0-2 汝は何者なりや?

「相変わらず呼び出せなかった試しは無し……と。俺だけが見てる幻覚って線も無きにしもあらずだけどな」




浮遊する「メニューウインドウ」には、無数の文字列が規則正しく表記されている。


だがそれらは全て、少なくともこの辺りの地方では使われていない言語らしい、ということが辛うじて今の俺には理解できている。


しかし、俺はその文字を何故か読むことができた。その由縁は全くもってわからなかったが、現に俺がこの光の幕の名称を知っているのも、全て詳細に渡ってこれ自体に書き記してあったからに他ならない。


そして俺は、このメニューウインドウを物心ついたときから呼び出すことができ、長い間ずっと、これがなんなのか考えることに努めてきた。



だから俺は、これの「使い方」というものもある程度理解していた。



メニューウインドウに直接手を伸ばし、「マップ」と表記されている箇所にそっと触れる。


すると、音もなく、もう一つの光の幕が現れる。

そこには白い線で複雑な図形のようなものが描かれており、緑に明滅する無数の点のようなものが表示されていた。



これらは恐らく、今俺がいる場所を中心とした、周辺の地理状況とやらを表している……んじゃないかと俺は考えている。

と、言うのも、真偽のほどを確かめる手段を残念ながら持っていないので、憶測でしか語れないというのが現状だからだ。


因みに動き回っている緑の点は、村の人たちがどこにいるのかを示しているものなんじゃないだろうか。これを見る限りじゃ、どれが誰なのかまでは判断はできないが。



こんな風に、「メニューウインドウ」はいろんなものを調べたり、見たりするのに使える特別な力だとするのが、俺の中で今最も有力な説であり、足りない頭で仕事の合間に考え抜いて出した結論だ。


今やってみた以外にも、実は色々な使い道があって、実際俺の日常生活に大いに役立っている。ニーヤにも不思議な力があるけど、ひょっとすると俺と同じようなものなのかもしれない。



と、ここまで考えた所で、そろそろ仕事の準備に取りかかることにする。そういえば朝食もまだだった。


俺は釣瓶を井戸に戻すと、いそいそと家に戻った。




手斧を肩に担ぎながら、俺は村の中を歩く。



「おはようさん、今日も森に行くのかい?」


「おはようございます。しばらくはそんな感じですね」




こんな感じで、村の人たちと他愛のない挨拶を交わす。


何気ないやり取りだが、こんな話ができるようになったのも最近のことだ。



はじめは警戒というか、どうにも忌避されていて、誰も俺と目を合わせようとしてくれなかった。当然、全員が全員俺を警戒してたわけじゃなくて、空気を読んでそうしていたこともわかっている。


ただ、今でも村人全員がこんな風に接してくれる訳ではない。一応俺なりに毎日真面目に働いているので、とやかく言ってくる輩はほとんどいないが。




俺の仕事場は、村のほど近くにある森だ。



いわゆる針葉樹林というやつで、太く背の高い木々が生い茂っている。俺はその木々を伐採し、暖炉にくべる薪にしたり、小屋や畑の柵を作るための建材に加工する仕事を与えられていた。




「さて、始めますか……」




手頃な木を決めて、俺は担いできた斧をまず地面に下ろす。


この時期に、他にこの仕事を与えられている村人は一人もいない。



この森には多くの食べられる野草や、薬に使える薬草なんかが自生しているほか、食料になる兎や鹿なども生息している。

そのため狩りに出るためのグループを編成して、たまに森に入ることがあったりはする。しかし、俺のようにこうして毎日森に入る奴は他に見たことがなかった。



正直、かなりの重労働だとは思う。それに俺は片手でしか斧を振れないし、斬り倒した木を運んだりするのには相当苦労する。というか、誰がどう見ても、俺にこの仕事をさせるのは効率が悪いと分かるはずだ。



だが、俺はこの仕事を強制させられている訳ではないし、なんなら随分と気に入ってさえいるのだった。



俺は意識を集中させて、目の前の木──ニムの木という、丈夫だがしなやかで建材に向いている針葉樹──を見つめた。



すると、長方形の光の幕が、メニューウインドウのように音もなく現れる。




『ニムの木 耐久値:300/300』




文字列の下には、緑色に発光する棒が表示されている。


これは「ステータス」というものを表すための代物らしく、耐久値という数値と緑の棒は、このニムの木が傷つけられると減っていく。メニューウインドウに雰囲気が似ているので、これも俺にしか見ることができないんじゃないか、というのが俺の考えだ。



俺はそれが問題なく見えることを確認すると、斧をしっかりと握り、木へと近づいた。作業用の手袋をつけているので滑りにくくなっているが、気を付けないと斧がすっぽ抜けて飛んでいったりするから、充分に注意する。


丁度いい距離まで近づいて、力を込めやすい位置に足を落ち着けると、軽く息を吸い、吐く。


そして斧を振り上げて、幹に対して水平になるように振り抜いた。





森の中に、小気味のよい音が規則正しく連続で響く。



俺は斧を打ち付け、ゆっくりと引き抜き、また打ち付ける、という単純な作業を繰り返す。


斧を振るうたび、衝撃と共にしっかりと木に食い込んで行く感覚が手から伝わってくる。俺はこの単純な力仕事を黙々とこなすのが結構好きだった。


深いことを考えず、ただただ、切り込みが深くなっていくことにぼんやりと意識を向ける。


不意に、ニムの木の耐久値を確認すると、数値は98に、緑色だった棒状の目盛りはぐいっと減って、今や黄色にゆっくりと点滅している。


集中していたのでそうも感じなかったが、どうやらそれなりに時間が経過していたらしい。体はまだそこまでキツくはないが、斧を手放して一息つく。




ずっとこの仕事をしてきた。



くる日もくる日も斧を振って、木を斬り倒し、人を呼んでそれを運ぶ。たまに農作業とかの細々とした雑用を請け負ったりもしたが、俺としてはこっちの作業の方が得意だった。


ずっと続けていたからか、今や右手一本だけでも村の人に力で負けることはなかった。



そう、この体の頑丈さと力の強さだけは、俺はちょっとした自信がある。



どんな高い木から落っこちても怪我一つなく、片手だけでも村人の誰よりも重いものを運んだりできる。足の早さもかなりのもので、収穫の時期なんかは伝令係として村中走り回ったりしている。



「相変わらず精が出るな…それに、流石仕事が早い」



後ろから不意に声がかけられる。全く、この親子は後ろから話しかけるのが好きだなぁほんと。




「おはようございます。ま、俺にはこれくらいしかできないんで……」


「おいおい、お前みたくこんな早く木を切れる奴はこの村にいないんだぞ?私たち男衆の立場ってもんも考えてくれ」



そう肩を竦めて笑うのは、亜麻色の髪を短めに結った、年季の入った深い笑みを浮かべるナイスミドル───ニーヤの父親でこの村の長、ギリス・アンバルだった。



村長は俺が軽口や冗談を言える数少ない人物だ。非常に面倒見がよく、俺のことも大変よくしてもらっている恩人だ。村の住民からの信頼も厚く、俺が村八分にならないですんでいるのも、この人がそう工面してくれたからに他ならない。



「お前はまだ若い。力が有り余ってるのはわかるが、あんまり無茶はするんじゃないぞ?」


「気を付けます…どうも」




そう言って差し出してくれた皮で出来た水筒を受け取り、水を一口含む。


村長は頃合いを見計らって、こうして俺の様子を見に来てくれていた。ついでに奥さんがわざわざ作ってくれた弁当を俺に届けてくれる。ただ、村長も多忙なので、来られない日は代わりにニーヤが来たりもする。



