だった。



相手は人を優に超える巨体を持つ、巨大な猪のような姿をしていた。灰色の剛毛は刀剣をいなし、複雑な黒い模様が別の生物のように脈動している。特徴的なのはその異常と言えるほど刺々しく発達した二本の大きな牙で、それを用いた突進は馬車を容易く木っ端微塵にする破壊力があった。



全身からは常に黒い靄のようなものが立ち昇っており、それは呼気からも漏れ出ているようだった。瞳は充血しているのか深紅に染まり、口の端には泡が付着している。




「相手としちゃ不足なし……と、言いたいところだけど、こいつはマズイな。アルマール卿、ありゃ何なのか知ってたりするかい?」


「姿はサーミリヤ大森林に生息している《フレッシュリィ・ボア》なる魔物に似ていますが……少し様子がおかしいですね」


「とすると何かい?”希少種”ってやつかい?」


「というよりは……何か、魔法の力が関与しているのかもしれません。どちらにせよ、楽観できる状況ではありませんね」




何かに怒りを覚えているかのように、獣は地面をしきりに削る。


は禍々しい雄叫びを上げた。


───そしてさらにもう一頭、こちらを取り囲むようにゆっくりと移動してくる。




対する人間側は、革鎧の装備のマヤ、ローブの魔術師アルマール。護衛の騎士は複数いたが、今や幾度となく行われる突進の餌食に晒されて4人となっている。そして、従者に連れられ離れた位置にはサフィラがいる。



戦力は圧倒的に開きがあり、結末は誰しも自然と予期できるものだ。




────しかし、人間側の勝利条件は、決してこの化け物を打倒することではない。



「頭数ではこっちが上だが、奴さんには刃が通りゃしない……森の灰猪って言やぁ、ひよっこ騎士でも数がありゃどうにでもなる代物の筈なんだがねぇ……となると」


「やはり、ここは姫様だけでも逃げていただく他ありませんな」



「アルマール様のご指示です!どうか、どうかお早く!」


「嫌です!離してくださいっ!!皆を…皆を置いて逃げるわけにはいきません!」




従者が最後まで叫び抵抗するサフィラを馬車に押し込んだのを確認すると、戦う者達はみな安堵の笑みを浮かべた。



「さーて、泣き虫な姫様のために、なんとか無事帰るとしますかねぇ!!」




マヤの言葉に、騎士達は口々に鬨をあげて続く。



そして、その間杖を構え何事かを呟いていたアルマールは、それを高々と掲げた。





「"束ねし紅蓮、火球となりて降り注ぎ、大地を染めよ"───第捌等級魔法!


『火炎球』ファイア・ボール!!」




先程より複雑な円陣に、煌々とした魔力の光がみなぎる。周囲の空気を赤々と染めた、紅蓮の玉が、呑み込まん勢いで魔猪へと突き進み、深々と突き刺さって─────


爆ぜる。轟音と共に熱風が一団の顔を撫でる。



「おぉ!!」


「さすが魔術師長殿だ!」


「あぁ、これならば……!」


「おやおや、こりゃ案外ほんとに無事帰れるかもしれないね…アルマール卿、こんな隠し玉があるなら初めから…」




驚愕し、歓喜の声をあげる騎士達に続き、マヤも相手が見えなくなるほどの大爆発を起こしたその魔法に見入っていたが……


未だ燃え上がる火炎の中に、立ち続ける黒い影をみとめると、再び構えをとった。




「ブギィィィィィィィ!!」


「まさか……我が魔法の中でも指折りのものを選んだ筈であったが……」


「効いちゃいない……ってよりは、アレ、痛みを感じない類いのものだね、確実に」




剣術指南を勤めるにあたり、戦況把握能力にも秀でるマヤの言葉。アルマールは苦笑で現状の不味さを物語る。




大地を鳴らし雄叫びを上げる一頭に呼応するように、他二頭も突撃の姿勢をとる。


そして遂に一頭が身を深く屈めた後、勢いよく駆け出す。



リズミカルな蹄の重低音が、地鳴りの如く迫る。必殺の破壊力を孕んだ猛進が、矮小な人間を撥ね飛ばさんとする────しかしその刹那。




マヤの耳は、遠方より高速で接近するもう一つの地鳴りを捉えた。そして次の瞬間。






ごん、または、ずどん。重く、痛々しい肉の音。




「ブギュッッ!?!?」





間詰まりした悲鳴じみた鳴き声は───突如飛来してきた銀と黒の輝きに撥ね飛ばされた猪のものだ。



そのまま勢いよくぶっ飛んでいくと、荷台から転げ落ちた果実のごとく、ごろごろと転がって、止まり、びくびくと痙攣している。




あの強大な魔猪を、こうも軽々と吹き飛ばしたのは───




あまりにも大きく、小山か何かと見間違える巨体をもっていた。






「えっ……ハァ!?」




そんな間の抜けた声を、なんとかあげられたのはマヤ一人だ。


そしてそれに続いて、アルマールが震えながら前に進みだした。


眼鏡がずれ、口は空気を求める魚のように開閉し、目は普段の彼からは考えられないほどに見開かれて。




────その巨大なものは、夜の闇を固めたような、それでいて虹の光を放つ鱗を持っていた。


────その巨大なものは、太さだけで人間の胴体ほどあるような、がっしりとした強靭な手足を持っていた。


────その巨大なものは、光を受けてその輝きを変える、世にも美しい結晶を持っていた。



──────そしてその巨大なものは、





「……し、死ぬかと思った」




黒い髪と瞳を持ち、腰に変わった形状の剣を差し、何故だか左腕が肩口からスパッと無くなっている、青年を乗せていた。






「グルルル……グルバァァァァァァァァァァッッ!!」





大気を強烈に震わせ、天をも砕かん勢いの咆哮。騎士の何人かは完全に腰を抜かし、狂乱といった様相であった猪たちすら後ずさるほどの威圧感。



それは絶対的な強者の証。曰く、古くよりこの地に住まう伝説の亜竜。




「…く………


”結晶竜”クリスタル・ドラゴン………」






目の前にあるものが信じられないといった様子のアルマールは、ようやくその名前だけ、呟いた

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