1‐3 『クエスト』

「ギィエエエエ!!」




人ならざる断末魔をあげたのは、毒々しい色合いの巨大な植物の化け物──《イーター・ポッド》という名称の、スケールをめちゃくちゃにしたウツボカズラのようなモンスターだった。人すら飲み込めるという大口を支える太い茎を一刀両断され、地響きと共に崩れ落ちる。




「経験値は40、レベルアップはなし……って、本格的にラノベの主人公じみてきたか?」




俺はそんなことを考えられるようになった自分を自嘲しながら、刀を鞘に納める。このでっかい植物お化けの葉や茎は軽くて丈夫なので、何かを加工するときに使える。しっかりとストレージに保管しておこう。




この森に入ってから一週間。俺は随分とたくましく成長したと思う。



この森に生息するモンスターは大体把握しているし、その中の多くと戦って勝利を納めている。食べられる野草や動物の類いも学び、水源──幸運にも、この森の中には幾つかの小川や、水分を蓄えた植物が多く群生している──もいくつか確保している。


寝床に関しては更に快適さを向上させるため、即席のマットレスを植物を加工して作成し、ベッドを作ったりしてるほどだ。無論、村で暮らしていた時と比べると”御座寝よりマシ”程度の代物だが、俺にとってこの森は最早家みたいなものだった。



俺のここまでの急成長は、ストレージの「アイテム作成」能力と、度重なる戦闘により獲得した『職業』クラスの「スキル」とやらによる恩恵によるところが大きい。





「アイテム作成」は、指定された素材を用意し、「作成」の項目に触れるだけで、勝手にアイテムを加工して、新たなアイテムを作り出せる能力だ。


一見限りなくシンプルで地味に見えるこの力だが、実際はそんなことはない。


まず道具が要らない。そして作るための知識も要らない。なんなら俺が手を動かす必要もない。


正しくゲームのように、ボタンをポチるだけで何でもかんでも作れてしまう──と、言いたい所だが、実際はそこまで万能な訳でもない。俺が今持っている能力では作れるものに限界があるらしく、複雑なアイテム、例えば薬品などは作ることができなかった。



加えて、アイテム作成の作業効率もそれほどいいものではない。一度作成を選択すると、アイテムのアイコンの上に円形のゲージが表示され、それが無くなるとアイテムができるという仕組みなのだが、それの減りはお世辞にも早いとは言えないものだった。


しかし、植物の茎を潰して伸ばしてほどいて繊維にして糸を作る、なんて行程がワンタッチで勝手に行えるのは素晴らしく便利だ。俺はこれを主に拠点の改良のために活用していくつもりでいるが、もし技術が身に付けば、ポーションなんかの作成に挑戦するのもいいかもしれない。



「で、一番大きいのが食生活の改善だな……いやぁ、肉が食えるってのは素晴らしいな!」



俺は拠点に戻り、串状に加工した木の棒に、貯蔵していた新鮮な生肉──驚くべきことに、ストレージにいれたアイテムは鮮度などが全く落ちない──をうきうき気分で刺していく。


この肉は、《フレッシュリィ・ボア》という灰色の猪のようなモンスターのもので、先日、俺が仕留めてきたものだ。体長は大きいもので2mにも達し、基本的には臆病な性格だが、いざ人を見れば問答無用で突進をぶちかましてくる危険なモンスターである。


そう、以前は虫一匹に苦戦してた俺だが、今では自分より大きなモンスターとも戦うことができるようになっていた。





この世界に存在している『職業』クラスというものには、それぞれスキルと呼ばれる固有の特殊能力が備わっているらしい。



例えば、『樵』ランバージャックなどは、木の伐採効率を上げる《伐採の心得》や、薪などをより手早く、より上質に加工できるようになる《簡易木材加工》というスキルを保有している。



しかしその『樵』ランバージャックは、「生産職」サブクラスと呼ばれる分類に位置しており、直接の戦闘には向かない、主に物品の加工や生産に適した特性を持った『職業』クラスであるらしい。




そして、最近いつの間にか取得していたこの「戦士」ファイターは、戦闘能力を持った「戦闘職」メインクラスと呼ばれるものの一つで、そのなかでも武器や体を使って戦う「近接戦闘職」のうち、最も基本的なものであるという。



保有しているスキルはいずれも戦闘向きであり、Lvが2へと到達した今では、大抵のモンスターには対抗できるようになった。


あらゆる武器の使用にプラスの補正がかかる《武具の心得》のお陰で、剣は愚か戦闘というものの素人であるはずの俺でもそれなりに武器を扱えるようになっている。


加えて《勇敢》のスキルのお陰で、俺は戦闘体勢になると、自然と心が奮起され、恐怖心が和らぐようになっている。これがあるお陰でモンスターに出会っても逃げ腰になることはなく、ほぼ毎日狩りに挑むことが出来るわけだ。




そんなわけで、俺はでっかい蛇のモンスター《フリップ・マンバ》や、巨大な犬歯を持つ獣の《サーベル・ピューマ》なんかの相手をしたりして、着々と経験を積んでいる次第である。


とはいえ、別に俺はこいつらと戦うべく生活しているわけではなく、レベリングして強くなっていこうという意志なぞは全くもって存在しない。戦闘行為はあくまでも俺が、この世界で日々生きていくための手段の一つでしかないのだ。

そもそも俺は元々しがないサラリーマンだ。小説のような便利で強力な力があったところで、それを十全に発揮してどうこうなんて器ではない。元から俺にできるのは精々農作業とか木々の伐採とか、会議のための資料作りとかそんなもんだ。




しかし、そんな日の昼下がり、俺はいつものように開いたメニューウインドウに、見知らぬ項目が増えていることに気づいた。




「……クエスト?」




言葉のニュアンスはなんとなくわかる。RPGではお約束の存在だからだ。ゲームなら、これをクリアすることで金なり装備品なり経験値なりの報酬を受けとることができ、これを達成していくことが大抵のゲームの基本的な目的だ。



しかし、俺の今いる状況はゲームではない。いかにレベルという概念や、それらしいシステムを行使できるとしても、俺は今確かにここにいるという確実な実感がある。


なにより、これがゲームのようなクエストということは、その依頼主が存在するはずだ。しかし俺はここしばらく、依頼主らしき人物はおろか、人間とまともに接触すらしていない。



俺は訝しみながら、しかしついついそのアイコンに触れてしまう。すると──




『”近隣に発生した世界の穢れを排除せよ”』




そんな簡潔な文と共に、音もなく目の前に矢印状のアイコンが現れる。

今までのように面で出てきたわけではなく、ARを思わせるような、立体感をもって現れている。黄色に点滅するそれは、俺がある程度動くと向きを変える。どうやらある方角を指しているようだ。




そして視界の端に、赤く輝く数字の羅列が出現する。それは刻一刻と数値が減っていく。どうやらこれがこのクエストの制限時間であるらしいとすぐに理解できた。






俺は考える。あまりに判断材料にできる情報が少ない。誰が、なぜ、どうやって、と必死に考えてみたが、どうしたって答えはでない。そもそもこのメニューウインドウの正体すらわかっていないのだから、どうしたってわかるはずもないとは知りながら。




が、これではっきりしたことがひとつある。




「……確実に、俺に何か目的をもって第三者が接触してきてる……ってことか」




それが恐らく、このクエストとやらの依頼主であり、俺にこのメニューウインドウを開けるようにした張本人だろう。もしかすると、この世界に転生させたのもその第三者である可能性もある。


が、そこまで考えて、俺は思考を一旦ストップする。




「何もわからないのに考えても仕方がない。とりあえずは動いてみてから、だな」




もとの世界では、難しい問題に直面する度にそうしてきた。俺の唯一の取り柄が切り替えの早さなら、根を詰めすぎないというのが恐らく吉だ。まずは行動し、また問題に直面するようなら考えればいい。


というわけで、俺はこのマップを起動して、このアイコンが指す方向へと進んでみることにする。



どうやらまずは目的地があるらしいこのクエストだが、問題は「具体的に何をすればいいのかわからない」ということだった。




「世界の穢れって……なんか急にスケールでかいこと言われたけどさ……」




歩き出したはいいものの、このクエストに不安を感じるようになってきた。


穢れを祓え、解消せよ、ではなく、文面は「排除せよ」ときている。つまりは荒事なのだろうが、この森にそんな「穢れた存在」とやらがいる情報はない。心当たりがないので、このマーカーしか頼れる存在がないのだ。



「せめてもうちょっと手がかりがあるもんだよなぁ……お?」




草の茂みを掻き分けると、開けた場所に出た。




森の植物が、その空間だけ、ぽっかりと避けるように葉を伸ばしていない。表現するなら、森の中の広場というべきだった。


しかし、よく見ればこの空間が自然に生まれたものでないことがわかる。



回りの木々は成長を止めたのではなく、なぎ倒されへし折られているのだ。木を斬り続ける仕事をしていた俺は、この状況がどうやってもたらされたのかが理解できた。




「……大きい、すごく固くて、重い何かがぶつかったってとこか……人間じゃこんなことはできないし、俺の知ってるモンスターでも無理だな……」




注意深く見回してみれば、なぎ倒された木々は、奥に向かって列を作るように続いていることがわかった。アイコンを見れば、丁度その先の方向を指している。


そしてマップを確認すると、点滅する黄色のアイコンが1つ。ここから近い。




確実にモンスターだ。それも、今までに出会ったことのないやつ。


俺は気を引き締め、いざというときのことを考えながら進む。






そして"それ"は、危惧していた通りそこにいた。




俺はいつぞやの──今では群れで襲ってきてもなんとかなる《フォレスト・ウォーカー》に初めて出会ったときの感覚を思い出す。




大きい。俺なんかよりずっと大きな体躯は、うずくまっているにも関わらず小さな山を思わせる。


虹のような不思議な輝きを放つのは、全身にびっしりと生えた、海の底のような暗い色彩の鱗だった。四肢は人の胴ほど太く、がっしりとしていて、スパイクのように尖った甲殻と、それだけで武器のような爪が備わっている。尾はすらりと長く、体を囲むように横たわっている。


最大の特徴は、背中から肩、更には尾にかけてずらりと並んだ、言葉にできないような輝きを放つその結晶だ。まるで宝石の山をそのまま削り出して乗せたようなそれは、暗い鱗との見事なコントラストを産み出していて、俺は呆気にとられ眺めることしかできない。




────それは数多の伝説、創作において、絶対的な存在感を放ってきた存在。




────それは時に永遠を生き、宝を守り、災厄をもたらし、叡智を語る。






──俺の目の前にいたのは、酷く傷ついた様子の、水晶を背負った「ドラゴン」だった。

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