「しかし、お前のその才能……いつ見ても驚かされるな。普通なら3人がかりのペースだろう」




村長は深々と刻まれたニムの木の切り込みをしげしげと眺めている。



だが、俺はこの才能とやらの正体に、思い当たることが一つだけある。



今度は村長に視線を向けて、意識を集中すると……あの光の幕が彼の頭上に現れた



『ギリス・アンバル』


HP:36/36


MP:5/5


種族:「人間種」ヒューマンLv3


職業クラス:

「農民」ファーマーLv1


「指揮官」コマンダーLv1




そこには多くの文字列が表記されていた。これらが村長の「ステータス」ということらしい。


残念ながら、書いてあることの半分くらいは俺には理解ができない。HP?MP?何かの数値を表しているのだろうけど……文字自体が読めても、意味がわからないというのが実にもどかしい。



「…ん?どうした。顔になにかついてるか?」


「えっ、あぁいや別に……あは、あはは……」



必死に誤魔化す。いや、別に知られたからといってどうということはないのかもしれないが……


俺がこんな風に色んな物の様々な数値──だと思う。「ステータス」という言葉の意味の指すところがよくわからないので憶測だ──を見ることができるのは、村長一家にすら秘密にしている訳だが……これにはいくつかの理由があった。



一つ、ただでさえ「悪魔の落とし子」なんて呼ばれて警戒されている俺が、まだなにか特別な力があるなんて分かった日には……村の人たちがさらに不気味がって近寄らなくなるのでは、ということ。


そしてもう一つ。


これが単純に「視る」だけの力なのかわからない。全くもって得体の知れない代物だ、ということだ。



この村から遠く離れた場所にあるという王都の方には「魔術師」ウィザードと呼ばれる、「魔法」という特別な力を使える存在がいるらしいと聞く。


「魔法」は凄まじい力で、生活をより豊かにできる要素を持つ反面、ひと度使い方を誤れば、災害を引き起こすことすらできるらしい。そんなものがもし、万が一にもこの俺に宿っていて、そしてこの力が魔法の一種だったとしたら……



そんなことを避けるために、俺は素人なりに、毎日この力に何か不審な点が無いかチェックをしている。




「用心し過ぎってことはないだろうなぁ……あと単純に上手く説明できる自信がない」


「なんの話だ?」


「あぁいや!別に!いつもの独り言です、はい」


「ふむ、そうか……しかし全く、お前のソレは本当に変わった癖だな」



ガハハ、と笑う村長を見て、ほっと胸を撫で下ろす。




そのあと他愛のない話を幾つかして、村長は去っていった。


村長が「才能」と呼んでいた、この体の強さ。俺はそれに心当たりがあると言ったが、今からその正体を確認する。


これをすることで、日課の「調査」は完了と決めている。



意識を集中しメニューウインドウを呼び出す。そして、「ステータス」と呼ばれる項目に軽く触れる。



『???』


HP:100/100


MP:500/500


種族:「人間種」ヒューマンLv10


「???」Lv?


職業クラス:


「農夫」ファーマーLv2


「樵」ランバージャックLv4



これが、俺のステータス……らしい。



もう何度も目にしているが、いつ見ても何とも言えない気分になる。



そう、記載された数値が他の人間と差がありすぎるのである。その事実が、俺に過剰とも言える警戒と用心を促している。



種族という項目は、書いて字のごとくそれがどんな種族なのかを意味しているということはなんとなくわかる。では、その隣の「Lv」とその数値はなんなのだろう。


村人たちのLvとやらは平均すると1~2とのことらしい。この数字が多ければ多いほど、人間として優れているということなのだろうか。1より10の方が数字として大きいのは小さな子供でもわかることだ。


そしてこの推論が正しいものとするなら、俺のこの才能とやらには納得がいく。



HPとやらも倍なんてものじゃなく、MPに至っては同じ種族であることを疑うレベルだ。


そしてなにより、名前がここでもわからないということと、種族にもう一つ、正体不明の項目があるということ。




「一体……俺は何者なんだ……俺は、本当に人間なのか……?」

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