1‐2 ▼はじめて の せんとう

◆サーミリヤ大森林:【ナナシ・リクヤ】


「のわぁあああああ!」



森の中に間抜けな声が響く。



6本の足をバネのように使い、勢いよく飛びかかってくる《フォレスト・ウォーカー》の攻撃を、俺は転がるようにしてなんとか回避する。初めてのモンスター戦の戦況は芳しく無かった。




その理由は単純明解。




怖いのだ。




息を激しく乱す俺は滝のような汗をかいている反面、相手は既に体勢を整えて、すぐにでも飛びかからんとしている。


いかにゲームに酷似した謎の要素が存在しているとはいえ、目の前の巨大な昆虫はポリゴンで構成されたデータの塊などではない。俺も俺で、何かのボタンを押せば華麗に剣を振れるアバターなどではない。



怖い。あまりにも現実味のない脅威が、実際に牙を剥き襲いかかってくるという確かな現実を、俺はどうしようもなく受け入れられずにいた。




幸い、《フォレスト・ウォーカー》はその発達した大顎で噛みつき、爪で切り裂き、ジャンプして飛びかかる、の単純な物理攻撃しか行ってくる様子はない。こんな魔物と戦うなんて経験を一度もしたことのない俺が、こうして無傷でいられるのもそのお陰だ。




加えて、昆虫の仲間であると考えられる《フォレスト・ウォーカー》には、幸いにも知性と呼べるようなものが存在しないようだった。何度も攻撃し、その度にかわされても、一旦攻撃を中断して考えるような素振りは見せない。ただただ馬鹿正直に攻撃を繰り返すだけだ。




そんな攻防を五分ほど繰り広げていただろうか。実際はもう少し短かったのかもしれないが、俺にはそれが1時間にもそれ以上にも感じられる。


流石にこの単調な攻防の繰り返しに、両者の様子に違いが現れた。




「さ、流石に……読めてきたぞ……」




相手の挙動に慣れてきたのだ。今ではこっそりメニューウインドウからライブラリを開き、奴のデータを確認する程の余裕がある。


対し《フォレスト・ウォーカー》はというと、シューシューと威嚇音を発しながらも、流石に無駄だと悟ったのか不用意に攻撃を繰り出してくることはしなくなった。




──《フォレスト・ウォーカー》は、このサーミリヤ大森林にのみ生息するモンスターであり、その気性は至って獰猛で、肉食性の捕食生物の一角である。


「魔蟲種」インセクトと呼ばれる昆虫のような外観と生態を持ったモンスターの一種だが、種の中では低位に位置し、毒や魔法といった特殊な能力は備えていない。


昆虫らしく炎が弱点であり、大きな熱源には近寄らない習性がある他、視界不良のサーミリヤ大森林に適応するため、視覚ではなく触角を用いて周囲を把握する───


そこまでつらつらとライブラリを流し読みしていた俺だが、次に現れた説明の最後のフレーズに体が固まってしまう。




──因みに、食べられる部位が少ないものの食用になる。味はそれなり。




………は?




食用になる。食用になると書いてあるのか?




これが?ギチギチいってるこの凶悪そうなこれが?間違えてもこいつだけは食べちゃいけませんみたいな見た目してんのに?



が、この葛藤はそこまで続かなかった。



こいつの動きは単調、毒も無し。加えてこちらはそろそろ緊張が限界、食料も今は木の実だけ。



「……見た目ゲテモノでも、食べられるなら栄養は変わらない……いける、いけるぞ……」




魔法の呪文のように呟く。



覚悟を決めて、腰の刀に手を伸ばす。もたつきながら、なんとか鞘から抜き放った刀身は、定期的に手入れはされていたのだろう。白銀の煌めきを剣呑に放っている。


五年に渡る樵家業で鍛えられた甲斐あってか、右手一本だけで振るのに問題はない重さだ。しかし、どうにも使い方には自身がない。



俺の動きに反応したのか、フォレスト・ウォーカーは身構える。


六肢を踏ん張らせて力を込める動作のあと──飛びかかってきた。




「う、うぉおおお!」




俺は咄嗟に左側に飛び出しながら、半狂乱に刀を振り抜く。



木へ斧を打ち付けたときより、随分軽い手応えがあった。


吸い込まれるように、奴の脚に俺の刀が直撃する。節に別れた脚が、何本かすぱっと切り飛ばされると同時、俺たちは勢いのまま空中ですれ違い、もんどりうって倒れる。



「あ、当たった!?」



恐ろしいまでに上手くいったが、狙ってやったわけではない。心を踊らせながら、同時に今だ無傷であることに安堵していると。



ギギィーとか、グギギーといった絶叫が後ろから聞こえ、慌てて立ち上がる。見れば、フォレスト・ウォーカーは仰向けにひっくり返り、脚を振り乱しながら暴れていた。


切り落とされた脚からは、鮮やかな緑色の体液が流れ出ている。




表示されるHPのゲージを見れば、今の一撃で五分の一ほどが減少していた。


それに、一旦仰向けになってしまうと、奴は思うように動けなくなってしまうようだ。そしてそれは即ち、これ以上にないほどのチャンスに他ならない。戦闘の素人の俺にも、それくらいはすぐに理解できた。




「い、今だッ」




刀をしっかり握りしめると、俺はそれを力任せに叩きつけ──




「う、うぉおおおおお!」




叩きつけ、叩きつけ、叩きつけ、叩きつけ、叩きつける。




奴がピクリとも動かない、緑色の体液まみれの死骸になるころには、俺はぜいぜいと肩で息をしながら、ゆっくりと倒れ伏すほどに消耗してしまっていた。



『28EXPを獲得』


『新しい”職業”クラス


「戦士」ファイターを取得しました』




突如視界に浮かぶ文字列が、俺を祝福しているように思える。初めての経験であり、普段なら驚き、色々考えたのだろうが──



EXP──経験値って……ここまでゲームらしさを持ってくるのかよ、と突っ込む気力も、それを異常と思う用心深さも、この底知れない疲労と、なんとも言えない達成感の前に、全てどこかに吹っ飛んでしまった。







パチパチと、木が爆ぜて火の粉が舞う。村長が渡してくれた荷物の中に火打ち石が入っていたのはありがたかった。相当四苦八苦したものの、こうして何とか焚き火を起こすことに成功しているのだから。



森で夜を過ごすのは危険だ。夜行性の獣型モンスターもこの森には多く、いつ襲われるか分かったものではない。なので俺は、ライブラリをフルに活用して、できうる限りの対策を施した。


引用するのは、旅人の森での過ごし方とその解説の項。こんなガイドブックとしての使い道があるとは驚きだったが、今は使えるものはなんでも使わなくてはならない。正に渡りに船である。



ロープを使い、背の低い木の枝の先端を縛り、それをこちらに引っ張り下ろして、杭で固定する。繁った葉でこちらを視認し辛くするのと、急な雨にもある程度対応できる屋根を作るためだ。屋根の上には苔や、重し代わりに枝なんかが乗せてある。


獣が嫌うという、ミントにも似た匂いを発する「ニルム草」という野草の汁を体にすりこみ、匂いを消す。これはたくさん生えていたので、拠点の回りにも撒いておいた。



あとは焚き火があれば大抵の生き物は寄ってこなくなるとのことだったが、俺は不安から眠れる気がしていない。


しかしそんなことを言っていても仕方がない。とりあえず嫌なことを考えるのはやめて、別のことを考えることにする。




「……いくか」




俺は木の棒に刺して焚き火にかけられた、そのまんま虫の脚に対面する。




腹などの他の部位は、俺が滅茶苦茶に斬りつけたのと、元々食べられないらしいので捨てた。よって、食べられるのは六本の大きな脚だけだ。




「まさかモンスター食べることになるとはなぁ……」




なんだか変に肝が据わってきた俺は、程なくして脚を手にとった。


題して、フォレスト・ウォーカーのスペアリブって感じだろうか。大きさは充分。尖った甲殻が非常に凶悪な見た目だが、これは強そうな蟹さんなんだ、とかそんな風に考えることにする。




ナイフを使って、苦戦しながら甲殻をこじ開けると、お馴染みの緑の体液の中に、ほんのちょっぴり、白い身のようなものがあるのがわかる。


ただ、この緑色というのがダメだと思う。全く食べようという気が湧かない。昔見ていたバラエティ番組のサバイバル企画の芸人さんとか、丁度こんな気持ちだったんだろうなぁ……



しかしやはりそうも言ってられない。俺は食事をするときは食材への感謝は忘れない男だし、出されたものは必ず全部食う男だ。


しかもこれは、食べるために、自分が生きるために自ら命を奪ったものだ。俺にはそれを食べる義務というものがある。

なにより、今は腹が減った。運動の後はしっかりと栄養を取らなければなるまい。



そう言い聞かせ、俺は覚悟を決める。



「いただきます!」




勢いよく口に放り込み、一気に咀嚼。こういうのは勢いが大切なのだ。



咀嚼、咀嚼、咀嚼。すると




「……うまい……?」




意外な味わいに、俺は2度見してしまうほどだった。



美味い。白い肉は少し筋っぽく繊維質だが、例えるなら魚の白身と蟹を足して2で割ったような、淡白で癖のない味わい。問題の緑の体液はというと、やや青臭い味はするが、気になるほどのものではない。


塩がないのが惜しいところだが、贅沢は言わない。及第点どころか食材と呼ぶに相応しいものだ。気づけば六本の脚をぺろりと平らげてしまった。


木の実の方はデザートだな、なんてうきうき気分で、俺は森での初のディナーを満喫するのだった。






俺は自分が結構単純な人間であると自覚している。辛い環境であっても、なにか嬉しいことがあれば、意外と頑張れてしまう質だ。


「夕飯を用意できただけでなく、けっこうイケるものだった」となれば、それはもう小躍りするほどのもので………


程なくして眠りについてしまうことができたのだった。

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