転生再起のアヴァターラ

独母コイツモ

はじまり

prologue:あぁ神様、それはあんまりだ

─────暗く、深い闇の底に、体が沈みこんでいくような感覚。



光が遥か頭上へと過ぎ去っていく。手を伸ばそうにも、もがこうにも、指先一つ動かすことすらできない。



体から熱が根こそぎ奪われていくみたいだ。多分、この熱量こそが、生命いのちそのものなんじゃないだろうかと、他人事のように考える。




今、俺の体は…たぶん、死を迎えようとしている。




というのも、俺だって「死ぬ体験」なんてこれが初めてなんだ。確証どころか実感すらわいてこない始末だ。しかもこうも意識がはっきりとしているとくれば仕方があるまい。



しかし、ここ最近で最悪のコンディションで、横になって眼を閉じていたらこんな有り様なんじゃ、「あ、俺死んだな」と結論づけるのも無理のない話じゃないか?



医師に宣告された余命より、1ヶ月ばかりも早くこのザマだ。悲しいとか悔しいとか通り越して、なんだか笑えてくる気分だ。まぁ、きっともう二度と現世じゃ笑えないんだろうだけど。



肺がんとのことだった。俺が病院に行ったときには、もう手術ではどうにもならない段階にまで進行してしまっていたらしい。


どうしてこんなになるまで放っておいたのかと言えば、何とも情けないことにも「気がつかなかった」としか言えない。



一人暮らしゆえ心配する同居人もおらず、それどころか、今や俺には親すらいない。近隣には親しい友人もおらず、ただ職場と自宅を往復する日々を送っていた身だ。


最近ずっと、体調がどうにも優れないので医者に駆け込んでみれば、余命宣告ときたもんだ。もし誰かがいたなら、この自嘲たっぷりの苦笑いをご覧に入れるところだが……ま、声がかかるわけもなく……だ。




思い返してみれば、なんて寂しく味気のない人生だったことか。




物心ついた時に事故で両親を失って、親戚の家を転々とする生活。


孤独とよそよそしさから来る疎外感に耐えられる筈もなく、高校を出てすぐに社会に出た。


ふて腐れたり閉じ籠ったりして、世の中をいくら恨んだところで、金は手に入らないし腹は減る。だから、とりあえずさっさと行動を始めた。この切り替えの早さだけは俺の数少ない取り柄だと公言してもいいと思っている。




……が、現実はこれだ。




自分にこれといった才能が無いのは、重々承知している。気立てがいいとも言えず───それどころか、ちょっと斜に構えて生きてきた自覚さえある───容姿も別にとりたてていいわけでもない。まさしくTHE・凡夫だ。


でも、それでも頑張ってきたつもりだった。めげず、折れず、ずっと頑張っていれば、いつかどこかで幸せになれる機会ってのがあるもんだと思っていた。




俺の生きてきた20年間は……一体なんだったんだろう。



もう悲しむ気にすらならない。いいやいいや、もういいですよ。もうなにもかもがどうでもいい。


これだけは言うまいと決めてた事だが、あぁもうこの際だから言っちゃうぞ!




「世の中ってほんとクソだな!!」




叫ぶ。体さえ動かせたなら、間違いなく俺は地団駄を踏んでいたことだろう。


神様なんてのはハナから信じちゃいなかったが、これでハッキリしたな。


ほんとに神様がいるなら、こんなに苦しくやりがいの無い人生を送らせるはずがない。いや、仮にいたとしたなら俺は絶対そいつを許さないね。まずぶん殴って、そのあと永遠にお説教だ。



あ~嫌だ嫌だ、もうなにもかも嫌になっちゃったなぁ。




───と、自棄になっていても、現状が変化することは特になかった。


俺は天国にいくのだろうか、それとも地獄に落ちるのだろうか。


ただそれだけを、最初はぼんやりと考えていた。



地獄は嫌だなぁ……なんで現世でこんなろくでもない目に遭ったというのに、地獄なんぞに落とされなきゃならんのだ。たまったもんじゃない。


しかし、地獄とか天国というのは一体どんなところなんだろうか。そもそもどこにあるんだろうか?




天国は空の上、地獄は地の底、なんてイメージがあるけれど……そもそもこういうのは日本人だからそういう考えになるんだっけ。



……しかし、そういえばなんか…こう、体がどこかに落ちていっている気がする……



相変わらずの闇の中で、自分がどこにいるのかすらわからないが、こう、下半身に訴えかけてくる奇妙な感覚の原因がそれの気がする。



気がつけば、体を動かすことができるようになっている。首を動かして辺りを見渡してみれば、なんとも奇妙な光景が広がっていた。




光が、柱のようになって昇っていく。真っ暗闇を切り裂くように、そこかしこから幾つも迸る。


体をなんとか捻るようにして、仰向きだった体勢をうつ伏せに変えた俺は、この光景を見て確信した。




確実に、俺はどこかに落下している。光は俺の体より下の空間から出てきているのだ。よくよく目を凝らして見れば、下のほうの空間に、何か渦のようなものが見てとれた。




……っていうか、なんか落ちるの早くなってない…?




周囲がだんだん明るくなっていくのに合わせて、渦がものすごい速度で迫ってきていた。



嫌な汗が出てきた。




あの渦のようなものが、近づくにつれてその本性を表してきたのだ。


あれはまさに奈落の穴だ。底が全く見えない漆黒の闇が、大口をあけて迫ってくる。そしてなにより、その穴はあまりにも巨大だった。人間の体なぞ穴からすれば胡麻か何かの一粒程度の大きさでしかない。




「い、嫌だ…」




気がつけば声が出ていた。嫌な予感で頭が埋め尽くされていく。


自分は今落下していて、なおかつこれが死後のことで、それを待ち受けるのが底無しの奈落の穴……


これってまるっきり、「今から地獄に行きます」って言ってるみたいなもんじゃないか!!!




「嫌だ!こんなのあんまりだ!ふざけるなぁぁぁぁ!!」




絶叫する。


なんで、どうしてこんなことになるんだ。


あんまりじゃないか、一体俺が何をしたっていうんだ!



しかしすぐに思い当たることが一つ。




「ま、まさか……神様…?」




さっき「神様なんているはずがない」「いたとしても殴って説教する」なんて考えてたもんだから…ひょっとして神様はそれを聞いていたとでもいうのか……?


嫌な汗が滝のように流れていく。




「ち、違うんです!あれは本気でそう思ってた訳じゃなくて!待ってよして許して!」




絶叫、半泣きになりながらの必死な弁明も空しく、虚無感溢れる穴は、胡麻粒みたいな人間を容易く飲み込んで───






「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」





俺の意識は、あまりにも情けない絶叫と共に、黒い穴に入るなり、闇の中に消えていく







『転生素体、収容完了』


”権化”アヴァターラへの改修を開始』




『肉体再構築、開始……再構築、完了』


『基礎能力値、設定開始……設定、完了』


”業”カルマ測定、開始………測定、完了』


『想定外の”業”カルマの検出により、基礎能力値を修正』




”救済器”ニルヴァーナ装着処理、開始……装着、完了』


『基準値以上の”業”カルマの検出により、精神プロテクトを施工。リミッターを増設』




”権化”アヴァターラへの改修、全工程を完了』




『第拾號、”白腕のカルキ”、登録完了』






薄れゆく意識の中、誰かの声を聞いた気がし、左腕に僅かな熱を感じたと思った瞬間、俺───七瀬陸也ななせりくやの意識は完全に途絶えた。


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