28.不運な、それでも幸せな日でした

「ってそうだ、午後からはアラン師団長の授業だった...!」


 ーーフテラと仲直りできてほのぼの、なんてしてる場合じゃない! 遅れたら絶対実験体コースだよ!


 と考える時間さえ惜しくて、フテラを抱いて走り出した。

 師団長の部屋は王宮内としてはここから近い方だが、何せ王宮自体が広すぎる。かなり頑張って走らないと間に合わないだろう。

 そう冷静になって考えつつ、まずは階段を上ってーーと思ったのだが、その階段の前にはなんと、


 <修理中のため迂回をお願い致します>


 との看板。

 思わず、


「この急いでるときにどんな偶然かな⁈ 」


 と叫んで回れ右。


「ここの次に近い階段は...あの渡り廊下の先だ!」


 まだ覚えきれていない王宮内の地図を頭に引っ張り出して考える。

 そして渡り廊下に勢いよく走り込んだのだが、その瞬間横の広場から、


「きゃっ⁈ 」


 なんて声が聞こえたかと思うと上から水が降ってきた。

 流石に驚いて止まると、悲鳴をあげた人物ーー恐らく広場の花に水をあげていたのであろう女官ーーが、


「も、申し訳ありませんっ! 今日は気温が高いので、渡り廊下に打ち水をするように申しつけられていまして...まさかタイミングよく走り込んで来られる方がいらっしゃるとは...!」


 というが早いか深々と頭を下げる。

 だが見た目には女官より地位が上の魔法師とはいえまだ新入りだし、この間まで庶民だったシュルカにとってはそんな礼儀正しさはただただ焦りを増すだけだ。


 ーーしかも今の状況、どう考えても私のせいだよね⁉︎ というか時間! 時間がっ!


 と頭が状況に追いつかないシュルカは、


「あぁぁあ‼︎ 本当にごめんなさいっ! 私のせいなので、本当気にしないでっ⁈ むしろごめんなさい、本当、ごめんっ! 私、時間がっ、ごめんなさい‼︎‼︎ 」


 と、この2ヶ月のマナー授業とはなんだったのかと誰もが首をかしげる勢いでぺこぺこしながら「ごめんなさい」を連呼し、渡り廊下を駆け抜けた。




 -・*・-

 にこにこにこにこ。


 ーーわぁめっちゃ楽しそうですねアラン師団長。なんかめっちゃデジャヴだけど。


「...あの。」


「うん、遅かったね? シュルカ。」


 そう、シュルカは結局間に合わなかった。

 そして今、びしょ濡れのままアラン師団長の前に立っているのだが。


「ッ! す、すみません! 階段が修理中で迂回してたら間に合いませんでした...。」


「へぇ? 階段を修理するなんて聞いてないけど...。それに、濡れたのも修理のせいなの?」


 にこにこ。


「いや、これは不運の事故で...。」


 ぽた、ぽた。


「そうか、まぁいいよ? じゃ、ちょうど良いからその水を使おうか。」


「へ?」


 ーーまさかの水攻め二回戦ですかっ⁈


「今までの魔法は要素そのもの、水なら水を火なら火を生み出すところからやっていたでしょ? 今回は既にあるものを操るってことだよ。普通の魔法より、魔力の消費量が少なくて済む。」


 ーーあ、普通に授業なのか。優しくなったものだなぁ。


「...まぁこれ、普通の魔法より断然難しいんだけどね。」


 にこ。


 ーーですよね~!


 ぽたたっ。




 -・*・-

 結局その日、アラン師団長は水を操れるようになるまで帰してくれなかった。そしてやっと帰れたときには、すでに夜中になっていたのである。


「うぁあ、疲れた...。」


 ベッドに包まれる感覚が気持ち良くて、すぐに眠ってしまいそうになる。


「でも、日記書いておかなきゃ。」


 そう呟いて、眠気を訴える体に鞭打って立ち上がる。

 別に日記自体は必ず毎日書くなんて決めているわけではないけど、その日教えてもらったことーー今日ならフテラのこと、そして魔法のことーーはその日のうちに書き留めておくようにしていた。


 日記を開いて椅子に座り、ふと後ろのベッドを振り返って見る。ベッドの上、シュルカの枕の横にはフテラ用のクッションとタオルがあり、今はそこでフテラが気持ちよさそうに寝ている。


 魔法の練習をする前、騎士団での訓練がまだ終わりきっていないことをアラン師団長に伝えると、じゃあフテラと遊びながらできるようにしよう、と言ってリィナさんとお昼ご飯を食べた場所の奥にある湖に連れて行かれた。


 そしてフテラを湖で遊ばせつつ、シュルカはフテラの周りの水を操ってフテラを浮かしたり動かしたりする練習をした。

 その中でそれとなくフテラに質問をして、ときには自分語りもして、なんとかリード騎士長からの課題もクリアできたのだ。


 1日遊んだフテラは、夕方には寝てしまった。


 ーー確かに、まだまだこどもだよね。


 お腹を上に向けた無防備な寝姿を見てそう思う。


 ーー騎士団や魔法師団の役に立ちたいから、期待に応えたいから、なんて理由で焦ってたなんて自分勝手にもほどがあるよ、私。


 "相棒との関係を深める"、それを目指していながらフテラの気持ちを考えようとしなかった。そう思うと自分のやっていたことの矛盾が恥ずかしくて、顔から火が出そうになる。


「あ。」


 フテラの方を見つつ悶々としていたら、フテラが寝返りをうち、その上にかけられたタオルは床に落ちてしまった。


「...仕方ないなぁ。」


 そう言って立ち上がると、タオルを拾ってフテラの上にかけ直す。


『んきゅ...』


 そう寝言を呟いたフテラは、美味しいものを食べている夢でも見ているのか、時折口をぱくぱくしている。


 そんな姿が愛おしくて。


「私、これからはちゃんとフテラの気持ちを考えて...感じて動くようにするよ。だから、これからもよろしくね、私の相棒。」


 シュルカはそう約束すると、この気持ちを書き留めるために机に戻った。

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