第99話 JK、防衛線を突破する
やがて見えてきたのは、山裾に広がる針葉樹林。
大きめの川が流れていて、その傍に外壁に囲まれた街がある。
(あれが……『
アルフレッドさんが潜入しようとしている場所。
チトセおばさんとの再会という奇跡を求めて。
「……静かですね。やっぱり、アル先輩が
「とっくに終わっとるかもしれんじゃろうが。騎士連中の駐屯所に顔出して、状況確認するまでは――」
その時。
わたしは何かを感じた。
(これは――魔法だ。誰かが魔法を使ってる)
空気の中にある、砂粒のようなもの――
それに、街の方から音が聞こえる。
耳鳴りにも似た甲高い音が続いたかと思うと、何かが張り裂けたような。
「……! 【
「いやいやチヅルさん、ありえませんって。街の周りにはマスター・ティジャーニの結界が張り巡らされてますし、騒音の激しい【
音は、もう一度聞こえた。
「……アカン。手遅れかもしれんっ」
「え、どういうことです、マスター・ヴィゴ?」
振り返ったマーティンさんは、戦いのときと同じ真剣な顔だった。
すると途端に、顔の傷が恐ろしく見える。
「追っ手じゃ! 王都からアルフレっちゃんを追ってきよったか!」
言いながら、マーティンさんは何かの魔法をいくつか使ったようだった。
多分、『
「【
「えっ、りょ、了解ですっ! チヅルさん、掴まっててくださいねっ」
「はいっ」
わたし達三人も、慌てて連続【
街を囲う針葉樹林に差し掛かった辺りでユーリィさんが、
「マスター・ヴィゴ! ここから先は慎重に――」
「言うとる場合か! 突破するぞッ!」
今度は【
突然の無重力体験に、わたしは思わず悲鳴を漏らしそうになった。
【
例えるなら、シートベルト無しでジェットコースターに飛び乗ったときみたいな。
「ひいいぃぃぃぃぃっ」
「黙ってないと舌噛みますよっ、チヅルさん――」
耳元で渦巻く暴風のせいで、ユーリィさんが言っていることは半分も聞き取れない。
「チッ――ルピタのヤツめッ、こんな上空まで結界広げとったんか! 準備のいいこっちゃッ」
風を打ち破るマーティンさんの叫び。
そして眼下の森林から響く重低音。
初めに見えたのは、木でできた手だった。
辺りの木々が急に意思を持って、集いねじれながら天を掴もうとするような。
(なにあれ、まさか、ゴーレム?)
ゲームとかでよく出てくる定番のアレだ。石とか土とかオリハルコンとかで出来てるモンスター。
ただし、人差し指だけで三メートルぐらいある。
全体的にはアニメに出てくるロボットみたいなサイズ感。
「えっ、ちょっ、お、大きすぎません!?」
「しかもこの国で一番クオリティが高いメイド・バイ・マスター・ティジャーニですよっ! あんなもの相手にしてたら、アル先輩に追いつけませんっ、マスター・ヴィゴっ」
それはそうだろう。
というかあんな巨大人型兵器を相手に、どうやって戦えばいいんだろ?
ヒーローの到着を待つ地球防衛軍みたいに蹴散らされるのがオチでは?
「しゃあない! 嬢ちゃん! オノレの力を貸しとくれいッ!」
「えっ、わ、わたしですかっ」
森を喰らうように湧いたウッドゴーレムが、とうとう二本の足で大地に立った。
自動車並の速度で飛んでくるビンタを、わたしを抱えたままのユーリィさんが、かろうじて回避してくれる。
ものすごい遠心力で、一瞬意識が遠のいた。
曲芸飛行をするパイロットって、こんな気分なんだろうか。
「――ゴーレムは
風に紛れてかすかに届くマーティンさんのレクチャー。
でも、言いたいことは伝わった。
わたしの
(アルフレッドさんは上達してるって言ってくれた。確実に制御は上手くなってる。自在に使いこなせるようになるまで、あと少しだって)
あと少し、とは、どれぐらい
アルフレッドさんは褒めて伸ばすタイプの教師、というか……一種の親バカというか……お世辞が上手いというか……そんなに褒められたら勘違いしそうになるじゃないですか……とにかく、わたしのことを過大評価しがちなところがある。
(でも、今は)
アルフレッドさんを信じるしかない。
伝説の“
――集中する。
頭の中、胸の奥、自分の中心にあるものを意識する。
この世界を訪れるとき、わたしの中に芽吹いた
(ください――わたしに、すべてをっ)
強く手を伸ばすように。
わたしは、自分の力を解き放った。
折れて捻れた針葉樹によって形造られたゴーレム。
その巨体が。
一瞬にして崩壊した。
(――――っ!!)
途端に流れ込んでくる、とてつもない量の
あれだけの大きな物を動かしていた魔法だ、覚悟はしていたけれど。
熱さとも息苦しさともつかない感覚。
胸の中をかき乱し、内側から引き裂こうとするような、強烈な奔流。
(体内に留めず、すぐに放出するっ)
アルフレッドさんに教わったとおりに魔法の構成を思い浮かべる。
「――【
構造はシンプルだけれど、規模が大きいから大量の
体内の過剰な
手のひらに生まれたフワフワの光は、独特の細長い風切り音とともに大気を裂いて――炸裂する。
煌めく星より鮮やかな、光の舞。
「――ッハハァ! 見事なもんじゃ、嬢ちゃん! こりゃエエ眺めじゃわい」
「いやいやいや! これ、騎士団に侵入バラしてるのと同じですからねっ!? ユーリィ達も見つかっちゃダメなんですよっ?」
言われてみれば、ちょっと派手すぎたかも。
「流石はアルフレっちゃんの愛弟子じゃ。やることがよう似とる」
マーティンさんが嬉しそうに頷く。
その足元で、またバキバキと不吉な音がした。
「避けてくださいっ、マスター・ヴィゴっ! 新手ですっ」
「ったく、一難去ってまた一難か! 抜かりないのう、ルピタ!」
ウッドゴーレムが周囲の木々をへし折りながら繰り出す、豪快なアッパーカット。
華麗な軌道でかわしつつ、マーティンさんが叫ぶ。
「ユーリィ、嬢ちゃん! ここは二手に分かれるんじゃ! アルフレっちゃんを見つけたら合図せえ!」
「えっ、そんな、マーティンさんは」
「構うな! まだ若いモンの介護が必要な歳と違うわッ!」
マーティンさんが無詠唱で放った炎の矢が、ウッドゴーレムの頭部を直撃した。
球形に絡まっていた木材が爆散し、首の付根は松明のように燃え上がる。
それには構わず、ゴーレムは巨大な手足を振り回し始めた。
「エエな! はよ行くんじゃ!」
「りょ、了解ですっ! ご武運を、マスター・ヴィゴ!」
ユーリィさんがわたしの手を強く握ると、【
吹き付ける風で息をするのも難しいぐらい。
「――ひとまず、副門――……見張り小屋――に、誰か宮廷魔法士――」
ユーリィさんの声は跡切れ跡切れだけど、目的は分かる。
この禁忌区域にいる味方――アルフレッドさんの侵入を見逃してくれそうな元同僚を見つけて、今の状況を確認しなければ。
本当に追っ手がかかっているなら、一刻を争う事態なのだから。
問題は、続々と湧いてくる巨大なウッドゴーレム達だ。
爆撃じみた勢いと速度で襲いかかってくる拳と手のひらを、ユーリィさんは紙一重でかわしていくけれど。
余波を受けて飛び散る枝の切れ端や土塊は、どんなに小さくても高速飛行中にぶつかればタダでは済まないだろう。
……昔チトセおばさんから聞いた、バイクに乗っている人の顔にカブトムシが刺さった事故の話を思い出す。
わたしは、アルフレッドさんから習った構成をなんとかイメージして。
「開いてっ、【
揺らぎながら広がった結界がわたし達を覆い、小さな凶器を弾いてくれる。
「すごい――ごとですっ、――ルさんっ!」
「まだ長くは保たせられないのでっ! ユーリィさんは、飛ぶ方に集中をっ!」
――叩きつけてくる大気の音とゴーレムが暴れる騒音で、いい加減、耳がおかしくなると思った頃。
ユーリィさんが叫んだ。
「着地しますよっ、備えてくださいチヅルさんっ」
「はっ、はっ、はいぃぃぃぃぃっ!」
備えろと言われても、お腹に力を込めるぐらいしかできない。
そのまま――わたし達は勢いを殺しきれず、地面を蹴って木を蹴って――つんのめりながらもなんとか着陸した。
盛大に巻き上げた土と草は、鎧どころか口の中まで入り込んでくる始末。
「……完璧ですねっ。プラン通りですっ」
「ええっと……はい、そうですね」
ツッコむのも野暮な気がして、わたしはただ頷いた。
先に立ち上がったユーリィさんに手を貸してもらい、なんとか腰を上げる。
「さて、それじゃ早速、現地に詰めてる宮廷魔法士を探しま――」
「その必要は無いわ、ユーリィ」
理知的というより、いっそ冷徹と言ってもいいような声だった。
わたし達が目指していた見張り小屋――小屋と呼ぶには立派すぎる石造りの建物――の前に、彼女は立っていた。
すらりとして背が高く、長く伸ばされた髪は紫にも見えるほど暗い色。
胸元が大きく開いた黒のドレスに白いローブを羽織った姿は、なんとなく地球の科学者みたいな印象だった。
どこからどう見ても、理知的な美女。
おかしいのは、右手だった。
布の人形――ボタンの目と毛糸の髪を持つ、少女の人形が被せられている。
「まったく派手にやってくれたものね。よくもワタシのかわいい
「相変わらず手厳しいですね……マスター・ティジャーニ」
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