1-8 それはきっと何よりありふれた……

絶句。そして驚愕。






………え、嘘だろ……昨日、あそこまで深い話をして、お恥ずかしい所も見せてしまったというのに。


何とも言えないやるせなさと、絶望。思わずそのまま座り込んでしまった。




『血盟契約』ブラッド・サインの仮契約は、成就してからおよそ24時間が経過すると自然に消滅してしまう。



「なんでだよ……」




弱々しい呟きを漏らす。結局、俺ではダメだったということだろうか。



しかし、本当にそうかもしれない。本来なら『結晶竜』クリスタル・ドラゴンはほとんど群れることなく生きていく種族。加えて契約相手が頼りない俺だったとしたら………ありえないことではない。


いくらが知性があって、命を助けられたからといって、所詮俺達は住む世界も、抱える価値観も全く違う。

語らった時間も、お互いがこれまで過ごし、今後過ごしていく時間に対して、あまりにちっぽけで、さぞかし他愛のないものだったことだろう。


嘆いてどうにかなるのなら苦労しない。それだけは分かっているつもりでいたけれど……ちょっと洒落にならない精神的ダメージを受けてしまったので、何かをする気は完全に消え失せてしまった。


もう、やることもないしふて寝しちゃうかな、と軟弱にもいじける姿勢を見せた所で……







「む、随分と遅い目覚めだな。……ふん、泣き疲れて寝てしまう辺り、まだまだお子さまという所か、ん?」




がさがさと俺のすぐ後ろの茂みを掻き分けて、何事もなかったかのように奴は戻ってきた。


相変わらずの堂に入った尊大な態度で小馬鹿にしてくる。




俺は跳ね起きて、最早親しみを覚えるいかつい顔をまじまじと見つめた。





「……なんだ、その輝く目は。……まさか、本気で私を親だと思っておるのではあるまいな……」





怪訝そうな表情が、ごっつい鱗だらけの顔からでも見てとれる気がする。





「いや、行っちゃったのかなって」


「阿呆が、ずっとすぐ側に居ったわ。そう易々と”契約者”の側を離れる者がおるか」




ふん、と奴は鼻息を漏らす。そっか、よく見たらマップ上でもすぐ近くにちゃんと反応があるじゃないか。ははは、流石にこれはちょっと疲れがたまってきたかな………え?





「……え、今何て……?」


「……”血盟契約”の絆は、単なる契約魔法の域に留まるものではない。血を分けた同胞、言わば家族のようなものだ。死ぬまで寄り添い続けねばならぬ」




ふい、と顔をそむけながら言う。




「……えーと、つまり?」




「………やれやれ、鈍い奴め。


………貴様のあまりの頼りなさに、思わず哀れに思ってしまったので、私が家族になってやろうと言っておる。……貴様は輪をかけて酔狂な者だ、亜竜の家族が居っても不思議ではあるまい。」


「……いいのか?」


「くどい。貴様は惨めに泣きわめいておったが、それも全て"生きること"を放棄しなかったからだ。


今は、それだけで私の隣に立つに値する」




俺は思ってもみなかったその答えに───しかし、ずっとどこかで期待していたその答えに、俺は──────






自分で思っていた以上に単純人間だったので、ちょっと感激のあまりごっつごつのボディに熱い抱擁をかわそうとした結果、結晶が全身に刺さることとなった。痛かった。あとすんごい呆れられた。




◆サーミリヤ大森林:その後



年中薄暗いサーミリヤ大森林においては貴重なスポット───幾重にも木漏れ日が差し込む、一際大きな木の下で、俺たちは残りの儀式に取りかかる。



思えば、随分と数奇な人生を辿っているものだと、半ば呆れながらに思う。



左腕がなくなったり、一ヶ月近く森のなかで暮らすことになったり。


小説やアニメみたいな力を手に入れてモンスターと戦ったり、それを焼いて食ったり



人生に絶望しかけたり、当たり前のことにやっと気づいたり。



そして今、異世界まで来て、やっと───まぁ、そこも異世界なので、相手は人間じゃなかったりするんだけど───一緒にいてやると言ってくれる奴と、出会った。






「では、我が契約者となるこの人間に、私は新たな名を授ける。


……と言っても、どうせ我らの言葉で名を授けたところで、発音ができんとかいう下らん理由で名乗れないというのは癪だ。よって──」



人生というのは、理不尽と不条理の連続だ。




「お前のその髪の色がよく似た花より。そして──二度、名乗ってきたその真の名から、この名前を送ろう。


……芸が無いと笑うなよ、”リクヤ”よ。」



いつだって、努力が報われるとは限らない。いつ何時、不幸が降りかかってくるのかわからない。



「いいよ。その方がずっとわかりやすくっていい。……じゃ、次は俺の番だな。


えーっと、契約者となるこの結晶竜に、俺は新たな名を授ける…だっけ」



ただ、それでも。ずっとずっと、裏目に出続けて、損な巡り合わせにばかりあてられても。



「……とはいえ、俺のネーミングセンスなんてたかがしれてるしなぁ……なんかこう、お前の名前からヒントとかもらえたらいいんだけど……なんだけっけ?しゅわわわ・ふぐうるるるう、みたいな感じだっけ?」



