1‐1 サーミリヤ大森林

◆森林前:【ナナシ・リクヤ】


「あー……やっぱ来るんじゃなかったかなぁこれは……完全にヤバいとこじゃんこれ……」




俺はうんざりといった感じで呟いた。

目の前に広がるのは、それはもう見事な、辺り一面の木々の海。しかしそれは俺が今まで見てきた、素直に真っ直ぐ伸びる針葉樹林とはかけ離れていて───いや正直、何したらそんな風になんの……ってな感じに曲がりくねっていた。



あてのない放浪の旅も七日目に突入し、特別な脅威にも遭遇せず、強いて不満があるとしたら、パソコンとかスマホとかの文明の利器が恋しいってことかなハハハ、と随分気楽に進んできた俺だったが……ここでどうしても無視できない緊急事態に見舞われた。



即ち、食料と水が底をつきそうなのである。



村を出るとき渡された荷物の中に、当然最低限の水と食料は入っていた。しかしその量は決して多いものではなかった。当然だ、この時期はまだ寒く、食料の確保は難易度が高い。村で用意できる量などたかが知れていることを俺は知っている。


だから、できるだけ節約しながら旅をしてきたつもりだったのだが……今朝の食事で、最後の黒パンくんは俺を遺して旅立ってしまった。まぁ俺の腹の中だけど。


このままでは確実に、明日の朝から食べるものがない。あっちでは病死だったが、甦った先で餓死とか正直たまったものではない。




「で、森なら食い物もあるだろうと踏んだ訳だけど……確実にレベル足りてない雰囲気してるね、うん」



俺が今足を踏み入れているこの森は、「サーミリヤ大森林」と呼ばれている所らしい。



常に薄い霧のようなものが発生しているが、これはこの辺りの地下に存在しているらしい「地脈」マナ・ラインという、巨大な魔力の通り道があるのが主な原因だ。


それを通して、土壌は豊かな魔力を蓄える。そしてそれらをたっぷりと帯びて大規模に成長した「魔法植物」マジック・プラントと呼ばれる特殊な植物が、活動に乗じて微量の魔力を放出している。それが霧となって森を漂っているとのことだった。



つまり、この森全体が魔力を帯びていると言える。


そしてその魔力を浴びる続けることで進化を遂げた、ここにしか生息していない貴重な生物が数多く存在しているそうで、それらが独自の生態系を形成している。


──しかし、それは同時に人間に危害を加える危険な生物、「魔物」モンスターの温床であるということでもあって、何の備えも無しに入るのはあまりにも危険だ。そのため、非常に豊かな資源がありながら、この森に近づく人間は少ない。




そう、俺はそのの一人だった。


理由は簡単。




……いや、だって、そんなの知らなかったからね……そのこと知ったの、中に入ってからだったしなぁ……



俺は自分の不用心さとお気楽さになんともやりきれない気分になりながらも、それでもこうしてなんとかやれている所以──視界の左手に浮遊するそれに意識を向ける。



この世界でも何故か使える、RPGじみたメニューウインドウには、いくつかの項目が存在しており、そのどれもがこの旅に非常に貢献してくれていた。




一つは「マップ」


手を塞がず、空中にずっと表示し続けられるので非常に便利だ。目的地が存在しないとはいえ、土地勘に自信のない俺には無くてはならないものだ。事実、これがあるから俺は遭難の心配だけはしなくていい。




次に「ストレージ」


俺は徒歩かつ一人旅なので、持てる荷物の量に限界がある。そこでこいつは大いに貢献してくれている。


四角い枠で区切られた細かなインターフェースで管理されており、あらゆるものを四次元的な空間に収納、いつでも取り出すことが可能だ。容量には限界があるようだが、今のところその心配はない。他にも、ここでアイテムの作成や調合なんかもできるらしいので、今度時間を見つけたらやってみようかな。




そして「ステータス」と「ライブラリ」


俺はこの二つの存在に大きな意味を見出だしている。


「ステータス」は、今まで何度か使ってみたが、概要はシンプルだ。俺が目にした物の、大まかなデータを表示してくれる。これはメニューウインドウを開かずに行えるので、俺は無意識に常時使っている。因みに開いた上で使うと内容が細かくなる。



そして「ライブラリ」は、読んで時のごとく、この世界のおよそ”ありとあらゆること”を調べることができる力だ。


そう、思い付く限りならばなんでも、である。俺が初めて足を踏み入れたこの「サーミリヤ大森林」について詳しく理解しているのも、この「ライブラリ」があるからに他ならない。



「昔のラノベ読んでた時なら興奮してただろうけど……実際、これくらいの力がなきゃ何回死んでたかわかんないな……」



俺は元の世界で以前でそれなりに手に取ってきた、所謂「知識系チート」を駆使して異世界を冒険する、という内容のライトノベルを思い出す。本の主人公は華麗に大活躍をおさめていったが、残念ながら俺は今日生きていくのも精一杯だ。



足元に気を付けながら、マップをチラ見し、なおかつ周囲に警戒する──気分は冒険者だが、状況はそんなにいいものではない。俺が探すのは伝説の秘宝でも討伐対象のモンスターでもなく、明日生き延びるための糧だ。



幸い、食料にはちょっとした収穫があった。



「フィアクの実」というらしい、木苺にも似た赤い果実が群生しているのを見つけたのだ。これで腹を満たすには少々心許ないが、栄養価は高く、味も中々イケるらしい。これを見つけたとき、俺は喜びのあまりちょっと泣いた。



ライブラリによれば、この森には食用の木の実や野草が他にいくつもあるらしく、俺は幸先の良さに小躍りしたい気分だった。



しかし、その浮かれた気分はすぐに消え失せることとなる。




「ん、なんだこれ……」



マップ上に突如として見慣れないアイコンが現れた。



このマップには、自身以外の人間は緑に明滅する点のようなアイコンとして表示される。しかし、今現れたこのアイコンは黄色に光っている。方向は俺の正面、100mほど先の位置だと推測される。


自然と身構えることができたのは、多分、生前やっていたゲームの認識が生かされていたからからだろう。


または、小学生でも知っている常識。




即ち、”黄色”は”注意”。



ここからでは生い茂った植物や薄い霧に阻まれて、様子を伺うことができない。同時に俺は今置かれている状況と、この森に何故人が寄り付かないのかを、遅まきながら理解した。



そう、この森では視界から得られる情報があまり役に立たない。


故に、ここに生息する生物は、自然にそれ以外の感覚が発達していて、こちらのことなどすぐに発見し──黄色のアイコンは、毒々しいまでの赤色へと変わり、こちらへと近づいてくる。



草木を掻き分ける乾いた音。それ自体が一つの生き物のように動く葉の群れ。




黄色が注意なら、赤はなんだ?



「決まってる……ヤバいってことだ!」



俺は吐き捨てるように、額を流れる嫌な汗を拭う。





そして現れたのは、正しく「モンスター」と呼ぶのに相応しい姿をしていた。



体長は1.5m強。黒光りする尖った甲殻は黒を基調とした派手な極彩色の縞模様、節に別れた六つの脚の先には鋭利な鉤爪。ガチガチと開閉するのは、異常に大きく発達した黄金色の大顎。フシュー、フシューと発せられるのは、恐らく威嚇音というやつだろう。


『フォレスト・ウォーカー』


HP:68/68


SP:20/20


種族:


「魔蟲種」インセクトLv2




そう表示されるのは恐らく、こいつのステータスだ。この場はとりあえず無かったことに、と茶化せる雰囲気でもない。




モンスターが現れた!というやつだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます