ふしぎな骨董品店 ~聞き耳ラジオ

若奈

第1話 悠久のラジオに誘われて

 その奇妙な店は、骨壺まで置かれているという噂があった。クラスで一番の情報通、かつ顔の広い藤川がいうのだから、そこそこの信憑性はある。

 一応、骨董品店を名乗っているくらいなのだから、年代物の骨壺なんでしょう。


 いや、それにしたって骨壺だ。一度はお骨を入れて埋葬されていたということだろうか? 掘り返して売りに出すなんて、盗品でもない限りあり得ないと思うけども。


 あり得そうな気がしてきちゃうのがこの店だ。どんな曰くが付いたものであろうと、贋作であろうと、ド素人みたいなおじいさんが適当に買い付けて、ゴミ屋敷と見間違うほどガラクタをため込んでいるような、セキュリティも必要ない骨董屋さんだった。あまりにものが多すぎて、というか、そもそも興味もないので骨壺があるかどうか噂の真相を確かめようともしなかった。

 興味がないから覚えているはずもないのに、ガラス張りになった店舗内をチラ見するたびに、ぎゅうぎゅう詰めに置かれた陳列物が入れ替わっているような気さえする。


 奇妙なのになんの印象にも残らない骨董品店だったけど、ピアノのお稽古からの帰り道、店の前を通りかかると、もそもそと誰かが話している声が聞こえてきた。


『ショウマくんの膝の上で――』


 というフレーズに反応してしまったのだ。

 それほど珍しい名前でもないけれども、好きな人と同じ名前に心臓がトクンと高鳴った。

 しかも、膝の上で、膝の上でどうなるの!

 盗み聞きなんてよくない。

 よくないけど、すごく気になる。

 ショウマくんって、あの岡田晶馬なのか。


 そうだ。

 わたしはバッグからスマホを取り出して、LINEの返信でも打ち返しているかのように操作するふりして店の前で立ち止まった。

 そば耳を立てると、やはり骨董品店から声が聞こえてくる。


『ショウマくんは勉強しているといつも眠ってしまう。だから飼い猫であるランビを膝の上にのせて机に向かうという対策を取っている』


 やっぱり! 岡田くんのことだ。

 ランビという三毛猫とテンというモルモットを飼っているのは人づてに聞いていた。


『眠気が差して足がだらんとなるとランビが膝から落ちないようにもがき、ショウマくんも目を覚ますというわけさ』


 その様子が脳内で再生され、そのかわいさに、にやけてしまった。

 さすがにこんなエピソードは聞いたことがなかった。岡田くんとは緊張しすぎてあまり話もできないし、わたしの友達だってそこまで詳しくはない。

 誰が話をしているのか。岡田くんをよく知る人物なのだろうか。

 それにこの雑音はなんだろう。店の中で誰かが会話しているというよりは、電波の悪いテレビかラジオでも流れているようなかんじ。


 ガラス張りになった店内を見渡す。何段にもなっている棚の上にはリアルにかたどった動物の置物や、どこかの土産物の提灯とか、呪われていそうな日本人形など、外向きには置かれているけど、ディスプレイとしてはセンスのかけらもなく無造作にぎっしりと並べてある。

 ふと視線を下に向けると古ぼけたラジオが置いてあった。これだろうか。


『続いては伝書鳩ニュースです。ちまたで話題の白オウムと、ついに、接触に成功しました!』


 やっぱりこれだ。ここから聞こえてくる。

 そのラジオはノートぐらいの大きさはあった。木製で、上部に目盛りがあり、ダイヤルで周波数を合わせるタイプのものだ。下の方は布張りで、スピーカーになっているのだろうか。ラジオ以外の機能はなさそうだった。


 こんなにも古いラジオがまだ動いている。それをアピールするならもっと目立つところに置いたらよさそうなものだが、下段の目立たぬところで他の骨董と供にホコリにまみれて置かれてあった。


 ラジオなんてまったく聞くことがないから、どんな番組かも見当が付かない。

 少しちゅうちょしたけど、わたしはしゃがんでガラス越しにスマホで写真を撮った。商品の写真は撮らないでとは書いてないし、大丈夫でしょう。

 あとで画像を見て周波数と撮影した時間を確認し、新聞の番組表を見て番組名を調べよう。岡田くんに関する情報なら何でも知りたい。

 話の内容からして、岡田くん本人がラジオ番組に投稿したのではなさそうだ。岡田くんと親しい間柄のひとか、それともその現場を目撃していたひとか。

 こんななんでもないようなネタを採用するのがラジオというものかわからないけど、このエピソードの最中にたまたま通りかかるなんて奇跡みたいだ。


『さてさて。今日はこのへんにしようかな。みなさんご静聴ありがとう。みなさんの声も聞かせてね』

「いえいえ。こちらこそありがとう」

 思わず口に出してつぶやいてしまった。

『おっと。お礼までいわれちゃった。君は誰?』

「え?」

『君だよ。ありがとうっていってくれた君』

「えっと。これって、ラジオじゃないの? もしかしてトランシーバー?」

『うーん。もしかしてだけど、君って、人間の女の子かな?』

「……そうだけど」

『なるほど。こういうこともあるんだよね。驚かないで聞いてくれよ。俺はモリノキツツキ』


 モリノキツツキ……変わった名前だ。芸名だろうか。有名人なら驚いたふりでもしておいた方がいいのかな。


『うんうん。絶句するのもわかるよ。滅多にないことだからね。そこはどこ? お寺? それとも神社?』

「え? いいえ。骨董品店の前です。目の前にラジオみたいなのがあって、そこからあなたの声が聞こえるようなんだけど」

『ほう。最高に珍しい。ちょっと声が聞き取りにくいと思ったら、そういうことか』


 モリノキツツキはひとり納得しているが、まったくなにがなんだかわからない。へんなひとなら相手になっていたらやばいことがおこるかもしれない。でも、このひとは岡田くんと知り合いなのかもしれないし。


「あの、声が聞き取りにくいのはガラス窓を挟んでいるからだと……」

『え? ガラス? 木製じゃないの?』

「そうじゃなくて。ちょっと待ってください。いま、向こう側に」


 あたりはだんだん暗くなってきて、本当は早く帰らなくちゃいけないんだけど、このままでは帰れなかった。

 入り口の引き戸もまたガラス張りになっていて中の様子をうかがう。入り口付近はかろうじて人が通れる通路になっているが、人影はなかった。

 引き戸に手をかけると鍵はかかってなかったので、まだ営業中だろうと中へ入った。高いところにまで品物が並べてあって店の奥の方まで見えない。店主がいるかいないのかもわからない。


 棚の裏に回ってラジオを探し当てた。背面にコードが付いているが、束ねてあって電源が入っていなかった。

 ほかの商品を倒してしまわないようにどうにかラジオを手にとり、布張りになったところに口元を近づけて小声でしゃべった。


「モリノキツツキさん、聞こえますか。電源が入っていないんだけど」

『なんだかさっきより声が小さいね』

「ごめんなさい。思ったより静かで、あんまり大きな声で話せない」

『へんなひとだね。まぁいいよ。大丈夫。電源があるかないかは関係ないよ。だって森の中には電線がないからね』

「どういうことですか」

『俺はいま、樹齢千年を超えるクスノキの枝にとまっている』


 ますますどういうことかと聞き返したくなる。

 ツリーハウスの上に住んでいるということだろうか。

 大真面目な口調でモリノキツツキは続けた。


『千年以上生きている木にふれていると、別の場所にある樹齢千年の木にふれている動物と話ができることがあるんだ。木の霊力というのか、なぜそうなるのかはわからないし、すべての動物たちと交信ができるわけじゃないんだけど、ともかく、木という木を渡り飛んだ結果、千年以上生きた大木だけが特別だとわかったんだ』


「ちょっと待って。モリノキツツキって、森の中に住んでいる鳥のキツツキっていう意味? わたしは鳥とお話をしているの?」


『そうだよ。俺は森のキツツキ。木に巣穴を開けようとくちばしで突いていたら、突然うるさいと怒鳴られたキツツキ。あたりを見渡しても誰もいなくて、その時はじめて遠い場所にあるイチョウに登っていた猫に怒鳴られたことを知ったのさ』


「もし、あなたのいってることが本当だとしても、わたしが今いる場所は骨董品店なの。住宅兼店舗ってかんじの小さなお店なんだけど、ここは住宅街だし、樹齢千年を超えるような大きな木はこの辺にはないわ」


『だからさ、これはレアケースなんだよ。君が手に持っているのはラジオだっけ? たぶんそのラジオは樹齢千年を超える木で作られたんだと思う。でも、伐採してしまうとチカラが失われてしまうからね。人の手によって加工された物とか建物で交信できたってのは話でしか聞いたことがなかった。うーん、まさに千載一遇の奇跡』


 確かに、奇跡だとは思ったけど、それは岡田くんの話が聞けたからで。


「そうだ。どうしてあなたは、あの猫、ランビのことを知っているの」

『それがさっきのイチョウの猫だよ。君もランビのことを知ってるくらいなんだから、ご近所さんだよね。近くのお寺に大きなイチョウがあることぐらいは知ってるだろ? 樹齢1300年を超えてるそうだよ』

「ああ、あのお寺か」


 そこへ行けばランビに会えるのか。

 まさか岡田くんが散歩させてるわけじゃないだろうが、ランビに会ってみたかった。三毛猫ならすぐわかるはずだ。――って、そこの部分だけ彼のいうことを信じるなんて馬鹿みたい。


『ランビは飼い猫で、人間界のことも俺よりはずっと詳しいからたまに話を聞くんだ。伝書鳩とも友人だよ。彼らは人間に近いところにいるから、俺たちには知り得ないおもしろいネタを聞き出して、たまに自然界の動物たちに聞かせてやるのさ。まぁ、いつも一方的だから、それこそラジオみたいになっちゃうんだけど』

「あの、ごめんなさい。もう遅いから帰らないと」

『そっか。人間界には門限というがあったんだね』

「じゃあ、また。今度はイチョウの木で話ができるかも」

『いや。それは無理かな。人間とは人間が加工した物でないと交信できないようなんだ。アンティーク家具とか、そう神社とかお寺とかね。ただ、神社やお寺はあまりに古いからそのチカラが失われていることがほとんど。だから、そのラジオじゃないと無理だと思うよ。それもいつまでもつかわからない』


 怪しい。やっぱりこのラジオに何か仕掛けがあるのだろうか。コードがコンセントにささってないし、乾電池を入れるようなふたもついてないが、やけに大きな箱。二重になっていて、中に仕掛けがあるのかも。早く帰ろう。


「それじゃ、また機会があれば」

『うん。気をつけて。暗い夜道は危険だからね。不穏なことに巻き込まれないように。そうそう不穏なことといえば――』


 わたしは聞こえないふりをしてそっとラジオを置き、骨董品店をあとにした。

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