第88話 自己紹介の真意。

「さあ、コースインしてくださーい!!」


係りの人の声に合わせてゆっくりとコースインの準備をする。


陽ちゃんが前の列にいたので、先に行くのを確認して、ゆっくりとアクセルを踏み込んでいく。ドドドドドドとリズミカルなエンジン音を響かせてゴーカートはゆっくりと進みだした。ピットロードから出ると、陽ちゃんはどうやら思いきりアクセルを全開にしたようで、勢いよく、ドーンと進んでいった。


「あ、陽ちゃんやっちまうなありゃ・・・」


少しニヤっとヘルメットの中でしながらそうぼやくと案の定、陽ちゃんは1コーナーアクセル全開で突っ込んでいったまま、リアタイヤが食らいつかずにクルっとスピンして、コースと真反対の方を向いて止まった。


そう、朝一発目。まだ誰も動かしていないカートのタイヤは冷えているので食らいつかないのだ。あったまるまでは暫く走る必要がある。 最初のうちは、ゆっくり走りながら自分とゴーカートの調子を掴み、歩調を徐々に合わせていき、タイヤが温まってきたところで徐々にペースを上げていく。これが私なりの乗り方であり、先に言った自己紹介するつもりで走ってごらん、という言葉の真意なのだ。 人間が最初のうちに互いを知らないのに、馴れ馴れしく突然迫っていくと、相手側が引いてしまうのと同じように(?)、突然飛ばすと自分の調子も分からないし、何よりゴーカートも想定外の動きをしてしまい、恐い思いをしてしまう事に繋がってしまう。 そうしないための自己紹介なのだ。


ただ、ゴーカートの良いところは、実車と違って安全な速度域で怖い思いを疑似体験できることにもある。だからこそ、運転好きの人はこぞってゴーカートに乗って練習することが多いのだ。


とりあえず、走っているのが私たち二人だけなので、スピンした陽ちゃんの横へとゴーカートを着けて、話しかけに行った。


「陽ちゃん、派手にやったねえ。」


「うん・・・・思いきりかッとんで行こうと思ったら、思いきり後ろが滑っちゃって・・・・ まさかこうなるとは。」


「でしょ? これが最初に言った、自己紹介しながら走ってごらん、って言葉の真意なの。」


なるほどなあ・・・・と言いながら、少し納得したような顔で陽ちゃんは顔を少し下げた。


そして、私はこう話を振った。


「・・・・ねえ、ちょっとさ、次はお姉ちゃんの後ろについて走ってごらん。同じラインをなぞって、同じペースでさ・・・・ そしたら、色々見えてくるかもよ。」


そう言うと、陽ちゃんはゆっくりと頷いた。


頷くのを確認してから、私はゆっくりと発進して、陽ちゃんが後ろについたのを確認してから少しだけペースを上乗せて走った。


レコードラインを丁寧になぞって、スムーズにハンドルを切り込み、ブレーキをゆっくり、短めにかけて、アクセルをそっと踏んでいく。 タイヤが少しずつ粘り気を帯びていくのを感じながら、ちょっとずつちょっとずつペースを上げていく。これを続けた。


そして、そんな事をこなしながら、私はゴーカートの楽しさに改めて感服していた。


サスペンションがなくて、路面の様子が直にくるような感覚、ダイレクトな操作系、ミッドシップのクルっと回り込むような操縦特性、思わず夢中になっていた。


そうこうしているうちにあっという間に一本目の7分間が終わり、チェッカーが振られた。


私たちはピットへと戻った。ゴーカートから降りてくる陽ちゃんの表情は眩しかった。


「楽しいね、これ! 最初はちょっとスピンしちゃって恐かったけど、凛子姉ちゃんの後ろに付いて暫く走ったら、ちょっとずつ乗り方が分かってきたよ! 思ったよりギュンギュン動いて楽しい!」


笑顔をいっぱいにしながら、そう言ってきた。シメシメだ。


「でしょ?乗り物を操るってこんなに楽しいのよ! 少しずつ慣らしながら走ると色々掴めるでしょ?」



うん、っと陽ちゃんは元気よく答えた。


「じゃあさ、次はある程度思いっきり走ってごらん? 私も次から、思いきり走らせてもらうから。 色々な走り方してみて、どうゴーカートが動くのか、どうやればよりスムーズに走ってこれるのか色々探ってみて!」


「うん、わかった! 次も楽しく走るぞ~!!」


少し飲み物を飲んで休憩した後、私たちは2走目の準備を始めた。


続く。





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