12.産まれました

「それで、まだかえらないの?」


「うぅ...はい。もう演習は明後日なんですけど、どうしましょう...。」


 あの日相棒となった卵は、未だ孵っていなかった。ずっと毛布に包み持ち歩いているのだが、なにせ30センチはあるのでなかなかに重い。はっきり言ってそろそろ肩が辛かった。


「銀色の卵なんて見たことないしなぁ。うーん、少なくとも1日は多少なりとも慣れる時間が必要だろうし、今日中に孵した方が良いね。」


 そう言ってアラン師団長が卵を取り上げて机の上に置いた。


「えっ、何か使える魔法でもあるんですか⁈」


「火の魔法の温度と、土の魔法の覚醒の効果を使えば多少はできると思うよ。」


 と言って取り出したのは、桜とつるばみ(クヌギ)の枝。


「どちらも、生き物たちが目覚める春に花をつけるものだよ。桜は色が濃すぎないから、火の温度の効果では適度な温かさを生む。これで少しやってみようか。」


「ーーーー包み、温め、眼醒めさせよ。」


 久しぶりに師団長の魔法を見たが、今にも花開きそうな桜やつるばみの蕾のオーラをまとったその横顔は、相変わらず本当に綺麗だ。


「ん。」


「産まれそうですか⁈」


「少し動いた気がしたんだけどね。どうやら効果はありそうだ。後は君が面倒を見てあげて。あぁ、魔力切れで倒れられても困るから、この部屋の端で椅子にでも座ってやると良いよ。」


「はい、頑張ります!」


「うん、応援してるよ。」


 そう言ってみせた微笑にこもっているのは、部下に対する応援の気持ちなんかじゃない。

 あれは、好奇心が抑えきれないって感じだな、きっと。いや絶対。


 産まれたら産まれたでこの子を守らなきゃな...とまだ見ぬその子に同情する。




 -・*・-

 ぴしっ、ぴきき、


 ...あれ? 何の音だろ、私確か卵に魔法をかけててーー、


 思わず飛び起きる。

 と同時に卵を落としそうになって慌てて抱きとめる。

 恐る恐るその卵を見ると、


「! ヒビが入ってる!」


「あれ、シュルカ起きたのか。数時間前にまた魔力切れになりそうだったから強制的に眠らせたんだけど。」


 そう言ってコーヒーを持って入ってきた師団長の後ろの窓から見える空は、まだ薄暗かった。

 そういえば昨日は、結局一日中魔法をかけては魔力切れになりそうになって師団長に止められ、少し休憩してはまた魔法をかけて、と繰り返していたのだ。


「...もしかして、ずっと起きて下さったんですか?」


 すると、目をパチパチと瞬かせて優しく笑う。


「部下が頑張っているのに応援しない上司がいると思う?」


 う、優しい...。

 昨日、その笑顔の裏にあるのがただの好奇心なんて思った自分を少し恥じる。


 ぱき、ぱきぱき、


「あっそうだアラン師団長、もう少しで産まれそうなんです!」


「! そうか、なんとか間に合いそうだね。」


「はいっ。」


 そうして、見守っていること数分。


『きゅー、きゅんっきゅ、きゃん!』


 といきなり可愛らしい声を上げて凄い勢いで飛びついてきたのは、銀の毛皮に赤く透き通った瞳を持った狼のような魔物だった。


「! フェンリル、か? いやでも...。シュルカ、少しその子を見せてもらえる?」


「う、わわっ、あの、はい。きゃっ、...どうぞ。」


 産まれたてのその子は私を母と認識したようで、ぺろぺろとあちこちを舐めて忙しなく動き回る。

 その子をなんとか抱え上げて師団長に見せる。


「この毛、少し金が入ってるね。それにフェンリルの目は青のはず。これはもしかしたらかもね。」


「混ざってる、ですか?」


 ぱっと見銀に見えた毛だが、確かにろうそくの火に透けると金色がちらちらと光っていた。


「そう。そもそもフェンリルは卵から生まれたりしないからね。でも姿的には完全にフェンリルだから、これは多分フェンリルと他の魔物の合いの子だろうな。」


「魔物が他の種類の魔物と子どもをつくることがあるんですか?」


「魔物の生殖は僕らとは根本的に違うからね。魔力が共鳴しあい、お互いが認め合えばそれだけで妊娠の条件は揃う。もちろん、とても珍しいことだけど。」


 つまり、この子はもしかしたらこの世界で唯一の魔物かもしれないのか。


「しかもフェンリルは魔物の中でもかなり上位のものだし、凄く誇り高いからなかなか他の魔物と仲良くなったりしないんだけどね...。そもそもこの間の遠征で行ったのも人里に近い森だし...これは、...いや、そうじゃなくてもしかしたら...。」


 ブツブツと呟き出してしまった。

 こうして、研究者としてのスイッチが入ってしまった師団長を現実世界に連れ戻すのはなかなか大変だ、というのは最近シュルカにもわかってきた。


 それよりも、この子と仲良くなろう。


「初めまして、私はシュルカ。あなたの相棒だよ。君はーー、」


 リード騎士長の言葉が頭をよぎる。

 相棒の名前は、直感的に思いついたものをつけること。それが、絆を信頼し、相棒との初めての繋がりを作り上げるということ。


「ーーフテラ。君の名前は、フテラ。」


『きゃん!』


 気に入ってくれたのか、元気の良い返事をくれる。


「うん、これからよろしくね! フテラ!」


 きっと良い相棒になるな。

 そう思ってふわふわの毛並みを撫でると、フテラは気持ちよさそうに目を細めていた。

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