「……貴様、馬鹿にしておるだろ」



「いやいや、してないしてない。


……うーん、じゃ、こういうのはどうだろう。俺の故郷の世界では、お前みたいな名前の発音の事をこう呼ぶこともあるって、聞いたことがあるんだ。




────”フィズ”」



「……ふん、人間の感性はよくわからん……が、まぁ良しとしてやる」




”血盟契約”ブラッド・サインの締結を確認。


以降、”結晶竜クリスタル・ドラゴンのフィズ”を、”契約者”ファミリアと設定』



脳内に硬質な声が響く。ステータス画面を確認すると、「契約」の項が増えており、そこに新しい──初めての、”家族”の名前が刻まれていた。






「……これからよろしく、フィズ」



「ふん……


これからは、独りだからなんだとぐずるなよ、リクヤ」





──人生、それでもずっと頑張っていたら、案外捨てたもんじゃないのかもしれない。




◆薄暗いアジト:【二人の男】



「それで、あれから”実験”とやらの成果はあったのか?」


「えぇ、それはもう……ただ、ここからどう転ぶかは神のみぞ知る……と、言ったところですが」



部屋の中には男が二人。机を挟んで椅子に向かい合って座っていた。



一人は、豪奢な紫のローブを纏った細身の男。普段はその職業の名前でもあるところの”魔術師”ウィザードと呼ばれている者だ。



対し、対面に座る、右目に深い刀傷を負った男は問う。



「ふん、天下の”魔術師”様はこれだからいかんな。策士気取りで裏でこそこそやっておるから、肝心な時に詰めきれん」


「……”裏の世界”を取り仕切っている立場の貴方にそんなことを言われるとは思いませんでしたね」


「いいや?俺は出るべき所は出るようにしている。全てを部下に任せてふんぞり返る頭目ほど、大した結果を出すことはできん。


部下に示しをつけるというだけではない。やれるときにやるべきことをこなさぬ者に、明日はやってこないからな」




そう語る男の瞳は、確かに幾つもの修羅場をその実力で掻い潜ってきたことを伺わせる、確かな力に満ちていた。



一般の成人男性を二周り以上上回る体躯は、鍛え抜かれた凶器と言う印象で見る者に威圧感を与えるものだ。


耐久力に優れ、魔法にすら耐性を持つという革鎧レザー・アーマーは、王都内でも滅多にお目にかかれない希少な素材である『蜥蜴人』リザードマンの革で作られた特注品であり、その男の身分を証明していた。




男と”魔術師”ウィザードは利害関係の一致から、一年ほど前からこうして手を結んで活動してきた。男の人となりを知っている”魔術師”は眉根を僅かにひそめるが、すぐにいつもの不適な微笑を浮かべる。



「……しかしまぁ、野心があるのが悪いことだとは言わんがな」


「何か勘違いをしておられるようですが……成果はあったのです、実際にね」


「サーミリヤ大森林に調査に行かせたうちの部下か……件の洞窟に姿は見えなかったと聞いているが?」




サーミリヤ大森林に密かに生息しているという、古くからこの王国にて語り継がれる伝説級の魔物モンスター────

『結晶竜』クリスタル・ドラゴン。特に”魔術師”ウィザードの男は、予てよりずっとその存在に注視していた。




『結晶竜』クリスタル・ドラゴンの体皮から生える結晶は、魔法の触媒として非常に優秀であり、希少価値が高い。そのため、ほんの僅かな欠片であっても驚くほどの高値で取引がなされている。



”魔術師”ウィザードの目的である「魔法の高みに到達すること」、男の目的である「利益を得ること」。二人の目的の達成に必要な条件を満たすためには、かの伝説の亜竜はうってつけの逸材であったのだが……



「……遭遇できただけでも相当な幸運だ。討伐などあまりに現実的ではない、と……話の結論は出ていたはずだ。実際問題、手ぶらで逃げ帰ってきたのは他でもないお前だったはずだ」



以前、|”魔術師”ウィザードは大規模な作戦──『結晶竜』クリスタル・ドラゴンの討伐を試みた事があった。


男は、その通り名に違うことなく、その道ではかなりの知名度を誇るほどの『魔術師』ウィザードであり、加えて男の部下のなかでも選りすぐりの精鋭を引き連れ、磐石の体勢で挑んだはずだった。




”魔術師”ウィザードはあのときの手痛い敗北を思い返し、肩を竦める。






「ええ、その通りです。実際、かの共和国の”冒険者”の中でも、結晶竜を討伐できる者は一握りでしょう。……しかし、私も何も、あなたのご自慢の部下の前で醜態を晒すためにわざわざ出向いた訳ではありません。


あなたと同じように、”やるべきことをやった”までです」




男が”魔術師”ウィザードの異名をとるより以前から、切る機会を待ち続けた”切り札”が、男の筋書きでは、今ごろ『結晶竜』の体内にて暗躍を始めている予定だった。



「……まぁいい。それはそれとして、お前には別のやるべきことがある筈だが?」


「件の計画とやらですか。心配は無用です。手配は概ね済んでいますのでね」



薄暗い室内を、男たちの声なき笑みのみが占めていく。




「……あぁ、何分久方ぶりの大きな仕事なんでな、しっかりと務めを果たせよ。ここまで荷担しているんだ、本業と言っても過言ではあるまいよ。


何せ、王族への直接の手出しだ……陽の下を気軽に歩くことはもうできなくなると思え」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます