32.ずっと欲しかった言葉でした

「ふぅ。たくさん買いました!」


 うふふ、と満足げに笑うと騎士長が首を傾げた。


「たくさん? 3着が?」


 3着、とでも言いたそうな顔だ。


「たくさんじゃないですか。前の私は季節ごと数枚服があって、新しいのなんて1年に1度買えれば良い方でしたし...。」


 そうなのか⁈ と騎士長が驚きの声をあげた。


「貴族の女性ともなれば、下手すれば1度着たものは二度と着ないなんていう方もいらっしゃるからね。まして一国の姫ともなれば...。」


 そこで言葉を止めると意味ありげにちらっと私の方を見た。


「む、なんですか?」


 何か文句でもあります? ちなみに私、姫としていられたのシャリリグランの王都で拾われて王と謁見するまでのほんの数刻ですよ!

 なんてむくれていたら、いきなり騎士長が今日何度目かの笑い声をあげた。


「ははっ! いや、シュルカはそのままで良いと思う。その姫らしくない感じが俺は好きだ。」


「ッ‼︎ 」


 うああ! もう、こういうところですよ誤解される元は......! ご自分の顔が爽やかイケメンだってこと知らないのかなこの方。


 とはいえ。

そのままで良い、そう言って騎士長は優しく微笑んでいた。

その言葉は、嬉しい。


 なんだかんだ言って、不安な気持ちはずっとあった。姫としての作法も責務も分からなければ、人質として今後の処遇も分からない。

 衛兵のワルドさんと仲良くなって、その次はアラン師団長やリィナさん、リード騎士長、ロウラやラーサ、カイル。

 そうやって知り合いが増えても、どこか心の奥では自分の居場所がどこにあるのか分からない不安が燻っていた。


 でも、これで良いんだ。私は、私のままで。

 ちゃんとした確信が持てなくて苦しかった。でも、騎士長のその言葉1つでこんなにも心が軽くなる。


 不意に、鼻の奥がツンとした。

 騎士長の驚いた顔が徐々にぼやけていく。

 こんな街中で泣くなんてそれこそ迷惑だよ、なんて冷静に考える頭とは裏腹に涙が頬を伝う。


「...シュルカ。」


 騎士長の気遣わしげな声が聞こえる。


 心配をかけたいわけじゃないのに。ただ、嬉しいのだ。異国の地でたくさんの味方ができて、それで良いんだよって言ってくれた。それが、たまらなく嬉しいのだ。


 ーーせめて、この感謝を伝えなきゃ。


「きし、ちょ、う...。」


 でも、どうしようもなく声は震える。

 それでも騎士長は言葉の続きを待ってくれていた。それすらも嬉しくて、その気持ちのままに笑顔で伝える。


「ありがとう、ございます...。」


 涙は止まらないけれど。

 これは、嬉し涙だと伝わっただろうか。

 騎士長を見上げると、少しぽかんとしていたが、すぐに優しい眼差しに変わる。


 ぽん、ぽん。

 少しぎこちなく頭を撫でる手。


 ーーやっぱり、女性を相手にするのは苦手なのか。


 なんて考えてしまって、思わずふっと笑うと、騎士長が訝しげな目を向けてくる。


「すみ、ません。優しいお兄ちゃんだな、と思いまして。」


 なんて言って涙を誤魔化してみると、


「あぁ、妹が急に街で泣き出してしまってお兄ちゃんはどうしたら良いんだか分からないから、早く泣き止んでくれなきゃ困るな。」


 とのってきた。


「泣かせたのはお兄ちゃんですけどね。」


「だが、シュルカはお礼を言っただろう?」


 う、まぁ、それは確かに。


 それには返す言葉がなくちらっと顔を伺うと、目があった。


「ふっ。」

「あははっ!」


 そう同時に吹き出して、そのあとは2人で笑いながら帰路についた。


 帰り道は、シャリリグランでは寂しい夜の始まり。


 でも、ここでは。

ただいま、って伝えたい人たちが、相棒がいる。


 その温かさを噛みしめる。

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