27.先行きが不安になりました

「フテラっ! ...どうして無視するの?」


 はぁぁ、と大きなため息をつく。


 リード騎士長にまずは相棒と仲良くなれ、と言われたのは一昨日のことだ。そしてそれからずっと就業時間中はフテラと2人で訓練をしている。

 訓練内容は、魔物駆りの騎士さんたちが誰しも最初に通る内容らしく、相棒と一対一で話し、お互いのことをより深く知るというもの。

 とはいえこの時点では相棒の感情は見た目でしか判断できないので、多少時間がかかるらしい。


 ーーとはいっても、リード騎士長は3日ぐらいが目安かな、って言ってたよね。


 加えて、シュルカとフテラはもう実戦経験があるからもっと早く終わるかもね、なんて期待もされていた。


 それなのに。


「フテラ、ちょっとこっちに来てお話ししない?」


 そう何度呼びかけても、フテラは草むらを興味津々に嗅ぎまわったり走り回ったり、挙げ句の果てはあの仲良くなったブラックドッグの子と遊び始めたり。


 ーー今日の午後はアラン師団長に魔法を教えてもらう予定だから、実質今の時間が目安の3日の最後なのに...!


 そう思うと、余計に焦る。焦って厳しい声になればフテラはもっと嫌がる。


 ーー落ち着いて。


 そう自分に言い聞かせると、努めて優しい声で、もう何度言ったかわからない言葉を投げかける。


「フテラ、おいで。私とお話ししよう。」


 でもフテラはこっちをチラッと見たかと思うと、ふんっと音が出そうな勢いでそっぽを向いてしまう。


「ちょ、フテラ! ...あぁもうどうしよう。」


 そのとき、正午を告げる鐘が鳴った。


「嘘っ!」


 ーー結局、一対一の対話なんて1番最初の数分しかできてないよ...。


 そう途方に暮れていたら、後ろから声をかけられた。


「...シュルカ?どうかしたの?」


 声の主はリィナさんだった。午前の訓練を終えて昼食に向かう途中なのだろう。

 シュルカが事の顛末を話すと、ふむ、と言って考え込んだあと、


「シュルカ、お昼はまだだよね? 私と一緒に食べない?」


 と提案してきた。

 時間がなくて焦っていたシュルカが迷うそぶりを見せると、


「大丈夫だよ。そもそもリード騎士長だって、そんなことで怒ったり見放したりするような方じゃない。気分転換も必要だ。」


 そう言って優しく笑う。

 その笑顔はシュルカの焦りも不安も全て見透かしているように柔らかく、シュルカもこく、と頷くと有り難く提案に乗らせてもらうことにした。




 -・*・-

「ここで食べるんですか?」


 食堂でサンドウィッチを受け取ったあとリィナさんがシュルカとフテラを連れてきたのは、城の裏の森の少し奥にある、木々がまばらな広場のようなところだった。


「そう。気分転換といえば新鮮な空気の中で、でしょう?」


 そう言うと倒木に腰掛ける。

 そしてシュルカが隣に座ると、


「フテラも一緒にご飯を食べよう。」


 と呼びかけ、フテラが寄ってくると倒木の上に乗せてあげ、横に焼いた鶏肉を置く。


「今日は、少し贅沢だ。」


 そう笑い、ご飯を食べ始めたのでシュルカもそれに倣ってサンドウィッチを手に取った。




 全員がご飯を食べ終わるとリィナさんは、


「フテラ、私と少し遊んでくれないか? かけっこでも良いしこの少し先にある湖で泳ぐのでも良い。フテラはどっちが良い?」


 とフテラに話しかけた。

 フテラが目をキラキラさせて走る動作をすると、


「そうか! 走る方が好きなんだな。よし、私に勝ったらご褒美をあげよう。そうだな...何の果物が良いかな?」


 と言う。

 フテラはご褒美という言葉に反応して凄く嬉しそうだ。


 そうして、そのあとリィナさんはお昼の休憩時間が終わる10分前まで、フテラと一緒に走ったり果物を食べたり木に登ったりしていた。


 フテラもそれはそれは楽しそうで、ここ数日シュルカが見ていた顔とは全く違う、キラキラした笑顔を見せていた。


 そんな光景をぽかん、と見ていたシュルカの横に、少し汗をかいて戻ってきたリィナさんが唐突にこう言った。


「...フテラは、泳ぐことより走ることが好き。飛ぶように走るし、持久力もある。でも、あんなに立派な爪を持っているのに木登りはできない。果物ではみかんみたいに酸味のあるものは苦手で、うさぎの形に切ったりんごがお気に入り。」


 ーー私も知らないことを、こんな短時間に?


 驚いて言葉も出ないシュルカを見ると、ニコッと笑ってこう繋ぐ。


「フテラは、まだ生まれて少しのこどもだ。こどもは、遊ぶのが仕事だろう? 騎士団の魔物たちは大人になってから相棒として出会ったものが多いから、教育方針は違うのかもしれないけどね。」


 ーー! そっか、そういえばフテラはずっと遊びたそうにしてた...。


「私、やり方が間違ってたんですね。」


 そういって落ち込んだシュルカに、首を横に振ってリィナさんは言う。


「いや、こどもと大人の違いに気づかないリード騎士長が悪い。シュルカがそんなに責任を感じる必要はないよ。...でも、これで無事に訓練は終わらせられそう?」


 リィナさんは最初からこの可能性を想定していたから、森の中でお昼を食べることを提案したんだろう。

 その優しさが胸にじんわりと広がる。


「はいっ! 本当にありがとうございました。思えば、リィナさんには教えてもらってばかりですね。」


 それを聞いたリィナさんはふふっと笑ったあと、


「妹ができたみたいで私は嬉しいけどね。...それじゃあ、私はもう行くよ。シュルカも、アラン師団長の授業に遅れないようにね。」


 と言って小走りで行ってしまった。

 きっとシュルカを気遣って、忙しい中ぎりぎりまで時間を割いてくれたのだろう。


「ありがとうございます、リィナさん。」


 もう一度小声でお礼を言うと、フテラに向き合い、


「ごめんね、私フテラの気持ちに気づかなかった。これからはたくさん遊びながら君のことを教えてね。」


 と声をかけてフテラを撫でる。

 その気持ちがフテラには伝わったようで、フテラもごめんね、と言うように鼻先をシュルカの手に寄せると、


『きゃぅん!』


 と声を出してシュルカを見る。


 <仲直りの挨拶だよ>


 そんな気持ちが伝わってきた気がしたのは、きっと、気のせいなんかじゃない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます