YプロリレーNo,3

wazzwallasis

2000光年のアフィシオン

第一話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890555572

第二話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890620812


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「まって、まだ座っていて」デスクの上に広げられた器具をいそいそと調整しながら、ポニーテリカ少佐は俺に微笑む。「俺は晩飯がまだなんです」俺はいらいらと体を揺する。


少佐の話。ユーリヒ中尉の事故の原因、脳底に移植された人工神経網の過剰融合。その話は、俺に我慢ならない嫌悪感を呼び起こす。俺は少佐に気づかれないように注意しながら、深く息を吸って鼻腔に新鮮な空気を送る。鼻腔上鼻甲介の内側6cm。そこに俺の人工神経網の中枢があり、大脳新皮質全域に配線あしを広げている。


そらでは、俺はあらゆる束縛から自由でありたい。そこでは瞬間の判断だけが正義であり、絶対なのだ。俺が俺に戻る場所。そこに、俺に制御できないものがあること自体が、俺の精神を根底から揺さぶる。なにより、アフィシオンと繋がるための手段が、俺を縛る実体に変わる可能性があるとは。


「座りなさい、アルバ少尉。これは上官命令です」


仕方なく俺は座った。


そして、少佐が調整を続けている器具の正体を、ようやく理解する。


「少佐、それは脳定位固定装置ステレオタキシックだ。一体何のために、」


ポニーテリカ少佐は、恐らく彼女の思う最大限の可愛い顔で、俺に微笑む。


「もちろん、あなたの脳底の人工神経網に、物理的にアクセスするためです」


彼女は俺が座る椅子に近づくと、ヘッドレストに設置されているクランプを緩め、金属のバーを取り付ける。高く結んだ髪が、さらさらと惑わすように俺の頬を撫でる。


「ちょっとまってくれ、俺はこれまで人工神経網へのカニューレ手術は、脳脊髄器官精密施術装置グレゴリウスでしか受けたことがない」


少佐は、何でそんなバカなことを聞くの、という風に鼻を鳴らす。


「ほんの数分で終わる簡単な手術なのに、大仰な話」


そう言って、金属でできた長い円弧状の器具を二本、バーに取り付ける。その円弧の一方は、ちょうど俺の頭蓋の外周にフィットするサイズなのだった。


「冗談だろ、まさか、信じられない、」


俺はじっとりと冷たい汗を首筋に感じる。


「あら、わが第三航空団が国家に誇る第二研究所の副所長の腕、信じられないのね」


こんなの始終やってる操作なのに、と次第に砕けてきた口調の少佐は、金属の円弧の一方の端に、シリコン製の半透明の板をネジで固定する。それから戦慄する俺に、頭をしっかりとヘッドレストに寄りかからせるよう指示する。


「少佐、これは異常だ、許される行為じゃない、」


俺は声を上げる。


「アルバ少尉、アフィシオンに乗り続けたかったら、私の言う通りにしたほうがいいわよ」そう言って、ポニーテリカは乾いた声で笑う。


「しっかり噛みなさい」口元に突きつけられたハードシリコンの板を、俺は拒絶することができない。俺は板を噛み締め、ポニーテリカはつながる円弧のネジをきつく締める。こうして俺の頭蓋は、決められた角度でヘッドレストにしっかりと固定されたのだ。


ポニーテリカはそれから、暴れるとさすがに危ないからね、と言って、ベルクロ(面ジッパー)で俺の両手を肘掛にぐるぐると固定する。それから残ったヘッドレストの円弧を、俺の耳元まで引き下ろす。そしてその先端の、先端を丸く加工してある3センチほどの突起を俺の両方の内耳に差し込み、ネジで固定する。


さあできた。簡単でしょう。そう言うとポニーテリカは、デスクサイドのスイッチをいくつか操作する。すると椅子に頭蓋を固定された俺の頭上からフィルターを通過した無菌の風が吹き降ろし始め、俺の周囲は無菌状態となった。


「じゃあ、そろそろ『ゲート』が開いた頃だし、左眼窩からアクセスするわね」


どこか熱に浮かされたような表情のポニーテリカは、デスク上に最後に残されていた棒状のケースの先端を、ねじるように開いた。すると中から、引き金状の可動部位がいくつか付いた黒い樹脂製の持ち手がのぞいた。彼女が右手でそれを引き抜くと、ひゅうん、という感じに揺れながら、40センチほどの細いワイヤ状の器具が続いて現れた。二つの引き金に人差し指と中指を掛け、ポニーテリカが持ち手を操作すると、ワイヤの先端が前後にたわみ、また伸びた。それから彼女は俺の視野の外で、ワイヤに何か装着した。かすかな金属性の音だけが俺の耳に聞こえた。


麻酔、麻酔はしないのか? 声にならない声を俺は上げる。ワイヤをエタノール消毒しているポニーテリカは、俺の意思を正しく理解する。


「もちろん無麻酔です。バカね、せっかく開けた『ゲート』が閉じちゃうじゃない」


優しくしてあげるから、じっとしてなさい、撃墜王で変わり者のアルバ少尉。


ポニーテリカはそう言って微笑むと、俺の顔前にかがみ込み、俺の左目にステンレスの眼帯を当てる。それは瞬きを防ぎ、内眼角(鼻側の目の付け根)のみを露出させる。それからどこか誇らしげな表情で、ポニーテリカはワイヤの先端をずるりと挿入させた。


瞬間。俺は呼吸を荒くし、椅子をギシッと鳴らすほど全身を硬直させた。しかし脳定位固定装置ステレオタキシックによって固定された頭蓋は微動だにしない。体温が上昇する。汗がふきだす。硬質のワイヤが、きちゅっ、くちゅっと、粘液質の音をかすかに立てながら、左眼球の側面を這いずるように押し入ってゆく。


ゲート』。これは眼窩内奥に外科的に設けられた、筋肉性の微小な開口部。俺の両内耳腔を入って2センチの所を両方同時に圧迫することで、頭蓋内部へと向かう視神経主幹の側面にそって開口する。少しだけ顔を紅潮させたポニーテリカは、右手のトリガー二つを微妙に操作しながら、くちゅり、とワイヤを通過させる。俺は開かないまぶたの下で目を見開く。何かが目の裏側を通り、脳に向かって差し込まれてゆく。


「聞いてくれますか」とポニーテリカは囁く。俺は額に汗を玉のように浮かべ、はっはっはっはっ、と浅い呼吸を繰り返している。


「アルバ少尉、私はあなたのことを、ずっと見ていました」ポニーテリカは、ワイヤを俺の脳底に侵入させながら、その汗ばんだ柔らかな体を俺に寄せてくる。


「あなたの脳のことなら、私は、誰よりもよく分かっている」ワイヤの侵入が止まり、俺は自分の頭蓋の一番深いところに先端が到達したことを理解する。


「あなたを守りたいの」そう言って、ポニーテリカはワイヤの握り手をゆるりと半回転させる。そのねじる力が、きちゅきちゅきちゅ、と視神経の軸を絞るように脳底に伝わり、俺は叫びだしそうな衝動を必死にこらえる。それから彼女が親指で圧感センサスイッチに触れると、かすかに電子音がした。何かが今、視床下部の人工神経網に装着されたのだ。


早く、早く抜いてくれ、これを!


目から差し込まれたマドラーで脳をゆっくりとステアされるような異物感に、俺は背骨を反らし、たわませ、また反らせる。


苦悶の表情を浮かべる俺を、ポニーテリカはうっとりと眺める。


「私と付き合ってくれませんか、アルバ少尉」


俺は拳を、白くなるくらい力を込めて握りしめる。


「本日午後、ハマス地方北部海上における空撃戦において、あなたの脳活動は臨界を迎えました。続いて前頭葉連合野第2領域第3層の神経活動パターンが、一過的にアフィシオン搭載の人工神経網に複製ミラーリングされました。この現象は2分40秒継続し、最後の敵攻撃機を撃墜した後、速やかに復帰しました」


聞いていますか、アルバ少尉?


「これが何を意味するのか。これは、あなたの意識が、部分的とはいえ『意識の地平』すなわち『壁』を越えて人工神経網上に移り、そして戻ってきたということです。そしてあなたにはその自覚がない」


あなたはアフィシオンに受け入れられているのです。


ポニーテリカは微笑むと、ワイヤをまたきちゅっと半回転させる。視神経をねじり絞るようなその感覚に、俺はシリコン板を咥えたまま、ついに絶叫する。彼女の熱い吐息が俺の首筋にかかる。その手が、動けない俺の、胸を、腹を、腿を、ゆっくりと撫でさする。


「アルバ少尉。これから第三航空団はあなたを中心に回りだします。あなたとあなたのパートナー、アフィシオン57号機は最高機密扱いとなり、一切の飛行活動を制限されることとなります」


私の姉妹が今、司令部に分析報告をしている所です。恐らくその場で指令が下されるでしょう。


「愛するそらを奪われたあなたが、心を病んでゆくのを見るのは、私には耐えられない」


だからこの手術は、私が独断で行った、あなたへのプレゼント。


「アルバ少尉、私と付き合ってくれますか」


んふふふ、


きちゅ、きちゅ、きちゅ、


絶叫を続ける俺の右目から、涙が筋を引いて頬を伝う。顔を紅潮させたポニーテリカが、震えながらそれを舐め、恍惚の表情を浮かべる。


俺はただ切望する。


そらそら


俺はそらに還りたい。


***


研究所の裏口から、背中を丸めるようにして出る。セキュリティーの確認音が遠い。何も考えず、駐車場に向かって、深夜を足早に歩き出す。


一度だけ顔を上げ、司令室にまだ明かりがついていることを確かめる。


このまま、忘却の彼方にすべてを投げ出したい。


それでも、長年の訓練が俺に足を止めさせた。


俺の車に誰かが乗っている。


携行している15ミリオートマチックを構え、地面に這うように腰を落とし、足音を消して、死角から背の高いRVに近づく。


助手席のドアノブに手をかける。


一気にドアを開き、躊躇なく人影にオートマチックを向ける。


同時に銃口が俺に向けられる。


そして、無邪気な笑顔。


「久しぶりの幼馴染にいきなり銃を向けるなんて、アル、あなたは変わらないわね」


俺は銃を下ろす。


冷えて縮んでいた俺の心臓が、コトリ、と音を立てる。


彼女は車から降りると、ニコリとして、俺に敬礼した。


「大統領直轄情報部所属フラン大尉、大統領勅命により、本日この時刻より、アルバ少尉の監視役に着任しました!」



(第三話おわり)


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第四話:https://kakuyomu.jp/works/1177354054890651852

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