21.困惑しました

 厚い空気の層の奥に消えていく敵の姿が、やけにスローモーションに見えた。


 ーーそんな、このままじゃ、ロウラたちが!


 よりにもよって水晶を持っていた人が水の適性持ちで、フテラの魔法から逃れるなんて。


 フテラで魔法をーーと思うも、適性以外の中級魔法を、スライムの汚染を浄化したとき、そしてさっき敵の足を絡めとり口を塞いだ水の流れを作ったとき、と今日で2回使ったフテラは、魔力をほぼ使い切ったようでゼェゼェと荒い息をあげていた。


 フテラなしに、私にできることなんてほとんどない。そう思い知らされる。


 ーーッ、諦めるしかないの?

 ラーサには、ロウラには、もう会えない、の...?


 そう絶望しそうになったとき


「これは不可抗力だな。」


 そう呟いたカイルが逃げた敵の方を見据え、


「ーー彼の者の音を現せ。」


 と言った。


 その瞬間、水を打ったように周りのすべての音が消えた。

 ...いや、ひとつだけ。

 逃げた敵の方から、ざっざっと遠ざかる音が聞こえた。


 ーーこれは、闇の魔法?


 私が驚きの声をあげるより先にカイルは剣を構えると、なんと敵の足音の方に向かって投げた。


 ーーえ⁈ いくらなんでも、届かないんじゃ...。


 敵も走って逃げているのだ。流石に手で投げた剣は届くはずがない...。

 そう思ったのもつかの間、飛んでいた剣が消えた。

 いや、2メートルほど先、およそ敵の足音よりも前に刃を敵の方に向けて現れたのだ。


 カイルの、


「繋げ」


 という小さな一言が聞こえたその瞬間に。

 そして、


「なっ!」


 という驚きの声と共に現れた敵が、ドサッと倒れた。

 その姿を見ても、シュルカは今起きたことが信じられなくて、呆然としていた。


 ーーカイルが魔法を...? それも、ふたつの適性の中級魔法なんて...。どういうこと?


 だが、私の困惑をよそにカイルは特別何を言うわけでもなかった。その態度が余計に混乱を誘って、頭の中がぐるぐるしていた。

 ごちゃごちゃと考えていたら、目の前にスッと手が差し出される。


 ? と思って見あげると、


「お疲れ。だがとりあえずは、水晶を取りに、みんなを取り戻しに行こう。...立てる?」


 そう言われてハッと気づく。

 知らないうちに、座り込んでしまっていたみたいだ。

 慌てて立ち上がる。


「そう、だね。まずは取り戻さないと。」


 そうだ。呆然としてる場合じゃない。

 そう思って駆け寄ると、魔法師の腹には剣が刺さり、気絶しているようだった。


 そしてその手には紫色の水晶。が、微かに光ったかと思うと目の前にロウラとラーサ、そして同じく襲われたのであろう4人が現れた。

 みんな意識はないが、特別大きな怪我をしている人もなく、ただ眠らされているだけのようだった。


 そこまで確認して、やっと深く息をつき、またへなへなと座り込んでしまう。

 と同時に、ぽろっ、と涙がこぼれた。


 あ、私、自分で思ってるより頑張ったんだな...。

 そう自覚すると、もっと泣きそうになる。


 そんな私にカイルが気遣わしげに、


「シュルカ、」


 と声をかけかけた瞬間、遠くから


「そこにいるのは第4グループと第7グループか⁈ 」


 と叫ぶ声。

 そして走ってきたのはリィナさんだった。


「ッ、ハァ、これは...一体何が。ハァ、ハァ、とりあえず、ご無事でよかった、です...本当に。」


 かなり急いで走ってきたのだろう、息を切らしてそう言った。


 ーーん? 何故に敬語?


 リィナさんの態度でまた困惑していると、リィナさんの後ろから更に複数人が走ってきて、


「殿下⁉︎ ご無事でしたか、あぁもう毎度毎度衛兵を振り切って勝手にどこかに行かれるのはおやめください‼︎ 」


 という叫び声が聞こえてきた。


 ーーん? ちょっと待って、今この人たち、



 ......



 ーーーーーーは⁇⁇


 え? いや、でんk、えっ。


 恐る恐る横に立っている人を見上げる。

 目があったその人は、ふふ、と笑ってこう言った。


「あぁ全く、お前たちのせいでばれてしまっただろう? お陰でシュルカが酷く困惑しているぞ?」


 すると走ってきた兵たちが、


「いずれ、ッハァ、バレていたことでしょう...ハァ、それなら、教えるのは早い方が良かったのでは?」


 と呆れたように言う。


 ーーえ、殿下ってのはマジなの? いや、本当なんですか?


 そんな私の心の中の修羅場も知らずにカイルは、


「それもそうか。それなら、今自己紹介してしまおう。ーーシュルカ、私はカーティス・アリウェスタという。第1王子というものをやらせてもらっている。」


 なんて簡単に言う。

 しかも今までと何ら変わらない、普通の笑顔で。

 "というもの"ってなんだよ。いや、問題はそこじゃなくて...。


「...え。」


「少しきな臭い情報を手にしたので潜り込ませてもらった。まぁ別の目的もあったが。」


 そう言ってチラッとこちらを見る。


「へ。」


 そんな私の反応をみて少し困ったような顔をしたカイルは、私の隣にしゃがみ込んで、


「...隠していてすまない。魔法のことも。そして今回、ここまでのこととは分からずとも、何か起こると察していたのに何も言わなかったことも。...君たちの力がなければ、今頃若い才能を失っていたところだった。感謝する。」


 そう言って頭を下げた。

 それを見た兵たちが慌てるのがわかった。

 シュルカとて、その行為の意味を知らないわけではない。慌てて言葉を紡ぐ。


「カイル。いや、カーティス殿下。頭をあげて下さい。私が戦えたのは、ラーサやロウラ、フテラ、そしてカイルのおかげ。だから、お礼を言うなら私の方!...本当に、ありがとう。」


 そう言って微笑んで見せた。

 これは、心からの言葉。カイルが王太子であろうと、その事実は変わらないから。

 カイルは私のその言葉を聞くと、そうか、と一言って頭をあげた。


 その顔に、一瞬、見覚えのある不気味な笑みを浮かべていた。

 あ、これ、休憩のときチラッとみたやつだ。やっぱりあれ見間違いじゃなかったのか。


 ーーあれ、なんか私間違えた気がする。


 そんな嫌な予感は確信に変わる。

 カイルが作り直した完璧な笑みをこっちに向けて、


「それじゃあ、これからも私が騎士として潜入するときはよろしく頼むよ。みんなには秘密にしておきたいのでな。」


 と言ったときに。


「...」


 にこにこ。


「...なんでこうなった...。」


 何がどうしたら、王太子の秘密を知り、それを守る側にならなきゃいけないんだ...。


 はぁ、と溜息をつく。

 だが、変わらないそのカイルの笑みを見ていると、仲間として濃い時間を過ごしたからなのか、仕方ないなぁ、なんて思えてくるのだ。


 きっとそのときの私の笑顔は眉尻の下がった苦笑だったのだろうが、それでも確かに、さっきまで溢れそうだった涙はもう止まっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます