小話 影からの祈り

 この話を読まなくても本編に支障はないです。


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 昨日俺は、新たな仕事を命じられた。

 しかも他国絡みの厄介ごとときたもんだ。


 食堂でいきなり上官に話しかけられてみんなの前で言われたものだから、そのあとの周りからの同情と言ったらうざったくて仕方がなかった。


 どうせ、自分は庶民上がりの立場だ。金さえ貰えればなんでもいい。

 そうぶっきらぼうに考えて、新しい職場に向かう。


 そのの前ーーには質素な馬車が止まっていたので実際は横だがーーで俺を待っていたのは、茶色の髪に緑の目、不安げな表情をしたごく普通の女の子だった。


 例の姫がなんか無理難題でも出して侍女を困らせてんのか? だとすりゃ、なんて立派なお貴族様だ。この国の王とは違うな。

 そんな不快感を醸した表情を隠すこともなくその子に尋ねた。


「んで、隣国の姫様は何をご所望だ?」


 すると、その子は上手く聞き取れなかったのか困り顔を深めると首を傾げた。


「...ま、自分で聞くから良いよ。姫は中にいるのか?」


「...あの。」


「あ?」


「姫、というのはシュルカ・シャリリグランのことでしょうか。」


 主人を呼び捨て?

 もしかしたら姫は、ときどきいる最低なお貴族様のように召使いを奴隷とでも勘違いしている訳ではないのかもしれない。とはいえ所詮はシャリリグランのあの愚帝の娘なのだ、たかが知れているだろう。

なんて思いつつ、


「そうだな、名はそう聞いている。」


 と質問に答える。

 その子は苦笑を浮かべると、言いづらそうに


「それ、私です。」


 と言った。


「え。」


 ーーいやいやいやいやそんなことはないだろう。姫で、大使だぞ? お供の1人もいないなんて有り得ないだろう。

 さては、何か隠しているのか?

 少し眼光を厳しくして、


「それは、ないだろう。お前は確かに綺麗な顔立ちをしているが、雰囲気が庶民のそれだ。」


 そう問い詰める。

 だが、


「えと、それは...昨日まで私も自分が姫だと知らずに街で暮らしていたので。」


 と言う。

 ーーまさか。いや幾ら何でも。

 嫌な想像が頭をかすめ、それを確認するために馬車に向かう。その中には。


 1人分にしても小さなトランクがひとつ置いてあるだけだった。


 本当に姫が1人で来たのか?

 いや、だが、あの子が囮もしくはスパイという可能性もある。油断はするべきじゃない。余計に話をしない方が良いな。


 そう方針を決めると、


「これは失礼致しました。シュルカ・シャリリグラン王女殿下。私は貴女様の護衛としてつかせていただく、ワルドと申します。何かあれば申しつけください。それでは、私は外に立っておりますので。」


 と一気に述べ、相手の答えも待たずドアの横に移動する。


 その子は、少し迷うように目を揺らした後、


「よろしくお願いします。」


 と頭を下げる。

 その見目はとても同情を引くもので。


 ーー厄介な仕事だよ全く。


 はぁ、と気づかれないようにため息をついた。




 -・*・-

 それから、あの姫様は何度となく話しかけてきたが、俺は自分がこの国の足枷になるなんてごめんだと思っていたから、あくまで使用人としての態度を貫いた。

 どうせ近いうちに本性を晒すだろう、と思っていたから。

 シャリリグランの姫なら、侍女の1人もいない生活に耐えられるはずもないのだ。


 そのはずなのに。


 その子の料理や洗濯をする手つきは、自分の記憶の中にある故郷の村の人々と同じぐらい滑らかで。

 そしてその頃、他の奴から聞いたことによると、あの姫はどうやら実質人質らしい。シャリリグランがこの国に何かすることがあれば、真っ先にその命を刈り取られてもおかしくない立場ということだ。


 ーーあの国の王が我儘し放題させてきた自分の子を1人で送り込んだりするだろうか。


 その浮かんだ疑問が指し示すところは、つまり...。

 ーーあの子は本当に、何も知らずいきなり連れてこられたのかもしれない。


 異国にいきなり送られ、話す人もなく、情報をくれる人もなく、いるのは型通りの返事しかしない衛兵が1人。それは、ただの女の子にとってどれだけ辛いものか。

 毎日のように話しかけてきてうざい、めんどくさい、そう思っていた自分を殴り飛ばしたくなった。


 それから、彼女が話しかけてきたときはなるべく会話を広げるよう努力するようになった。

 そして話せば話すほど、その子はスパイなんかじゃないと確信を抱くようになった。なぜなら、例えば俺がこの国の政治なんかに関して口を滑らせたとき。その子は隣国の姫である自分が聞いて良いのか不安になったようで、落ち着かない様子で困り顔をする。


 ーーもしスパイなら、選任ミスも良いとこだ。


 そう思うと不思議と、逆にこの子に色々と教えてあげたくなってしまった。


 それからというもの、俺は毎日の仕事が楽しみになった。同僚は茶化して、悲劇の姫に感化されたか? なんて言ってくるけど違う。

 あの子はあくまで普通の女の子。普通の子なんだけど普通じゃない場所に囚われて、それでもめげずに頑張っている姿は凄く美しいんだ。


 そう、この間もあの子は働きたいなんて言ってきた。それでめちゃくちゃ怖いって噂の魔法師団長たちを相手に2ヶ月勉強を頑張って、ついに魔法師団員の一員になったらしい。


「...すげぇ奴だよ、ほんと。」


 と思わず呟くと、隣の奴が


「あ? なんか言ったか?」


 と聞いてきた。


「なんでもねぇよ。」


 そう答える。そいつは不満そうな顔をしてたが、これはこの仕事を受け持った俺だけの特権だ。


 もちろん、もうあの子の衛兵ではなく、もう会うことすらないかもしれないのだけど。


 それでも。


 ーーシュルカ、幸せになれよ。


 彼女に祈りを。

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