0‐4 襲撃

ワスカ村を、ゆっくりと夕闇が包み込んでいく。村人達は今日の仕事を切り上げて、各々の家族が待つ家に帰る。


派手さや目新しさとは無縁だが、今日も精一杯働いたという充足感で満ちており、誰しもくたくたになっていたが、同時に皆笑顔だった。家では家族が温かい夕飯を用意して待っていることだろう。



村から少しだけ離れた森で作業をしていた俺も、そろそろ切り上げて帰ろうかと考えていた所だった。道具の最後の点検をしていると、遠くから呼ぶ声がする。


「おーい、ナーくーん!一緒に帰ろー!」


手を振りながらニーヤが駆け寄ってくる。普段は畑の手伝いをしているので村の方に居るニーヤだが、最近文字の勉強をするようになってからはこうしてわざわざ迎えに来ることが多い。


まったく、五年前の小さな女の子だった頃と全然変わっていない。あの頃と違わないやり取りに、なんだかむず痒い思いで苦笑してしまう。



「じゃ、俺もうちょっと片付けしてから行くからさ、先行ってていいよ」

「もう!それじゃ迎えに来た意味ないじゃーん。別に待ってるからいいってば」


ぷくっと頬を膨らませるニーヤ。最近俺がちょっとでも気を遣うとこんな風にご機嫌斜めになってしまうので困っている。

うーん、まだまだ配慮が足りないって事なのだろうか……これは今後の大きな課題だな。この幼馴染みのお嬢さんは、こう見えて怒らせると結構怖いのだ。


が、幸いニーヤの機嫌はすぐに直ったようで、俺が枯れ枝を集めている間に、風に目を細めて、笑っていた。

風が大部冷たくなってきているので、ニーヤは毛糸で編んだケープを重ねて羽織っていた。対し俺はいつでも薄着だ。別に暑がりという訳ではないんだけど、馬鹿だから風邪を引かないとか、多分そんなんなので平気だった。


彼女の瞳には、流れる風にもほんのりと色が付いているように見えるらしい。俺はそんな幻想的な光景を毎日眺められるニーヤが、他意なしに羨ましく思う。


もし俺にもそんな力があったなら──あんな無機質で、得体の知れない文字列を読むことができる力なんかじゃなくて──この暮らしも、いくらか豊かなものになったのかもしれない。


「ん、どうしたのナーくん。なんかすっごい難しい顔してるよ?」


「……なんでもない。ただ、今日の晩飯はどうするかなーとか、そんなこと考えてただけだ」


「ふーん……あ、じゃあ今夜も食べてく?というかそうしない?」


ニーヤの善意は底無しで、俺にはどうにもちょっと眩しかった。



──不謹慎だな。無いものを、ましてや人の背負ってるものをねだってどうするんだ。


かぶりを振って、俺は魅力的なお誘いを遠慮から丁重にお断りするべく──そしてその後の言葉の攻防を想像して、苦笑いを浮かべた。



◆平原:【盗賊】


男たちは、馬を駆り平原を疾駆する。


黒い外套を身に纏い駆けるその姿は、夕闇に染まりつつ平原において、不吉の象徴のように見える。


しかしそれは間違いではない。彼らはこれより明確な悪意をもって、一つの村に大きな不幸を招き入れようとしているのだから。



「ここだ、一旦馬を止めろ」


四人の男達の中で、その主格として彼らを纏める男、バッツは圧し殺した声で指示を飛ばす。


目を凝らした先───距離にして、約200メドルほど先の地点に、村の灯りが見えている。


「お前ら、”例のもの”の用意はいいな?」


「もちろんですぜ」


「おぉ、俺今までにねぇほど興奮してきた!」


言いつつ、彼らは懐から小さな小包みを取り出した。


それは掌ほどの大きさで、表面に何やら奇妙な紋様のようなものが刻まれていた。


「これの効果は大体1時間ほどだってことらしいが……ま、一応慎重にやるにこしたことはねぇ。手早く済ませるぞ」


「へい。……しかし、上も太っ腹ですよね。俺たちに魔法の道具まで渡すなんて……それに、村の警備なんて無いのと同じ程度とは」


「あぁ…ま、報酬はその分さっ引かれてるが……それ差し引いたって悪い仕事って訳じゃねえ」


バッツはふと、依頼主のことを考えていた。


渡してきたこれは、彼の魔法の道具の試作品ということらしい。そのテストもこの依頼の内容に入っていると語っていた。


しかし……いかに試作品とはいえ、”魔法道具”マジック・アイテムは貴重だ。どんなものであれ売ればそれなりの額になる。そんなものを俺たちに渡すってのは……いや、”魔術師”ウィザードの考えなんざ分かるわけもねえか。


バッツはそう結論付けると、不適に笑う。


俺たちのやることは変わらねぇ。奪い、儲け、自由に遊ぶだけだ。たとえそれが、他人の幸せを踏みにじることだとしても、だ。


「四手に別れてを使う。ぬかるなよ」


「どうせ腰抜けばっかりだ、好きにやらせてもらおうぜ!」


「おぉ!」


四つの黒い影が、村へと忍び寄っていた。



ワスカ村は、老人や女子供含めて人口が100人程度の小さな村だ。


ただ、いくら村としての規模が小さいからといって、100人と言わずとも、30人程度の男が相手となったら、いくら武器を持ったバッツ達でも4人ではどうやったって太刀打ちできない。

実際、ワスカ村には自警団のような自衛組織もなければ、まともな武器すら満足に用意できない有り様なのだが、それを聞いたとしてもバッツはこの依頼を受けたりはしなかっただろう。


しかし、「魔法」の力をこちらが使えるのなら話は別だ。


彼らは闇に乗じて村の四方から接近し、預かっていた道具を投げ入れる。


効果はすぐに現れた。


「す、すげぇ……すげぇぞ!」


「こいつが魔法の力ってやつか……大したもんだな」


村人たちが一人、また一人と、糸の切れた人形のように倒れていく。


倒れた者は死んでしまったかのように動かず、誰一人として起き上がろうとする者の気配が無かった。


「これでただってんだからすげえよな」


「あぁ……それに、なんの前触れもなくこれだ。これほど敵に回したくないと思ったことはねぇな」


バッツはこの有り様に驚愕し、同時に武者震いを覚えていた。

そして本来の仕事を思い出して、表情を引き締める。


「……娘を探すぞ」




◆ワスカ村:【ナナシ】


戻ってきた村には、奇妙なまでの静けさに満ちていた。


この時間帯は確かに皆家に入っているが、こうも人の気配がないのはおかしい。

ふと隣のニーヤを見ると──目を見開いて震えていた。


「なに……この嫌な感じ……あっ!?」


弾かれたようにニーヤは走り出す。


俺は未だ困惑したままそれを追いかけると──信じられない光景が目の前に広がっていた。


暗がりのなか、何人もの村の人が倒れている。それも、誰一人として動く気配がない。


「おじさん!おじさん!しっかりして!ねぇ、目を開けて!」


ニーヤが男性を抱き起こして、必死に声をかけて揺さぶっている。しかし男性は身じろぎ一つせず、相変わらず目を覚ます様子はなかった。


「ナーくんどうしよう!どうしたら……」


「と、とりあえず落ち着け、落ち着くんだ!」


俺も慌てて駆け寄って、咄嗟に思いだし、男性の手首に触れる。


脈はある。よく耳をすませれば、微かな呼吸の音も聞こえてきた。


「……多分大丈夫だと思う……これは、もしかして寝てるだけ……」

「ご名答」


不意に声をかけられる。聞いたことのない男の声だった。


弾かれるように振り返ろうとして


───ゴスッ!



後頭部に鈍い痛みと衝撃が走り、世界が揺れた。

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